海外エンタメ好きなライター・今 祥枝が、おすすめの最新映画をピックアップ! 今回は、憧れの映画業界が抱える闇に搾取される新人アシスタントの姿を通し、多くの組織の問題をあぶり出した社会派映画『アシスタント』をご紹介します。
『アシスタント』
©2019 Luminary Productions, LLC. All Rights Reserved.
被害者なのに、自分に非があると思い込ませる組織の構造とは
たとえば、あなたが新卒で、あるいは転職して、一から仕事に取り組むとする。朝イチで出社し、夜遅くまで書類整理やコピー、電話対応といった仕事に追われて、失望感と疲労感にさいなまれる。そもそも、上司の言動はハラスメントだし、男性上位の社風にもうんざりだ。
それでも、会社とは、人生とはこういうものだと言い聞かせ、自分を押し殺しながら目の前にある仕事をひたすらこなす日々。しかし、あるとき、ふと疑問に思う。一体、いつまで頑張れば、どこまで耐えれば、次の段階に進むことができるのだろうか。そもそも、こんな状況に耐える必要があるのだろうかと。
『アシスタント』は、名門大学を卒業し、映画プロデューサーという夢を抱いて、有名エンターテインメント企業に就職したジェーンの物語。華やかなイメージとは裏腹に、苦行のような日々が淡々と映し出される。彼女を振り回し、尊厳を傷つける上司のプロデューサーや男性社員たちの彼女への振る舞いは、明らかに不快だしハラスメントに当たるだろう。しかし、「これぐらいのことは我慢しなくては」と思ってしまうジェーンに、同情と共感を覚える人も多いのではないだろうか。
本作は#MeToo運動が世界に広まる発端となった、ハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの事件から着想を得ている。監督のキティ・グリーンが膨大なリサーチと当事者らのインタビューから抽出したのは、ジェーンのような人々を黙らせる組織の仕組みと、それを温存するネットワークだ。
映画の中でジェーンが経験する心理的虐待の一つは、“ガスライティング”という方法に当てはまる。被害者に自身の記憶や知覚、正気などを疑わせるというやり口だ。
意を決して人事部を訪れ、中年男性ウィルコックに上司の問題を訴えるも、最初は親身に話を聞いてくれた彼の言葉が、途中からジェーンの確信を揺さぶる。そして、最後には自らの主張に自信を失ってしまう。
ウィルコックがやっていることは遠回しの脅しで、そうやって社内の問題をもみ消してきたことは明らか。ジェーンは身内を守る企業の典型的な搾取の仕組みに、すっぽりとはまってしまったのである。
ジェーンという名前は、匿名の女性を指す英語「JaneDoe」に由来する。あらゆる業界で似たような権力構造に直面し、状況を放置するしかないとあきらめている人々の総称なのだ。若手の有望株ジュリア・ガーナーが好演するジェーンが、じっと涙をこらえて沈黙する姿に、この問題の根深さを思う。
監督・脚本・製作・共同編集/キティ・グリーン
出演/ジュリア・ガーナー、マシュー・マクファデイン
公開/6月16日(金)より、新宿シネマカリテ、恵比寿ガーデンシネマほか全国順次公開
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イラスト/ユリコフ・カワヒロ ※BAILA2023年7月号掲載