「落ちるの一秒、ハマると一生」と言われる歌舞伎沼。その深淵をのぞき、沼への入り方を指南するこの連載。今月ご紹介するのは、現在、歌舞伎座で上演されている『霊験亀山鉾』で、二役を勤める仁左衛門さん。藤田水右衛門と八郎兵衛という二人の悪党を演じ、悪の華を咲かせます。しかも今回は、「一世一代」と銘打っての公演。『霊験亀山鉾』に出演するのは、これが最後とあって、思い入れもひとしお。先月、行われた取材会に出席したバイラ歌舞伎部が、仁左衛門さんの舞台にかける思いや、演目の見どころなどを紹介します!!
↑オフィシャルのカメラマンさんが1枚撮ったところで、「もう撮れたんじゃない?」と言って、記者を笑わせるおちゃめな仁左衛門さん。スーツがよく似合っていて、とってもダンディ♪ しっかし78歳で、こんなに素敵って、どうなっとるん? と部長と小僧は目をぱちくり。
■本水を使った雨の中の殺し。2月には寒すぎます!!
ばったり小僧 部長、どうしたんですか、切ない顔して。
まんぼう部長 今月、歌舞伎座で仁左衛門さんの『霊験亀山鉾』(れいげんかめやまほこ)が上演されているんだけど、「片岡仁左衛門一世一代にて相勤め申し候」と銘打っての公演なの、ぐっすん。
小僧 ええっ、「一世一代」って「一生に二度とない」、つまり、もうこれが最後っていう意味ですよね。去年の2月の碇知盛(『義経千本桜 渡海屋・大物浦』)も「一世一代」の命がけの公演でしたけど、それに続いてってことですね。
部長 仁左衛門さんは、これまで『女殺油地獄』(おんなごろしあぶらのじごく)『絵本合法衢』(えほんがっぽうがつじ)も演じ納めてきたけれど、ついに『霊験亀山鉾』まで……寂しいわ~!!
小僧 先日の取材会で、仁左衛門さん、こうおっしゃってましたね。「経験を積んだ今のほうが演劇的にはいいものをお見せできるかもしれないけれど、体力的に厳しいものがある」って。
部長 そうね。「『年を取った』『前のほうがよかった』と言われるのが一番嫌ですし、今ならみっともなくないものをお見せできるという思いがある」って。
小僧 確かに『女殺油地獄』の与兵衛は、油まみれになっての殺しの場面があるし、『渡海屋』の知盛は重い碇を背負って海にダイブする超ハードな役だし。『霊験亀山鉾』で演じるのも同じように大変なお役ってことですか?
↑取材会の会場には、後方から颯爽と登場。「ライブのときにサプライズで、客席を歩きながら登場するスターのようだったわ☆」と興奮する部長。そして会場を去るときには、出口で振り返り、礼儀正しくきちんとお辞儀。高校球児のような爽やかさ!!
部長 『霊験亀山鉾』は、江戸時代に実際にあった事件をもとに鬼才・鶴屋南北が書き下ろした仇討ちの物語で、仁左衛門さんが勤めるのは二人の悪人。藤田水右衛門(みずえもん)と八郎兵衛(はちろべえ)の二役を演じるの。
小僧 悪党が主役のお芝居なんですね。ってことは、その二役の早替りがめっちゃ大変ってことですか?
部長 でも、会見では、「他の演目に比べたらラク」って言ってたのよね(笑)。
たとえば『桜姫東文章』の場合は、悪党の権助から高僧の清玄になるには、化粧を全部落として、顔を作り変えないといけないけど、水右衛門と八郎兵衛は、そもそも顔が似てるっていう設定だから、着せ替え人形のように着替えればいいだけだって。早替りの間、他の物語もはさむし、走る距離も少ないから余裕があるそうよ。
小僧 「走る距離」ってどういう意味ですか?
部長 早替りのために、舞台裏をダッシュで走らないといけない場合もあるけれど、その距離が短いってこと。
小僧 短くても走ってるんですね!? 十分すごいです(笑)。
部長 そもそも見せ場となる殺しの場面は、荒々しさが必要だから体力を使うし、本水(ほんみず=本当の水)を使って、雨を降らせるシーンもあるのよね。以前の上演で、仁左衛門さんが提案して実現した演出で、今回も本水を使っているそう。
稽古のとき、スタッフに「普通の水でいいですか?」と聞かれて、「いいですよ」と答えたそうだけど、「2月に常温の水では冷たいね」って(笑)。
小僧 それはマズいですよ、いくらなんでも冷たすぎます!!
↑取材会の冒頭、「まずは仁左衛門さんからひとこと」と司会者に促されると、「これが一番苦手」と照れ笑い。ほんっとチャーミング♡ 歌舞伎界の重鎮だけれど、こちらが臆せず質問できるフランクな雰囲気で、小僧のつたない質問にも丁寧に答えてくれました!! 感激★
■ワルだけどカッコいい! 人間は「悪」に惹かれるところがある
小僧 それにしても歌舞伎って、悪人が主役の演目が結構ありますよね。しかも「悪人だけど、根はいい人」じゃなくて、「根っから救いようのない男」だったりして。
部長 『霊験亀山鉾』は、まさにそのパターン。とくに水右衛門は、人を何人も殺してる極悪人で、「何人殺したかな。一人、二人……」って、指折り数えてにんまりするような冷酷な男。でも、それを仁左衛門さんがやると、色気があって、めちゃくちゃカッコいいのよ!!
小僧 わかります~!! 仁左衛門さんの悪人、絶品ですよね。『女殺油地獄』でも凄惨な殺しの場面が妖艶で美しく見えました! 私は映画とかで怖い場面があると、見てられなくて目を閉じちゃうんですけど、歌舞伎の場合は、殺しの場面で逆に目をこらしてしまうから不思議です。
部長 仁左衛門さんが言っていたわね。昔『世界残酷物語』という映画があって、誰がこんなものを観るんだろうと思っていたら、映画館に行列ができていたって(笑)。
それを見て、「人間には、どこか悪に惹かれるようなところがある」と思ったそうだけど、悪人がカッコよく見えるのはそれだけじゃなくて、やっぱり歌舞伎の演出の力じゃないかしら。
仁左衛門さんは「かっこよく見せようとして演じてはいない」と言っていたけれど、洗練された型があって、音楽や照明が考え抜かれたものだから、悪が輝いて見えるんだと思うわ。
↑今年で歌舞伎座が新開場して10年。「もうそんなに経つんですね」と感慨深げ。「最初は前のほうがよかったと思うこともあったけれど、10年の間に、すっかり体に馴染んでしまいました」。そんな歌舞伎座で、悪の色香を放つ仁左衛門さんをしかと見届けよう!!
小僧 なるほど。奥が深いですね。私が取材会で印象に残っているのは、「水右衛門は、冷たいところが演じていて楽しい」「どんな役でも演じると好きになってしまう」という発言。本当に気持ちで演じる人なんだなと思いました。
部長 本当よね。もうひとつの役の八郎兵衛についても、「彼はカッとして人を殺してしまった。本当の悪人ではないと思う」と。役柄を演じる上で、「お役の性根をつかむことが一番大事」と言っていたけれど、単純に善悪でものごとを見ているだけではないから、仁左衛門さんの演じる人物には陰影があるんだと思う。
小僧 脚本も少しカットして、展開をスピーディにすると言ってましたね。暗い場面ばかりでなく、華やかな廓の場面もあり、「陰と陽、色の使い分けでお見せできたら」とのこと。さすがエンターテイナーの仁左衛門さん。観るのが楽しみです!!
部長 「『またいつかやるだろう』と思っているお客さまも『最後だから』と言ったら、観に来てくださるのでは」と笑っておっしゃっていたけれど、 仁左衛門さんの『霊験亀山鉾』が観られるのは今月が最後。「いつか観に行こう」と思いつつ、まだ歌舞伎を観ていない人! いつかじゃなくて、歌舞伎を観るなら今よ!!
小僧 本当にそうですね。観られるうちに観ておかないと。いずれ伝説となること必至のこの舞台、ぜひともお見逃しのないように!!
■歌舞伎座新開場十周年
『二月大歌舞伎』
日程:2023年2月2日(木)~25日(土)
劇場:歌舞伎座
【休演】10日(金)、20日(月)
●第一部 午前11時~
一、
河竹黙阿弥 作
『三人吉三巴白浪』(さんにんきちさともえのしらなみ)
序幕 大川端庚申塚の場
二幕目 巣鴨吉祥院本堂の場
裏手墓地の場
元の本堂の場
大詰 本郷火の見櫓の場
浄瑠璃 「初櫓噂高音」
〈序幕〉
お嬢吉三:中村七之助
お坊吉三:片岡愛之助
おとせ:中村壱太郎
和尚吉三:尾上松緑
〈二幕目・大詰〉
和尚吉三:尾上松緑
お嬢吉三:中村七之助
手代十三郎:坂東巳之助
おとせ:中村壱太郎
捕手頭長沼六郎:市村橘太郎
八百屋久兵衛:嵐橘三郎
堂守源次坊:坂東亀蔵
お坊吉三:片岡愛之助
●第二部 午後2時30分~
一、
『女車引』(おんなくるまびき)
千代:中村魁春
八重:中村七之助
春:中村雀右衛門
二、
五世中村富十郎十三回忌追善狂言
河竹黙阿弥 作
新歌舞伎十八番の内『船弁慶』(ふなべんけい)
静御前/平知盛の霊:中村鷹之資
源義経:中村扇雀
亀井六郎:中村松江
片岡八郎:中村亀鶴
伊勢三郎:澤村宗之助
駿河次郎:中村吉之丞
舟子浪蔵:尾上左近
舟子岩作:中村種之助
舟長三保太夫:尾上松緑
武蔵坊弁慶:中村又五郎
●第三部 午後5時30分~
四世鶴屋南北 作
片岡仁左衛門 監修
奈河彰輔 補綴
今井豊茂 補綴
通し狂言『霊験亀山鉾』(れいげんかめやまほこ)
亀山の仇討
片岡仁左衛門一世一代にて相勤め申し候
序幕 甲州石和宿棒鼻の場より
大詰 勢州亀山祭敵討の場まで
藤田水右衛門/隠亡の八郎兵衛:片岡仁左衛門
芸者おつま:中村雀右衛門
石井源之丞/石井下部袖介:中村芝翫
源之丞女房お松:片岡孝太郎
石井兵介:坂東亀蔵
若党轟金六:中村歌昇
大岸主税:片岡千之助
石井源次郎:中村種太郎
石井家乳母おなみ:中村歌女之丞
縮商人才兵衛:片岡松之助
丹波屋おりき:上村吉弥
藤田卜庵:松本錦吾
仏作介:片岡市蔵
大岸頼母/掛塚官兵衛:中村鴈治郎
貞林尼:中村東蔵
取材・構成/バイラ歌舞伎部
まんぼう部長……ある日突然、歌舞伎沼に落ちたバイラ歌舞伎部部長。遅咲きゆえ猛スピードで沸点に達し、熱量高く歌舞伎を語る。
ばったり小僧……歌舞伎歴2年。やる気はあるが知識は乏しい新入部員。若いイケメン俳優だけでなく、オーバー40歳の熟年俳優も大好き。