世界中の映画ファン、映画人たちが注目する年に一度の華やかな祭典、第95回アカデミー賞授賞式が3月12日(現地時間、日本時間は13日)に開催された。俳優部門の20人の候補者のうち、実に16人が初のノミネートとなった今回。男優部門からピックアップした5人も、今回が嬉しい初のオスカー候補入り! 受賞の2人のほかベテラン勢から期待の若手まで、キャリアや人柄を解説する。
映画・海外ドラマ 著述業/ライター・編集者
今 祥枝/Sachie Ima
雑誌やウェブ媒体にて映画・海外ドラマに関する記事を執筆。『BAILA』本誌連載は、創刊時から担当。著作に『海外ドラマ10年史』(日経BP)など。
第95回アカデミー賞主演男優賞受賞! ブレンダン・フレイザー
写真:AFP/アフロ
ダーレン・アロノフスキー監督による『ザ・ホエール』で、体重が約270キロある男性の苦悩と複雑な心理を見事に演じたブレンダン・フレイザー。一見すると誰だかわからないほどの圧巻の役作りで、初のアカデミー賞候補にして、見事に受賞を果たした。
『ジャングル・ジョージ』で注目を集め、1999年に公開されたアクション・ファンタジー大作『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』で大ブレイク。健康的なルックス、明るいキャラクターなども人気を博して、ハリウッドスターの座についた。
同時に、『ゴッド・アンド・モンスター』などの意欲作でのシリアスな演技にも定評がある。しかし、近年は表舞台から遠ざかっていた。ゴールデングローブ賞を主催するハリウッド外国人映画記者協会(HFPA)の元会長からのセクシャルハラスメントによる一連の経験が、鬱状態を引き起こしたことが一因だったという。
この背景を踏まえると、『ザ・ホエール』の主人公チャーリーに彼がどんな思いを重ねて演じたのだろうかと思わずにはいられない。大事な人を亡くして以来、過食と引きこもり生活を続けて心身の健康を崩し、生きることに苦しみ続けているという設定のチャーリー。
アロノフスキー監督らしく、緊迫感みなぎる濃密な映像世界の中で、フレイザーがすごいのはもちろん外見の作り込みだけではない。そうした状況に陥った人間のやり切れなさ、慟哭がダイレクトに伝わってくる演技には言葉を失う。魂の演技が高く評価されて、フレイザーの完全復帰作となった。
受賞スピーチでは、賞を席巻した『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の内容にかけて、「これがマルチバースってこと!?」と驚きを口にした。また、「皆さんはザ・ホエールのような大きな心を持っています」と語り、他の候補者への敬意を表しながら思いを伝えて涙を誘った。
『ザ・ホエール』4月7日(金)、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開 © 2022 Palouse Rights LLC. All Rights Reserved.
『ザ・ホエール』4月7日(金)、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開 © 2022 Palouse Rights LLC. All Rights Reserved.
第95回アカデミー賞助演男優賞受賞! キー・ホイ・クァン
写真:REX/アフロ
今年の賞レースの台風の目にして、アジア旋風を巻き起こしている『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』。前哨戦で独走状態だった中国系ベトナム人として生まれたキー・ホイ・クァンが、初ノミネートで助演男優賞に輝いた。
ある年齢以上の映画ファンなら、『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』の子役と言えば、ピンと来るはず。1980年代に大ヒットした映画『グーニーズ』などで人気を博したが、その後は学業に専念。南カリフォルニア大学映画芸術学部で映画制作を学び、卒業後はスタント・コーディネーターとして『X-メン』の制作に携わるなど、主にスタッフとして活動していた。
『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』のチーム。左からジョージ・ルーカス、ケイト・キャプショー、キー・ホイ・クァン、スティーブン・スピルバーグ。 写真:Shutterstock/アフロ
2021年のNetflix映画『オハナ』で俳優に復帰したばかりだが、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』で大金星!
主人公エヴリンの善良な夫ウェイモンドは、温厚そうだが少し頼りないところもあるごく普通の人。別次元からやってくるウェイモンドを演じ分けて得意のアクションで見せ場を作りながら、どこかほっとするユーモアを感じさせるクァンの演技は、ヨーとのコラボレーションも感涙もの。
助演部門は受賞式では波乱が起きやすいカテゴリーだが、『イニシェリン島の精霊』のブレンダン・グリーソン、バリー・コーガンほか玄人好みの候補者たちを相手に、受賞を果たした。名前を読み上げるプレゼンターのアリアナ・デボーズも声がふるえていたが、クァンが画面を通して母親に「ママ、オスカーをとったよ!」と涙ながらに語りかけ、「これこそがアメリカン・ドリーム!」とストレートに喜びをあらわにする受賞スピーチに、会場も世界中の映画ファンももらい泣き!
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』3月3日(金)、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開 © 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』3月3日(金)、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開 © 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.
第95回アカデミー賞主演男優賞ノミネート オースティン・バトラー
写真:REX/アフロ
『エルヴィス』で伝説的なロック歌手で俳優のエルヴィス・プレスリーになりきり、ライブでの歌唱シーンは圧巻! 13歳でスカウトされて以降、子役からキャリアを積んできたオースティン・バトラーが、30代で賞レースに躍り出た。
2月に発表された英国アカデミー賞では、コリン・ファレルらをおさえて主演男優賞に輝くなど追い風ムード。アカデミー賞ではファレル、ブレンダン・フレイザーとの三つ巴の闘いにおいて、一番勢いがあるのがオースティン・バトラーだ。
そのルックスからも子役、青春スターとして活躍してきたバトラー。『屋根裏のエイリアン』や、ディズニー・チャンネルの人気シリーズ『ハイスクール・ミュージカル』シリーズのスピンオフ映画『シャーペイのファビュラス・アドベンチャー』、あるいは主演のドラマシリーズ『シャナラ・クロニクルズ』でファンになった人もいるはず。
しかし、アイドル的な人気者の演技派への移行はなかなか難しい側面もあったよう。
屋根裏に住み着いたエイリアンと格闘する『屋根裏のエイリアン』の主演コンビ、オースティン・バトラー(左)とカーター・ジェンキンス(右)。 写真:Everett Collection/アフロ
『エルヴィス』ではプレスリーを演じるという相当なプレッシャーのなかで、キャリアを左右する挑戦を見事にやり遂げた。
綿密なリサーチによるライブシーンなどのパフォーマンスもさることながら、大舞台で実力を示していくプレスリーに自らを重ねる場面もあったそうで、その人間性に迫る血の通った繊細な役作りで真価を発揮している。そんなバトラーの入魂の演技は、いやがおうにも観る者の胸を熱くする!
新作は、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督のSF超大作『DUNE/デューン 砂の惑星』の続編映画『Dune: Part Two(原題)』。アトレイデス家の宿敵・ハルコンネン家のフェイド=ラウサ役では、また違ったバトラーの魅力が堪能できるはず。アカデミー賞で弾みをつけるバトラーの30代のキャリアは、前途洋々だ。
『エルヴィス』U-NEXTにて好評配信中。 ©2022 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved
第95回アカデミー賞主演男優賞ノミネート コリン・ファレル
写真:REX/アフロ
『イニシェリン島の精霊』で、長年の友人から絶縁を言い渡された素朴なパードリックを演じて、前哨戦を踏まえるとコリン・ファレルが最も受賞に近いと目されていた。
自分を拒絶する元親友への戸惑いと悲しみは、やがて激しい愛憎へと変わっていく。トレードマークともいえる太い眉毛を八の字にして、なんとも言えない悲しげな表情が同情を誘うが、そこからの修羅場へ突入していく過程を見事に演じ切ったファレルの実力はお墨付きだ。
写真:Backgrid/アフロ
アイルランド・ダブリンで生まれたファレルは、2000年にジョエル・シュマッカー監督に見出されて出演した『タイガーランド』をきっかけに、以後は『マイノリティ・リポート』『マイアミ・バイス』などのハリウッド大作に次々と出演し、国際的な人気俳優に。
ワイルドな印象のあるファレルは恋愛遍歴も華やかで、“ハリウッドの暴れん坊”などと親しみを込めて称されることも。しかし、良き父親である面も知られている。また、俳優としてのキャリアは大作からアートハウス系まで幅広く、着実にスター性と演技力を見せてきた。
昨年はアメコミ大作『THE BATMAN-ザ・バットマン-』のヴィラン、ペンギンを演じる一方で、2018年にタイ北部の洞窟で起きた少年たちの遭難と救出劇を描いた実録ドラマ『13人の命』、コゴナダ監督の独創的な感性が光る『アフター・ヤン』といったアートハウス系まで、しっかりとした作品選びで実力を発揮。
ファレルの当たり年となった2022年。そのうちの一本である『イニシェリン島の精霊』は、ファレルの実力のほどを堪能できる秀作だ。
『イニシェリン島の精霊』公開中 ©️ 2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.
『イニシェリン島の精霊』公開中 ©️ 2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.
第95回アカデミー賞主演男優賞ノミネート ポール・メスカル
写真:REX/アフロ
オスカーでは新顔ぞろいの俳優部門のノミネート。サプライズも多かったが、アイルランド出身のポール・メスカルもその一人だろう。
『aftersun/アフターサン』は、11歳のソフィが離れて暮らす若き父親カラムと二人で過ごしたリゾート地での夏休みを、20年後のソフィが振り返る物語。光が降り注ぐ海辺のホテルで、プールで泳いだり、観光ツアーに参加したり、食事を楽しんだりする二人。それは幸せな父娘の姿ではあるが、20年後のソフィの記憶の中の大切な思い出には、哀切が漂う。
メスカルが演じるカラムは多くを語らないが、娘を思う気持ちと、複雑な胸の内、心の不安定さを繊細に体現。子供時代のソフィを演じる、オーディションで選ばれた新人フランキー・コリオとの相性も抜群で、二人の何気ないやりとりがふとした瞬間に涙を誘う。しみじみとした味わいの中で、確かな実力を感じさせて、映画出演作はまだ多くはないがオスカーという大舞台に躍り出た。
メスカルは、ダブリンのトリニティ・カレッジにあるリル国立演劇芸術アカデミーで演技の学士号を取得後、アイルランドやイギリス・ロンドンの舞台で活躍。その演技力には定評がある。
そんなメスカルの名前を一躍世界に知らしめたのが、アイルランドのTVドラマ『ふつうの人々』(日本ではLIONSGATE +で配信中)だ。運命的に引かれ合いながらも、すれ違ってしまう二人の男女、マリオンとコネルの濃密な愛の物語。デイジー・エドガー=ジョーンズを相手役として、心がふるえるような愛を体現するメスカルが作り上げたコネルは、忘れ難い印象を残す。
その後、2021年のNetflix映画『ロスト・ドーター』に続き、主演をつとめた『aftersun/アフターサン』でアカデミー賞ノミネートという、大躍進を遂げたメスカル。2000年の大ヒット映画『グラディエーター』のラッセル・クロウからバトンを引き継いだ『グラディエーター2(原題)』の主演のほか、公開待機作が目白押しの注目株。まずは、彼の魅力がぎゅっと詰まった『aftersun/アフターサン』を押さえておきたい。
『aftersun/アフターサン』5月26日(金)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿ピカデリーほか全国公開 © Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022
『aftersun/アフターサン』5月26日(金)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿ピカデリーほか全国公開 © Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022
第95回アカデミー賞主演男優賞・助演男優賞のノミネート一覧
主演男優賞
オースティン・バトラー『エルヴィス』
コリン・ファレル『イニシェリン島の精霊』
ブレンダン・フレイザー『ザ・ホエール』
ポール・メスカル『aftersun/アフターサン』
ビル・ナイ『生きる-LIVING』
助演男優賞
ブレンダン・グリーソン『イニシェリン島の精霊』
ブライアン・タイリー・ヘンリー『その道の向こうに』
ジャド・ハーシュ『フェイブルマンズ』
バリー・コーガン『イニシェリン島の精霊』
キー・ホイ・クァン『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
イラスト/ユリコフ・カワヒロ