#中村時蔵 襲名から1年、「 #團菊祭 」で魅せる美しい＆悪かっこいい両Ａ面 『 #三人吉三巴白浪 』　【歌舞伎沼への誘い#72】

「落ちるの一秒、ハマると一生」と言われる歌舞伎沼。その深淵をのぞき、沼への入り方を指南する本連載。

今回、インタビューしたのは中村時蔵さん。八代目尾上菊五郎と六代目尾上菊之助の襲名披露に沸く「團菊祭五月大歌舞伎」にて『三人吉三巴白浪（さんにんきちさともえのしらなみ）』でお嬢吉三（おじょうきちさ）をつとめる、今もっとも注目の若手の女方です。

お嬢吉三は美しいお嬢様と悪かっこいい盗賊の両方が楽しめるお役で、時蔵さんの魅力が満開。

役柄への思いからプライベートのお話まで、バイラ歌舞伎部のまんぼう部長とばったり小僧が時蔵さんをまるごとリサーチします！

ばったり小僧　時蔵さん、本日はよろしくお願いいたします！

時蔵　お願いします。バイラさん、以前にも何回か取材してくださってますよね。なぜ僕の取材を……あれですか、今回は誰かの代打ですか？（笑）。

まんぼう部長　何をおっしゃいますか！（笑）　バイラ歌舞伎部をはじめ、時蔵さんのことが大っ好きな歌舞伎女子、たくさんいるんですよ！！　
とくに最近は『朧の森に棲む鬼』のツナ様で、あらたに時蔵さんに沼落ちした方々もいらっしゃるようで。そんな方々に、5月の舞台『三人吉三巴白浪』をぜひおすすめしたいと思って、取材をお願いしました。

時蔵　“三人吉三”ですが、この演目は「大川端庚申塚の場」という場面だけを上演することがとても多くて、今回もそこだけが出ます。お嬢吉三、お坊吉三、和尚吉三という３人の盗賊が出会う場面ですね。歌舞伎好きの方々だったら、誰もが知っているとても有名な演目ですし、役者で見せる場面なので、力量が問われる芝居です。

いわゆる「黙阿弥調〈*1〉」と言われる七五調のセリフ回しで展開していくので、何も考えずにさらさらとセリフが出てくることが大事なんですけれど、僕は何も考えずにやることが基本できない人間なので、ついいろいろと考えてしまって。

理屈をこねくり回すと面白くなくなってしまう芝居なので、初演のときは苦労しました。今回でお嬢吉三をつとめるのは3度目なので、だいぶ慣れてきて、あまり考えずにできるようになったと思います。

*1　河竹黙阿弥（かわたけ もくあみ） 江戸末期から明治にかけて活躍した歌舞伎狂言作者。“三人吉三”ほか庶民の暮らしを描く世話物を多くヒットさせた。

小僧　そのお嬢吉三ですが、良家のお嬢様のように見せて、じつは女装して盗みを働く男だったというお役です。舞台を拝見しましたが、時蔵さんがおしとやかなお嬢様から盗人の男へと豹変するところ、声がなんともセクシーで、めちゃくちゃシビレます！　
そして「月も朧に白魚の～」という名台詞のシーン。「こいつは春から縁起がいいわえ」は、歌舞伎を観たことのない人も知っていると思いますが、あの台詞を言うときはやっぱり気持ちのいいものなんですか？

時蔵　いや、僕は今のところ、気持ちいいと思ったことは一度もないですね。

小僧　ええっ、あんなに颯爽と謳いあげているのに！？

時蔵　音羽屋のおじさま（七代目尾上菊五郎）に初めて教えていただいたときも「ほろ酔い気分で出てきて、あのセリフが気持ちよく言えるようになりゃ、それでいいんだよ」って言われて、本当にそうだと思うんですけれど、いまだに緊張します。
以前、（尾上）右近くんがやったときに「こういうふうにできたらいいな」というお嬢だったので、「お嬢、難しいよね」という話をしたら、「そうですか？」って言っていて（笑）、「そうだよね、こういうことだよね」って思いました。僕が難しいと思うところにつまずかない人もいるんですよね。
でも、最終的にはそんなことは関係なく、自分が気持ちよくセリフが言えて、それがお客さまにも耳触りのいいセリフになっているということが理想ですね。

小僧　私はずっと時蔵さんはひらめき天才型だと思っていて、『ガラスの仮面』でいうところの北島マヤだと思っていたんですけれど（笑）、以前、お話を伺ったらそうではなくて、綿密に役柄を構築していくタイプだと知って驚きました。時蔵さんのお嬢もそうやってできあがっているんですね。

部長　そして夜の部には、息子の中村梅枝さんが『弁天娘女男白浪』の「稲瀬川勢揃い」の場面にご出演されますね。これは盗賊5人が勢揃いして、名乗りをあげる場面ですが、このたび襲名した新・尾上菊之助さんが弁天小僧を勤められるのをはじめ、全員ちびっこが演じるというとってもかわいらしい演出です。

時蔵　それぞれ個性的で、みんな、あの親の子どもだなって思います（笑）。眞秀くん、亀三郎くん、新之助くんが中1で、菊之助くんが小6、うちの息子がちょっと離れていて小4なので、やっぱり並ぶと小さいんですよね。

部長　でも、台詞もしっかりとしていてすごいですよ。親としては心配ですか？

時蔵　いや、心配はしてないです。まあ大丈夫だろうと思っています。この「稲瀬川勢揃い」の場面もよく出る演目で、役者はセリフを覚えていて当然だし、お客さまもご存じなので、大人になるとすごくプレッシャーのかかる演目なんですよ。みんな下駄を履くんですけれど、膝が震えて下駄がガタガタ鳴っちゃう方もいるくらいで。

小僧　そうなんですか！？　歌舞伎俳優なら、お茶の子さいさい（古い！）なのかと思ってました。

時蔵　いや、僕は怖いですね。ちゃんとできて当然だし、確実に誰かと比較されるし。でも、子どもたちは、難しいことは考えずにのびのび楽しくやってくれればいいんです。

部長　そういう意味では、5人とも個性豊かで元気いっぱいですね。

時蔵　そうですね。でも、みんな本当に真面目で。「おはようございます」って、きちんと先輩方に挨拶して回ってるし。僕たちの子ども時代のほうが自由奔放だったんじゃないかな。それに比べると今の子たちは真面目すぎる。子どもなんだから、もっとやんちゃでもいいのに（笑）。

部長　襲名披露という緊張感を子どもたちも感じているんじゃないでしょうか。舞台での5人の奮闘ぶり、ぜひ拝見しなくては‼

部長　さて、6月の歌舞伎座も襲名披露が続きますが、時蔵さんは昼の部の『寺子屋』（てらこや）にご出演されますね。これもまた古典の名作で、人気の演目です。主君の息子・菅秀才の身代わりに、松王丸夫婦が自分の息子の首を差し出すという忠義の物語で、時蔵さんは松王丸の妻・千代を演じられます。

時蔵　そうですね。昔は人の命とか尊厳より大事なものがあったんですよね。それを信じて、みんな生きていたわけで。もちろん心の奥底では忠義のために自分の子どもを犠牲にするなんて嫌だったはずだけど抗えなかった。そこに悲劇性がうまれるんだと思います。
ただ、いまのお客さまはどうご覧になるんでしょうね。4月に『木挽町のあだ討ち』を見て、そうよねって思ったんですよ。やっぱり今の人だとこういう感覚になるなって。

小僧　『木挽町のあだ討ち』は親の仇討ちの首を取ったようにみせて、じつは作りものの生首だったというオチでした。仁義より人の命を優先する結末でしたよね。

時蔵　そう。でも古典演目の場合、今の人に合わせて脚本を書きかえるわけにもいかないですから、僕たちはそのままお届けするしかない。『寺子屋』にしても息子の首を差し出す覚悟は示しつつ、千代の心の葛藤をわかっていただけるように勤めるということしかできないんですね…。
だから古典演目って本当にプレッシャーが大きくて。伝統を守ることは大事だけれど、じゃあ、古いものをそのまま守り続けていたらいいのかといえば、そうではない。現代のお客さまに楽しんでいただくには、ということも考えないといけない。常に伝統と革新のせめぎあいがあります。そのバランスがすごく難しいですね。

部長　昔の価値観を含めて歌舞伎を楽しめる余裕が、私たちにも必要なんですね。
千代というお役はどんな役でしょうか？

時蔵　千代はとてもいい役ですね。
芝居の空気ができているところに花道から黒い着物で出てきて、空気をガラっと変える役ですので、いや、本当にいい役です。心情的な部分でも出から幕切れまで一貫しているので演じやすいです。
一方で武部源蔵の妻・戸浪〈*2〉は、本当にしんどいんですよ。最初は菅秀才をかくまっているから警戒してないといけないし、そこへ役人が来るというのであたふたしてたら、源蔵が寺小屋の子どもの首を身代りに差し出そうなんて言い始めるから、ええっ、それで行けるの行けないの？　いざとなったら、役人を殺して自分たちは自害するしかないみたいな感じで、刻一刻と心境が変わっていくので、もう胃に穴が開きそう。それに比べたら、千代は楽だと思いますよ（笑）。

部長　今回、千代の夫・松王丸を八代目菊五郎さんが勤められます。八代目と時蔵さんは若い頃からたくさん共演していらっしゃいますし、『寺子屋』の松王丸夫婦もお二人で一度演じられています。そういう信頼関係がやはり演技にも出るものなんでしょうか。

時蔵　もちろん役者同士の信頼関係は大事ですので、安心感はあります。ただ、『寺子屋』は義太夫狂言ですので型がありますし、それぞれがちゃんと自分の仕事をすることがまず第一です。なので、プライベートな役者間の信頼関係を頼りに演技するということはないですね。普段と同じようにリアルに泣いたり、リアルに笑ったりするいうことが、果たして歌舞伎なのか——と僕は思っているので。

部長　現代劇とは、アプローチが違うということですね？

*2　武部源蔵・戸浪　『寺子屋』に登場する夫婦。時蔵さんは23歳のときに戸浪を勤めたことがある。

時蔵　もちろん役にはなりきるんだけれど、あくまで役者が演じているという客観性がないと、どんどんリアルな芝居になってしまう。歌舞伎はとくにそうだと思っています。世話物なんかは、時代物に比べたらリアルなセリフだし、リアルなテンポで演じるので、そこは少し踏み込んでもいいところはあるかもしれませんが、やっぱり僕たちは歌舞伎俳優じゃないとできない演じ方を守らないとダメだと思うんです。
同じ古典芸能の落語や講談も同じだと僕は思っているんですが、やはり一人で複数の人物をやるにも、一人芝居とは違うのかなと。

小僧　ちなみに時蔵さんは、誰の感想が一番気になりますか。お芝居のいい・悪いの判断はどうしていらっしゃるのかなと思って。

時蔵　感想を一番聞くのは父と母です。でも、何か言われても自分で「そうじゃないな」と思ったら響かないので、結局は自分かな。自分で映像を撮ったり、録音したりしてみて、自分で判断していますね。

小僧　時蔵さんはストイックだから、自分にも厳しそう。

時蔵　いや、僕は自分にはめちゃくちゃ甘いです。スーパー甘ちゃんです（笑）。でも、親のおかげで子どもの頃から本当にいい芝居を見せてもらってきたので、僕は演劇を見る目には自信があります。唯一、自信があるのはそこぐらいというくらい（笑）。その点、いい・悪いは自分の中に確立されていて、その価値基準に照らし合わせて自分の芝居も見ています。
先輩の芝居と自分の芝居を比べて、ああでもないな、こうでもないなって考えながら、ちょっとずつ修正していく。どんどんそぎ落としていく作業ですね。

部長　意外です！舞台ではあんなに迷いなく毅然としていらっしゃるのに！！

時蔵　もう迷いっぱなしですよ。

部長　いやいや、そうはいいつつ、迷いがあるからこそ、時蔵さんはどんどん進化していくんです!!

小僧　ここからは時蔵さんの近況についてお伺いします。最近、何か心ときめくものに出会いましたか。

時蔵　じつは猫を飼い始めました。ブリティッシュショートヘアっていうグレーっぽい色の猫ちゃんです。もともと僕は犬派で、実家でも犬を2匹飼っていたので、本当は犬がよかったんですけれど、仕事で家を空けることが多いし、息子が出演するときは奥さんも一緒に劇場に来るから、お留守番が多くなってしまうんですね。それで猫のほうがいいんじゃないかということになったんです。息子も犬を欲しがっていたんですけれど、ペットショップに連れて行って、「猫もかわいいでしょう？」ってすり込みして（笑）。

部長　初めて飼う猫はどうですか？

時蔵　猫いいです。めっちゃラク（笑）。散歩とか連れて行かなくていいし、いい子でお留守番してるし。教えたわけでもないのに、ちゃんと猫砂のあるところでお手洗いもするし、爪研ぎのマットのところで爪を研ぐんですよ。人見知りもしないので、実家に連れていってもくつろいでいるんですよね。

部長　なんていい子なんでしょう！　一緒に寝たりしているんですか。

時蔵　僕のベッドで寝たりしています。朝は6時になると胸のあたりに乗ってきて、にゃあにゃあ言って、ごはんを催促します。

小僧　それは時蔵さんだけにするんですか？

時蔵　そうですね。僕が多いですね。

小僧　メス猫ですか。

時蔵　はい。

部長　いや小僧、メスだからとかじゃなくて、いつも朝ごはんをあげているからでしょう（笑）。

小僧　失礼しました、時蔵さんのフェロモンにメス猫も惹きつけられているのかと思いました（笑）。

時蔵　それと近況といえば、Nintendo Switch 2の抽選に落ちました（笑）。

小僧　残念！　時蔵さんはゲーマーでしたね。

時蔵　本当に楽しみにしていたんですよ。4月の頭くらいから申し込みが開始されたんですけれど、最初はパンク状態でつながらなくて。2日目くらいにやっと入れて、抽選の申し込みをしてわくわくしていたのに見事落ちました。

部長　周りで当たったって人、聞いたことないです。

時蔵　僕もないです。まあ、いずれは買える日がくるでしょうけど…。次の機会もチャレンジして、困難をくぐり抜けた先にSwitch2を手に入れてこそ意味があると（笑）。

小僧　時蔵さんの深いゲーム愛が伝わってきました（笑）。息子の梅枝さんは以前、宝塚にハマっていましたが、その後、何か変化はありましたか。

時蔵　最近は歌舞伎NEXT『朧の森に棲む鬼』にハマってました。本当に楽しかったらしくて、博多公演にも来て、結局10回は見たんじゃないかな。（新橋）演舞場公演のときは、ずっと楽屋をうろちょろしていてモニターから聞こえてくる音声を来る日も来る日も聞きにきていて。配信も特別映像が観られる一番高いチケットを買って観てました。

小僧　すごい熱量。私も3回観ましたけど、負けました。やっぱりツナ様推しなんですか。

時蔵　それが違うの。キンタ（尾上右近さんが演じた役）とシュテン（市川染五郎さんが演じた役）なんです。
ちょっと見てくださいよ、息子のLINEのプロフィール画像（とスマホの画面を見せてくれる）。背景がシュテンで、アイコンがキンタなんです（笑）ツナ様わい⁉ って…。セリフもけっこう覚えていて、とくにキンタのセリフは家で言ったりしてましたね。一番好きな場面は、冒頭の朧3人が出てくるところらしいです。

小僧　何だかんだいってツナ様推しってことですね。いつの日か、伝説のチラシ（『朧の森に棲む鬼』のキャストが最初に発表になったとき、時蔵さんは襲名前で『中村梅枝』と名前が出ていた）が現実になるのを楽しみにしています！　それでは最後に、バイラ読者にメッセージをお願いします！！

時蔵　はい。襲名というのは一大イベントで、襲名するおうちの方々はもちろんのこと、共演する役者たちも何とか公演を盛り上げていこう、支えていこうという思いで関わらせていただいているので、普段の公演では見られないような熱量が感じられると思います。ぜひ劇場にお越しいただいて、それを感じていただければと思います。お待ちしています！

部長　舞台も客席もいつもより華やかなんでしょうね。私はこれから観る予定なので楽しみです！！　

小僧　みなさんも5月、6月は歌舞伎座へレッツゴーです！！

■松竹創業百三十周年
尾上菊之助改め 八代目 尾上菊五郎襲名披露
尾上丑之助改め 六代目 尾上菊之助襲名披露
團菊祭五月大歌舞伎

劇場：歌舞伎座
日程：2025年5月27日（火）まで上演中
昼の部　午前11時～
夜の部　午後4時30分～

『三人吉三巴白浪』は昼の部で上演

■松竹創業百三十周年
尾上菊之助改め 八代目 尾上菊五郎襲名披露
尾上丑之助改め 六代目 尾上菊之助襲名披露
六月大歌舞伎

劇場：歌舞伎座
日程：2025年6月2日（月）～27日（金）
昼の部　午前11時～
夜の部　午後4時15分～
【休演】10日（火）、19日（木）

『寺子屋』は昼の部で上演

取材・構成／バイラ歌舞伎部　　
写真／露木聡子