「落ちるの一秒、ハマると一生」と言われる歌舞伎沼。その深淵をのぞき、沼への入り方を指南するこの連載。今月ご紹介するのは、8月22日、23日に、国立劇場小劇場で、開かれる尾上右近さんの自主公演『第六回 研の會』。コロナ禍を経て、3年ぶりに開催されるとあって、右近さんの意気込みも十分。上演する演目は、舞踊劇『色彩間刈豆』(いろもようちょっとかりまめ)と、時代ものの名作『実盛物語』(さねもりものがたり)。『色彩間刈豆』では、文楽人形と共演するという独創的なアイディアにもチャレンジします。6月に開かれた合同取材会でのお話とともにバイラ歌舞伎部が、『研の會』の見どころをご案内します!!
■実盛は、器が大きくてジェントルマンで、男として理想の人
ばったり小僧 部長!! 8月22日、23日は、部長が以前から応援している尾上右近さんの自主公演『第六回 研の會』が国立劇場小劇場でありますね。
まんぼう部長 そうなのよ♪ コロナ禍でしばらく中断していたから、3年ぶりに実施されるのよね。6月に行われた『研の會』の合同取材会でも右近さんが熱く語っていたわ。「自主公演は、皆を引き連れ、巻き込み、今できる限りの情熱をぶつける自己研鑽の場です。3年間で培ったものと、たまったうっぷんを全力で発散したい」って。気合入りまくりだと思うから、今から超楽しみ。
小僧 私は取材会に集まったマスコミの数の多さにびっくりしました。
部長 そうね。前回の倍くらいいたんじゃないかしら。この3年で、右近さんの人気もすっかり全国区になったのねぇとしみじみしたわ。
↑「自分の魅力を皆さまに知っていただく公演ではありますが、僕を通して歌舞伎の面白さを感じていただけるような公演にできたらと思っています」。記者の質問にも、饒舌に、よどみなく答えていた右近さん。舞台度胸もすごいけど、きっとこの人は緊張なんてしたことないに違いないわと部長も感心しきり。
小僧 確かに、この3年の右近さんの躍進はすごかったです。歌舞伎では『弁天小僧』で歌舞伎座初主演を果たしました。歌舞伎以外でもミュージカルに出たかと思えば、初出演映画『燃えよ剣』で日本アカデミー賞新人賞を受賞。テレビのバラエティでも、カレー王子としてひっぱりだこだし(笑)。今クールは、金曜ナイトドラマ『NICE FLIGHT!』にレギュラー出演するなど、現在も引き続きブレイク中って感じです。
部長 航空機整備士のジェームスね。一見、チャラ男に見えるけれど、責任感が強くて、誠実でって、右近さんにピッタリの役柄ね。シングルファーザーでイクメンっていう設定も新鮮。子どもと接しているときの右近さんが、またとってもやさしそうで素敵なの。
小僧 あのふわふわっとしたニュアンスヘアも似合ってるし、またファンが増えそうです。
↑いつもながらおしゃれなデザイン。『実盛物語』で右近さんが演じる斎藤実盛の扮装も凛々しくて素敵。ジェームスと同じ人とは思えませんっ。
部長 そんな絶好調の右近さんの自主公演、今回、何をやるかといえば、まずひとつが、時代ものの名作『実盛物語』。平家全盛の時代に、次第に追いつめられていく源氏方の話で、右近さんが演じる斎藤実盛は、いわゆる「生締物」(なまじめもの)と言って、立役の大役のひとつなの。 今は平家に仕えているけれど、元は源氏方で、昔の恩を忘れずに今でも密かに源氏方を応援しているという役どころで、「器が大きくて、ジェントルマンで、男性として理想の人」と、取材会で右近さんが言っていたように、すべてを飲みこんで受け止めるような大きさがあるのよね。
小僧 かっこいい男なんですね。
部長 そうそう。とくに源氏の白旗を守るために、琵琶湖で起きた出来事を語って聞かせる長ゼリフのシーンは、見どころ満載。声、表情、動きと、豊かな表現力で盛り上げていくから、俳優の力量が試されるのよね。右近さんはそういう感情の機微を出すのがすごくうまいから、間違いなくハマると思う。
↑右サイドから見た顔は、ちょっとやんちゃで、男の子っぽさが残る印象。金屏風のせいか、キラキラとしたオーラに包まれていて、毎日カレーを食べているから、そのウコン効果で輝いているに違いない、と小僧は勝手に分析。
小僧 個人的にも思い入れのある演目だって話してましたね。2001年、9歳のとき、本名の岡村研佑の名で、『実盛物語』に、子役の太郎吉として出演したそう。そのとき、太郎吉の祖父母である小よし、九郎助を今回出演する中村梅花さんと片岡市蔵さんが演じていて、「僕が最初に実盛をやらせていただくときは、絶対にこのお二人に、同じお役を演じていただきたいと思っていました」って。
部長 そうね。「当時、毎秒毎秒、歌舞伎に触れること自体がとても新鮮で、このお二人に歌舞伎の面白さを間近で感じさせていただきました」って言うのを聞いて、ああ、愛情あふれる右近さんらしいな~と思ったわ。それって、実盛の恩と義理と人情を貫いている部分と重なるところがあるから、きっと素晴らしい実盛になると思うわ。
小僧 なるほど~。話を聞いているうちに、右近実盛、どんどん見たくなってきました!
↑3年前の『研の會』の取材会では、『酔奴』の演目にちなんで竹馬で登場した右近さん。「『実盛物語』では、実盛が最後に馬に乗るので、今日は馬に乗って登場したかったのですが、会場の入口の高さがちょっと足りないのと、予算がかかるので、やめました(笑)」。
■妙に色っぽい人形のかさね。人間同士でやる以上にエロい!?
部長 そしてもうひとつの演目が、『色彩間苅豆』、通称『かさね』という舞踊劇。腰元のかさねという女性が、与右衛門と恋仲になるのだけど、じつは与右衛門は、とんでもない悪党で、かさねの母親とも関係をもっていて、その上、かさねの父親を殺害した犯人だったの。与右衛門は、かさねのことも面倒になって、殺して逃げようとするんだけど、怨霊となったかさねに引きとめられるというドロドロの愛憎劇。
今回、右近さんは、かさねと与右衛門の2役を、昼と夜の二部役替わりで演じるのよね。情念の女、かさねと、色悪の代表ともいわれる与右衛門、きっとどっちも素敵に違いないわ!!
小僧 それはめっちゃ見応えがありそうです。そういえば、『かさね』って、以前、市川猿之助さんと松本幸四郎さんのコンビで観ましたよね。確かそのとき、伴奏音楽の清元を右近さんが唄っていませんでしたか?
↑左サイドから見た右近さんは、とっても女性的で、ふくよかな感じ。めっちゃ美人さんです。これだから女方がハマるんだろうなぁ。
部長 ピンポーン!! 小僧ったら、しっかり学習しているわね。『かさね』の伴奏音楽は、清元の大曲としても有名なのよね。右近さんは、もともと清元節宗家の家に生まれて、歌舞伎俳優としても活動する一方、清元栄寿太夫という名跡も襲名しているので、『かさね』はゆかりのある演目で、猿之助さんと幸四郎さんがやったときは、清元として舞台に出ていたの。それが今回の自主公演では、初めて俳優として勤めるというわけ。
小僧 いっそのこと、唄いながら、踊ってほしい気もしますけれど(笑)。
部長 しかも今回の目玉として、なんと文楽の人形と共演するんですって。 右近さんがかさねをやるときは、人形が与右衛門を、右近さんが与右衛門をやるときは、人形がかさねを演じるそうよ。
小僧 ええっ、人形と共演!? それまた奇抜なアイディアです。
部長 取材会で言っていたけれど、文楽の人形遣いの吉田簑紫郎さんにお目にかかる機会があって、コラボできたら面白いのではないかという話になり、今回一緒にやることになったそうよ。
↑『かさね』で演じるかさねの扮装の右近さん。男をめぐる因果から、不幸のどん底へ落とされていく。与右衛門人形と二人で踊る、濃密な踊りもどんな風になるのか、楽しみ~。それにしてもこの反り返り、色っぽいわ~と小僧はどっきり。
小僧 でも、人形と人間では、サイズ感とか、おかしなことにならないんですかね。しかも男女の愛憎劇を人形で表現するのは難しそう。
部長 それが、右近さんは、以前、辻村ジュサブローさんと坂東玉三郎さんがなさった『二人椀久』の映像を観たことがあって、それが全然違和感がなかったって。「大きさが全然違うから、『南くんの恋人』みたいなことになっちゃってるんですけど、人形が妙に色っぽくて、人間同士でやる以上に、なんかエロいんですよね」って。だから「自分が人形と一緒にやるときは、色事だな、ラブストーリーだなって思っていた」そうよ。今回の準備で、かさねの人形と対面したときも「かさねの髪と僕の肌が触れたときには、まぎれもなく恋人の感覚でした」って。
小僧 きゃあ♥ そういう右近さんが一番エロいです(笑)。
↑『かさね』で演じる与右衛門の扮装の右近さん。今で言うところの「クズ」という言葉がぴったりの与右衛門。それなのにかっこいい! 殺しの場面でさえ美しい! と思わせてくれるのは歌舞伎ならでは。
部長 本当ね(笑)。でも、人形の髪に触れて、びりびりとくる右近さんの感性って、やっぱりすごいなと思ったの。そういう感覚って、客席にも伝わるものだから、人間二人でやる『かさね』とは、まったく違う濃密な刺激があるはず。
小僧 これは見逃せないです。あと、自主公演でのお楽しみといえば、グッズですよね。『研の會』でもウコン入りの『ケンケンカレー』とか、いつも凝ったものを売っていて、今年は何があるのかな~って楽しみです。
部長 私は前に買ったTシャツがくたびれてきたから、そろそろ新しいの欲しいのよね。あと、毎回、お扇子を買ってるけど、もったいなくて使えないから、今年は、手持ちのファンが隈取りの顔になっていてグルグル回るみたいな新手のグッズを期待してます(笑)。それか文楽人形とやるのを記念して、動かせる右近人形とかあれば絶対買う!!
小僧 それ、私も欲しいです!! 『研の會』のチケットも残りわずか。みなさんも早めにゲットしてくださ~い!!
↑通常、文楽は義太夫の語りにあわせて、人形を操るものだけれど、「今回は、清元の伴奏で文楽人形が動くという意味でも画期的」と右近さん。今までにない新生『かさね』誕生の目撃者になろう!!
■まんぼう部長のひとくち解説<生締物とは?>
今年の『研の會』で上演される『実盛物語』の斎藤実盛は、「生締物」(なまじめもの)と呼ばれるお役のひとつです。そもそも「生締」とは、時代物の演目によく出てくる髷のひとつで、油でガチガチに固めた髷のこと。そして、このかつらを使う役のことをときに「生締物」と呼びます。その代表が、『熊谷陣屋』の熊谷、『助六』の助六、『梶原平三誉石切』の梶原平三などで、大きなお役というだけでなく、正義の判断を下す「捌き役」が多いことから、「生締物」をやるのは、立役の俳優にとって憧れとされています。
■尾上右近自主公演
「第六回 研の會」
場所: 国立劇場小劇場(東京都)
日程:2022年8月22日(月)・23日(火)
時間:昼の部 12:30開演/夜の部 17:00開演
出演
一、
『色彩間苅豆』(いろもようちょっとかりまめ)
与右衛門/かさね:尾上右近
【22日昼の部・23日夜の部】
尾上右近 かさね相勤め申し候
吉田簑紫郎 与右衛門相勤め申し候
【22日夜の部・23日昼の部】
尾上右近 与右衛門相勤め申し候
吉田簑紫郎 かさね相勤め申し候
文楽座特別出演
【人形遣い】
吉田簑紫郎
吉田簑太郎
桐竹勘介
吉田簑之
二、
源平布引滝
『実盛物語』(さねもりものがたり)
斎藤実盛:尾上右近
瀬尾十郎:坂東彦三郎
小万:中村壱太郎
太郎吉:坂東亀三郎
葵御前:尾上菊三呂
小よし:中村梅花 九
郎助:片岡市蔵
◆尾上右近自主公演「第六回 研の會」公演情報 https://www.kabuki-bito.jp/news/7647
◆公演チケット情報
取材・構成/バイラ歌舞伎部 撮影/富田恵
まんぼう部長……ある日突然、歌舞伎沼に落ちたバイラ歌舞伎部部長。遅咲きゆえ猛スピードで沸点に達し、熱量高く歌舞伎を語る。
ばったり小僧……歌舞伎歴2年。やる気はあるが知識は乏しい新入部員。若いイケメン俳優だけでなく、オーバー40歳の熟年俳優も大好き。