海外エンタメ好きなライター・今 祥枝が、おすすめの最新映画をピックアップ! 今回は、本年度アカデミー賞6部門ノミネートされ、第80回ゴールデン・グローブ賞主演女優賞を受賞したケイト・ブランシェットの主演の『TAR/ター』をご紹介します。
『TAR/ター』
©2022 FOCUS FEATURES LLC.
世界的な指揮者を演じるケイト・ブランシェットに圧倒される!
『アビエイター』と『ブルージャスミン』でアカデミー賞に輝く、オーストラリア出身のケイト・ブランシェット。そんな名優のキャリア史上、またも最高の演技を更新したと評されているのが『TAR/ター』である。
ブランシェットが演じるのは、世界最高峰のオーケストラのひとつであるドイツのベルリン・フィルで、女性として初めて主席指揮者に任命されたアメリカ出身のリディア・ター。ブランシェットはドイツ語、アメリカ英語、ピアノ、指揮を学び、演奏シーンも吹き替えなしで臨んだという。
リディアは並外れた才能、圧倒的な努力、そして自身を輝かせるセルフプロデュース力を持っている。作曲家としても成功を収め、地位も名誉もすべてを手にした彼女は、マーラーの交響曲5番の演奏と録音のプレッシャー、新曲の創作にも苦しんでいた。そんななか、かつて指導した若手女性指揮者の訃報が入る。ある疑惑がかけられたリディアは、次第に追い詰められていく……。
芸術至上主義で努力を尊び、圧倒的なカリスマ性を発揮する。ともすれば、それは傲慢で威圧的な態度にも映るし、実際にそうした言動もある。これほどの地位にある人物ならば、“そういうこと”もしかねないと思ってしまうのは、旧世代の価値観に毒されているからだろうか。
リディアは架空の人物ではあるが、実在の巨匠レナード・バーンスタインとヘルベルト・フォン・カラヤンをモデルにしていると解釈できる。クラシック音楽の世界に燦然と輝くバーンスタインとカラヤンの偉業の数々。しかし、この業界にもまたハリウッドや他の業界と同じように、権力の濫用が長らく見過ごされてきたという現実もあることが、リディアの物語から浮き彫りになる。
翻って、クラシック音楽の世界で女性がバーンスタインのような地位につくことは、奇跡的なことだという現実がある。実力を正当に評価されることの少なかった女性として、たぐいまれなる情熱を音楽に注ぎ、血のにじむような努力の末に手に入れた夢。しかし、女性であっても、高い地位に就き、権力を行使できる立場に長い間とどまると、現実としてリディアのように男性側と同じ轍を踏んでしまうという可能性はあるだろう。
リディアをモンスターとしてとらえることは可能だ。実際にそういう側面はある。しかし、ブランシェットはリディアについて「自分に重なる部分がある」と率直に語っている。誰しもが何らかの権力を持てば、そこには濫用が含まれる。一歩進んだ議論として、社会における女性活躍の問題を考えるとき、この視点は重要なのではないだろうか。
監督・脚本/トッド・フィールド
出演/ケイト・ブランシェット、ノエミ・メルランほか
公開/5月12日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
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『EO/イーオー』
©2022 Skopia Film, Alien Films, Warmia-Masuria
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Initiatives in Olsztyn, Podkarpackie Regional Film
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イラスト/ユリコフ・カワヒロ ※BAILA2023年6月号掲載