「落ちるの一秒、ハマると一生」と言われる歌舞伎沼。その深淵をのぞき、沼への入り方を指南するこの連載。今月ご紹介するのは、4月12日まで、東京・豊洲のIHIステージアラウンド東京にて上演中の『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』で、ヒロインのユウナを勤める中村米吉さんです。
「ファイナルファンタジーX」といえば、2001年に発売されて以来、世界中で愛されてきたゲームだけに、高い注目を集めています。主人公のティーダを演じるのは企画・演出・主演も担当する尾上菊之助さん。そしてティーダと恋に落ちる若きヒロインを勤めるのは、『風の谷のナウシカ』で鮮烈な印象を残した中村米吉さん。可憐で勇敢なユウナにぴったりです! ゲームのストーリーをよく知らないバイラ読者のために、舞台の見どころをたっぷり語っていただきました!
↑バイラ歌舞伎部の取材もかれこれ5回目。インタビュー冒頭、レコーダーの準備に手間取る小僧を見て、「レコーダーが回るまでに、全部しゃべりましょうね(笑)」と米吉さん。い・け・ず♪ でも、そんないじりも全部楽しい取材なのでした~。
■我が身を犠牲にするユウナは、歌舞伎の女方にも通じる!?
まんぼう部長 『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』、いよいよ始まりましたね! この作品は、世界的人気ゲーム「ファイナルファンタジー」を愛する尾上菊之助さんの熱い思いから、歌舞伎化が実現したわけですが、じつはバイラの読者は、ゲームのストーリーを知らない人も結構いると思われまして。今回は、「0からの『ファイナルファンタジーX』」ということで、米吉さんに見どころを教えていただければと思っています。
米吉 えーっ、1からでもなく0から!?(笑) バイラの取材って、たまに横暴ですよね(笑)。でも確かに、20年前のゲームですから、知らない人も多いかも。では簡単にご説明しましょう。
まず舞台となるのは「スピラ」と呼ばれる世界です。スピラは、「シン」と呼ばれる化物が災害のように人々を無差別に襲うという恐ろしい世界で、いつ死ぬかわからないという刹那的世界の中で、みんな生きているんですね。そして、そのスピラにある日突然飛ばされてしまうのが、菊之助のお兄さん演じる主人公のティーダという青年。彼はここで出会ったユウナとその仲間たちと旅に出て、世界の真実を解き明かすことになるという物語なんです。
で、僕が思うに、この作品は物語の軸が三つあるんですよ。
まず、一つ目が主人公のティーダと、僕が演じるヒロイン・ユウナのプラトニックな恋ですね。
二つ目が、坂東彌十郎のおじさん演じるジェクトと、菊之助の兄さん演じるティーダの不器用な親子関係。
三つ目が、中村獅童の兄さん演じるアーロンと、彌十郎のおじさん演じるジェクトとの友情。
その3本が軸になってストーリーが展開します。そこに中村梅枝の兄さんのルールーや、中村橋之助くんのワッカが抱える哀しみだとか、上村吉太朗くん演じるリュックのユウナへの気持ちなど、仲間たちの思い、さらには敵役である尾上松也の兄さん演じるシーモアを形成した、その過去の闇が積み重なって、物語が構築されています。
ばったり小僧 さすが米吉さん、すごくわかりやすいです。米吉さんが演じるのは、ナウシカに続いて、闘うヒロインですね。
↑ビジュアルに磨きがかかって、会うたびに、「姫感」が増している米吉さん。舞台での姿は、可憐でユウナそのもの☆彡 ティーダとの純愛にもキュンキュンきます。ちなみに歌舞伎座は廻り舞台があるけれど、本作の劇場は客席が回転。「ディズニーランドのアトラクションに乗ってるみたいですね。でも、舞台にいると、不思議と自分が回っているような感覚になってきます。錯覚なんですけれどね。人間の脳っておもしろいなと思いますね」。
米吉 これくらいはWikipediaにも載っていますよ?(笑)。
ユウナは「召喚士」(しょうかんし)の少女です。召喚士は死者を「異界」といういわゆる、あの世に導く、お坊さんのような宗教的な一面と、召喚獣という強い力を持つ精霊のようなものを使役して世界を守る勇者のような一面とがある。召喚士はスピラを救うためにシンを倒す力を得ようと修行の旅に出るんですね。最初は流されてばかり、自分の無力さを痛感するユウナですが、旅の道中でどんどんと成長していきます。
10代の女の子が命をかけて世界を守るって、大変なことですよね。だから強さもあるけど葛藤もあって。でも、その弱い部分を人には見せず、明るくふるまうんですね。「笑って旅を続けたいんだ」という言葉が出てくるように、自分の運命を理解しつつ、笑っていたいという強さがある。周囲の人たちもそれがわかっているから、そこは触れないようにしているんですけれど、そこを気にせず、越えていくのがティーダという主人公で、ユウナはだんだん惹かれていくわけです。
部長 「我が身を犠牲にして」みたいな人は、歌舞伎の女方にも出てきますね。
米吉 そういう覚悟的な意味では、歌舞伎にも同じようなお役がありますけど、歌舞伎では、それはだいたいお家のため、夫のため、恋人のため。でも、「ファイナルファンタジーX」は、世界のためです(笑)。ずいぶんと大きいことになってます。
部長 つらいことがあっても人に言わずに笑顔で……みたいなところは、ご自分と通じるところがありますか。
米吉 ……そう。僕もやっぱり地球を守りたいと思って生きているから……。隕石が落ちてきたら、すぐ電話ボックスの中に入って着替えて、「鳥か! 飛行機か‼ いや、米吉だ!」って、これはスーパーマンか(笑)。あ、そこじゃない? 笑顔の部分? はーい、わかりましたー。
その点をいうと、人間、笑いながら生きていきたいという気持ちがあってもなかなかできないじゃないですか。それができるユウナは、すごく強い人間だと思うんですけど、僕自身はほら、基本、適当な人間だから(笑)。ちゃらんぽらんに生きてるし。深刻に考えてもしょうがないってタイプなんでね、あまり似ているところはないと思いますねぇ…。
小僧 いやいや、米吉さんは毒を吐きながらも歌舞伎を守るために強く生きてるって信じてますよ~!(笑)
↑「最近、歌舞伎座に観に行くと、若い子たちがぞろぞろ出ていて、『この子が、もうこんな役をやっているのか』とびっくりします。僕なんか、しばらく歌舞伎座に出てないから、このままだと歌舞伎座に捨てられるかも!?(笑)」と怯えてみせる米吉さん。でも、外での武者修行は、きっと素晴らしい経験になっているはず。貫禄の凱旋公演、お待ちしています!!
■結婚式のシーンのために、アップのカツラも作りました♪
部長 本公演では、映像とのコラボもすごいことになっていますね。
米吉 はい。本番のために映像収録するって、歌舞伎ではあまりないことですよね。僕の場合、ラスベガス公演でやった『獅子王』で、プロジェクションマッピングとのコラボレーションがありましたけど、そのときくらいです。
古典作品の『金閣寺』のパロディで、桜の木に縛りつけられたお姫様が、桜のはなびらを集めて、つま先でネズミの絵を描くと、それが本物のネズミになって出てくるという場面があって、それを映像に映し出して見せるというのをやりました。今回は、それ以来だったので、貴重な経験ですね。
小僧 尾上松也さん演じるシーモアとの結婚式を撮影する様子を先ほど、モニターで少し拝見しました。グリーンバックで撮影して、そこにゲームと同じ背景の映像を合成して――とすごく手の込んだ作りで、びっくりしました。
米吉 上演する劇場「IHIステージアラウンド東京」は、360度回る客席と8メートルの動く巨大スクリーンというのが二大特徴なので、その機構を十分に生かした演出が求められるんですね。スクリーンが巨大だから、丁寧に作らないと粗が目立ってしまうし。時間もかかるけど、うまくいけば、すごく効果的な演出になるだろうと思います。
部長 米吉さんのウェディングドレス姿、すっごくきれいで素敵でした! 背中のところには、羽根やブーケがついていたりして、とても凝った作りで。
米吉 ユウナの衣裳は、原作の雰囲気に忠実に作っていますけれど、結婚式の衣裳は、歌舞伎寄り。裾を引いていたり、生地が着物に使う綸子(りんず)という絹の織物だったりして、歌舞伎でも全然使えちゃうような衣裳ですね。そこにレースや羽をつけて、原作のイメージを形成しています。だけど、あの結婚式、晴れやかなシーンではないんです。歪んだ考えを持つシーモアの野望を止めるために、自分が犠牲になって花嫁になるんです。短いワンシーンですけれど、ゲームの中でもユウナのスタイルが変わるという意味でもとても印象的な場面です。
実は、当初の予定では結婚式もその他の場面もカツラを変えずに行くはずだったんですけれど、やはりここはアップにしたスタイルでどうしてもいきたくて、ぜひとも作っていただきたいとお願いしてみたんです。
『風の谷のナウシカ』でもビジュアルを担当してくださった松本慎也さんという方が、今回もヘアメイクを担当してくださっているのですが、松本さんと相談して、めでたくアップのカツラを作ってもらいました。そちらの髪型は、写真では公開になっていませんから、ぜひ劇場でご覧いただければと思います。
↑ユウナの見せ場のひとつが「異界送り」の踊り。う、美しい!! 「この世に未練を残した人たちを成仏させる鎮魂の儀式で、原作の中でも印象的なシーン。儀式としての厳かさもあり、美しくもある踊りです。昼の部の序幕の幕切れは、異界送りで終わるので、心して踊りたいですね」。撮影/引地信彦
小僧 「ファイナルファンタジーX」の世界観、だんだんわかってきました!
米吉 このゲームがすごくよくできているのは、ティーダとプレイヤーが同じ目線で進んでいくところなんですね。ゲームの冒頭、「最後かもしれないだろ。だから全部話しておきたいんだ」っていう主人公のひとことからゲームが始まるんですけれど、プレイヤーは、「え、どういうこと?」「最後ってなんだろう?」ってワケがわからないまま、始まっていく。すると、今度は突然主人公が見知らぬ世界へ飛ばされていく。プレイヤーも同じ体験をしていくことで、ストーリーを理解していくんです。だからストーリーがわからなくても大丈夫。ユウナたちと一緒に旅する感覚で、楽しんでもらえればと思います。
それと「ファイナルファンタジーX」って、ゲームファンに「もう一度、記憶を消してから遊びたい」って言われるくらい、「じつはこういうことだった」「じつはこういう理由だった」というふうに展開していくんですけれど、それって、歌舞伎にもすごく似ていて。
歌舞伎でも「じつは敵だと思っていた人が味方だった」とか、「じつは○○だった」ということがよくありますよね。だから歌舞伎は好きだけど、ゲームは知らないという方にも楽しんでいただけると思うし、逆にゲームは好きだけど歌舞伎は観たことないという人も、「ああ、見得って、こういうタイミングで入るんだな」とか、感覚でわかっていただく、いい機会になると思います。
あ、あと補足すると、最終的に、何かが大きくひっくり返ります。そこがとても切ないところなんですね。どうひっくり返るかは、前編、後編、通しで観ないとわからないので、ぜひとも前編、後編、通して観ていただければ。
↑頭の回転の速さは相変わらず。最近はテレビのバラエティ番組でも才能を開花させるなど、活躍の場所も広がっています。「みなさん、どうせ僕のことなんて、口から出放題のお調子者、愚か者だと思ってますよ。そうやって生きるしかない、哀れなマリオネットなんです(笑)」。相変わらずキレッキレです♪
■30歳の誕生日に欲しいプレゼントは、世界の平和です!
部長 それにしてもこの1~2年、一気に人気がブレイクして、すごいご活躍ですよね。振り返ってみてどうですか。
米吉 やっぱりここ1~2年で物価が上昇して、電気代も上がりましたでしょう。こりゃ、世の中大変ですわ……そういうことじゃないですか?(笑)。
昨年は3月に2年目の南座花形歌舞伎が開催できて、7月に新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』があって、9月には中村吉右衛門のおじさまの一周忌追善興行があって、12月、1月と『オンディーヌ』という歌舞伎以外のお芝居で、主演をさせていただきました。思い返せば本当にありがたい経験ばかりでしたね。
大きなお役が増えてきたことは実感していますけれど、一生懸命やったって、急にうまくはなれないし。今、自分に課せられたことを、今、自分ができる限りの力でやるしかないと思っています。
お客様にとっては、それが最初で最後の観劇かもしれないですから、とにかく一回一回を大事に最善のものをお見せできるようにするしかない。「まあ、こんなもんだろう」って自分の中で妥協しないようにしないとダメですよね。
だって、この3月で30歳ですから! イヤですね!(笑) 20代までは、「まあ、若いから」って人様は許してくれるけど、30代はそうはいかないですから。
個人的には、年齢なんて、ただの記号でしかないと思ってます。でもバンドがデビュー20周年だからアルバムを出すとか、結婚25周年だからハワイに行くとか、かこつけられるじゃないですか。
だとしたら、30歳という節目を迎えるにあたって、自分に課せられていることに今まで以上に真摯に向き合って、30代の第一歩を踏み出せるようにしたいですね。
↑大きなお役が増えてきて、プレッシャーみたいなものはありますか? 「胃が痛くなることもあるし、最近、白髪も増えてきて。きっとストレス妖精が夜ごとに白髪を植えてるんだと思うんですよ(笑)」。白髪は妖精が植えていることをはじめて知った小僧でした♪
小僧 お誕生日に欲しいプレゼントありますか。
米吉 バイラはそういう質問、好きですよね(笑)。んーと、やっぱり不労所得(笑)。知ってます? 虎ノ門から築地までダーッとトンネルが通って、その先の豊洲までまっすぐ行けるんですけれど、すごいんですよ、マンションが。怖くなるくらい林立していて。だから2部屋くらい、誰かくれないかなと思いながら劇場へ通っているんですけど(笑)。
そんなこと言っていたらダメですね。やっぱり欲しいプレゼントは、世界の平和です!!(笑)
大好きな山下和美さんのマンガに『不思議な少年』っていう作品があるんです。少年が江戸時代とか平成とか、いろいろな時間や場所に現れるオムニバスで、すごく不思議で素敵な作品なんですけれど、その中に、殺人が起きるのを少年が必死で止める回があるんですね。悪事を認めず恨まれ襲われるアメリカの俳優を助けたり、日本で老老介護に疲れたおじいさんが、おばあさんを殺そうとするのを止めたりする。君が人を殺さなければ、今日は殺人が起きない奇跡の日になるんだ、そんな日があってもいいじゃないかと、言いながら。
僕の誕生日も世界が平和で、誰も殺し合わない日になるといいですね。ということで、ユウナと一緒に僕も世界の平和を祈っています。
部長 はい、きれいにまとまりました。『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』、楽しみにしています!
小僧 米吉さんの美しいお姿、拝みに行きます~! ありがとうございました。
米吉 えっ、終わり? バイラの取材って、いつもくっだらないことしゃべってると終わっちゃうんだけど大丈夫? あと2分あるから、もう一問どうぞ。
小僧 では、最後に一つ。ストレス妖精に負けず、お肌ツヤツヤですけれど、何か美容にいいこと、してますか?
米吉 はい。それはですね、生まれて3カ月目までの子羊の血をアルプスの最初の雪解け水で溶かして、そこにアフリカのナイル川沿いで育てられた花を漬け込んで作った美容液を……塗って……ません。
小僧 えっと……米吉さんは塗ってないけど、実際にそういう美容液があるってことですか?
米吉 あるわけないでしょ! そんな簡単に信じたらダメだって! 小僧、ロマンス詐欺に気をつけて!!(笑)
↑全キャストの扮装ビジュアル。「歌舞伎初心者にもぜひおすすめしたい」と米吉さんがいう本公演。前編後編にわたる長時間の力作。全席クッション性の高いシートが導入されたり、近隣のホテルで休憩時間に休むことができる特別プランや、幕間に楽しめる事前注文のお弁当、ロビー内併設カフェの公演限定メニュー、劇場周辺にはキッチンカ―など盛りだくさん。ホームページで確かめてみよう!
■木下グループpresents
『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』
日程:2023年3月4日(土)~4月12日(水)
劇場:IHIステージアラウンド東京
企画/構成:尾上菊之助
脚本:八津弘幸
補綴:今井豊茂
演出:金谷かほり、尾上菊之助
出演
ティーダ:尾上菊之助
アーロン:中村獅童
シーモア:尾上松也
ルールー:中村梅枝
ルッツ / 23代目オオアカ屋:中村萬太郎
ユウナ:中村米吉
ワッカ:中村橋之助
ティーダ(幼少期)/祈り子:尾上丑之助
リュック:上村吉太朗
ユウナレスカ:中村芝のぶ
キマリ:坂東彦三郎
ブラスカ:中村錦之助
ジェクト:坂東彌十郎
シド:中村歌六
取材・構成/バイラ歌舞伎部 撮影/露木聡子
まんぼう部長……ある日突然、歌舞伎沼に落ちたバイラ歌舞伎部部長。遅咲きゆえ猛スピードで沸点に達し、熱量高く歌舞伎を語る。
ばったり小僧……歌舞伎歴2年。やる気はあるが知識は乏しい新入部員。若いイケメン俳優だけでなく、オーバー40歳の熟年俳優も大好き。