落ちるの一秒、ハマると一生」と言われる歌舞伎沼。その深淵をのぞき、沼への入り方を指南するこの連載。今月ご紹介するのは、5月歌舞伎座の『團菊祭五月大歌舞伎』で上演される『弁天娘女男白浪』で、主役の弁天小僧を演じる若手のホープ、尾上右近さん。声よし、顔よし、演技よしで、人気急上昇中です。弁天小僧といえば、尾上家に受け継がれる大事な演目で、右近さんにとっても憧れのお役。そこで右近さんにバイラ歌舞伎部がインタビュー! 作品にこめた熱い思いや、初心者のための見どころを教えていただきました!!
↑「『弁天娘女男白浪』は、盗賊の白浪五人男が、人をだましてお金をせしめようとする話で、だまし、だまされて、どんでん返しというマンガみたいなストーリー。難しい筋書きではないので、歌舞伎を初めてご覧になる方にもおすすめです」。これは観るっきゃない♪
■「自分こそが弁天小僧だ!」という気持ちで勤めます
まんぼう部長(以下部長) 右近さん、5月の『弁天娘女男白浪』(通称『白浪五人男』)での弁天小僧役、おめでとうございます!歌舞伎座でのセンター、本当に素晴らしいですね。めちゃくちゃうれしいです!!
ばったり小僧(以下小僧) この1年で、一回りも二回りも大きくなった右近さん!! 本当にすごいです。部長も小僧もめっちゃ浮かれてます♪
右近 ありがとうございます。弁天小僧をやることが決まったときは、『しかと受け止めました』という感じで、静かなる興奮でした。歌舞伎座で憧れのお役をさせていただくのは、本当に有り難いことですし、ひとつの夢がかなった瞬間でもありました。
でも、だからといって、「歌舞伎座に立たせてもらってる」という気持ちではダメなんですよね。歌舞伎のひとつの顔として、胸を張って、「自分がやるのが当然だ」と思ってやることが大切だと思っています。歌舞伎座には、歌舞伎に心血を注いできた先輩方の思いが込められています。僕もその一員になるということなので、その喜びを感じながら舞台に立ちたいです。
とくにこの5月は『團菊祭』と銘打って上演されます。そこで弁天小僧を演じるということは、またひとつ意味合いが変わってくるんですよね。
小僧 『團菊祭』っていうのは、「團」と「菊」だから、つまり……。
部長 つまり明治時代に絶大な人気を誇った名優、九代目市川團十郎と、五代目尾上菊五郎の功績を称えるためのもので、5月の歌舞伎座の風物詩になっているのよね。そして『團菊祭』では、市川團十郎家と尾上菊五郎家にゆかりの俳優さんがメインで登場して、それぞれのお家が得意とする演目が上演されることになっているの。『白浪五人男』は、まさに尾上家を代表する演目ですね。
↑「昨年3月に京都南座でやった若手公演のすごい盛り上がりから始まって、少しずつ扉が開いていって、この弁天小僧で、また大きな扉がひとつ開いた感じがします」と右近さん。この先もきっとさらに大きな扉が開いていくはず。可能性は無限大!!
右近 そうですね。五代目尾上菊五郎が当たり役として生涯演じた役で、その後も尾上家に代々受け継がれてきました。それを僕がやらせていただくのであれば、「弁天小僧菊之助たぁ、俺がことだぁ!」という名セリフそのままに、「自分こそが弁天小僧だ!」と信じて勤めたいと思います……って、こんなこと言うと、えらくイキってるヤツみたいですけれど(笑)、そういう気持ちが大切だと思うんですね。
幕が開いたときに、「この人が主役の演目なんだ」という空気がふわ~っと客席に流れ込むことが、僕はとても大事だと思っているんですけれど、それは「この舞台は、俺の舞台だ!」という役者の自覚の密度がこぼれるものだと思っているので、その気持ちは大事にしたいんです。
小僧 『弁天娘女男白浪』は、日本駄右衛門をリーダーとした5人組の盗賊の話ですけれど、出演者も右近さんと同世代や苦楽をともにしてきた盟友たちが演じるというのも楽しみですね。
右近 そうなんですよ。坂東巳之助さん、中村隼人さん、中村米吉さん、中村橋之助さんと、僕の人生に大きくかかわってきた仲間たちとできて、今回は、何種類もの幸せが重なった舞台になると僕は思っています。
じつは3年前に国立劇場小劇場でやった自主公演『研の會』で、弁天小僧をやったことがあって、そのときは、兄貴ぶんの南郷力丸を坂東彦三郎さんが演じてくださいました。花道を二人で引っ込むときにアドリブで会話をする場面があるんですけれど、彦三郎さんが「こんなちっちゃいところで終わるのもったいねぇや。もっとでかいところで今度やろうぜ」って、いきなり言ってきたんですね。僕は「そりゃ、ありがてえ。そうしよう、そうしよう」って返したんですが、それが今回、歌舞伎座でやることで現実になって。とても感慨深いです。
その彦三郎さんは今回日本駄右衛門役で出演されます。「『兄ぃ』から、今度は『親分』になっちゃいましたね」って、この前も二人で笑いましたけれど、彦三郎さんが僕ら若手を大きく受け止めてくれると思っています。
さらにそこに(中村)東蔵のおじさまという、人間国宝の大先輩が出てくださることに、特別な喜びを感じています。コロナ禍でお目にかかれないので、お電話して、「出ていただけること、本当に嬉しく思っています」とお話したら、すごく喜んでくださっているようでした。
↑「五代目尾上菊五郎の『弁天小僧』は、19歳のときが初演で大成功を収めている。それに比べて、僕は今年5月で30歳になりますけれど、まだまだ経験不足だし、勉強不足」と気を引き締める右近さん。比較相手が過去の偉人だから、歌舞伎たいへんなんです!!
■弁天小僧の世界は尾崎豊の『15の夜』に通じる!?
部長 それではここで右近さんに初心者でも楽しめる、『弁天娘女男白浪』の見どころを3つ挙げていただければと思います!
右近 わかりました。では、まず見どころポイント1は、「悪かっこいいは、ただかっこいいより、かっこいい!」です。
『弁天小僧』は、簡単に言うと、世の中からドロップアウトした不良の物語です。子どもの頃から悪事に手を染めてきて、失うものは何もない、だったら、パーッとおもしろく生きようぜっていう男たちのお話なんですね。昔から任侠ものとか、不良ものは人気がありますけれど、ワルの魅力、ワルの色気って、人を惹きつけるものがある。
でも、その裏には身寄りもなく、そう生きざるを得なかった彼らの寂しさとか、「死ぬのなんか怖くない」というはかなさもあって。僕の中では、尾崎豊の世界に通じるものがあると思っています。
小僧 尾崎豊! いいですね。尾崎のどの曲をイメージして観たらいいでしょうか。
右近 それはもう『15の夜』でしょう(笑)。ぴったりだと思います。行き場のないエネルギーが悪の華として咲き誇っているといった感じです。
小僧 盗んだバイクで走り出す気分ですね(笑)。わかりました。
右近 次に見どころポイント2は、「名ゼリフが出てくる!」。「知らざぁ言って聞かせやしょう」というセリフは、バイラ読者の方もどこかで聞いたことがあるんじゃないでしょうか。これは弁天小僧のセリフで、彼が身の上を語る場面で登場します。また、それに続く、「浜の真砂と五右衛門が歌に残した盗人の~」という「つらね」(長いセリフ)も有名です。
初めて聞いた方には、その意味はよくわからないと思いますが、この演目の作者は、江戸時代から明治にかけて活躍した河竹黙阿弥という有名な作者で、黙阿弥のセリフは耳に心地よい七五調で書かれたものが多いんですね。だから、「うわ~、ケンケン(右近さんの愛称)、気持ち良さそうに言ってるなぁ!」って思って見ていただければと思います(笑)。
↑「戦隊ものの『ゴレンジャー』は、『白浪五人男』をイメージして作られたと言われています。『4人男』でも『6人男』でなく、『五人男』で芝居を作りたいと言った五代目菊五郎にセンスを感じますね」。確かにね~と部長も共感しきり。
小僧 なるほど。七五調のラップだと思って楽しめばいいですね(笑)。
右近 いいと思います。そして見どころポイント3は、「美しい女装姿から男性へ変身!」ですね。弁天小僧は、登場シーンでは女装をして、お嬢様のフリをして登場しますが、本当は男だとバレると、片肌を脱いで、正体を現します。ここはまさに弁天小僧の見せ場で、ドキッとするような場面なんですが、その切り替わりがめちゃくちゃ難しいんですよ。自主公演でやったときの映像を見返したら、正体が見破られる前に男になっちゃってて、「もうバレてるよ!」って自分で突っ込んじゃいました(笑)。今回はもっとうまくできるように稽古します。
部長 表情、しぐさから声の出し方までガラッと変えるのは、本当にたいへんなことですよね。では、右近さんがいいな、好きだなと思う理想の弁天小僧は誰ですか?
右近 やっぱり(尾上)菊五郎のおじさまの弁天小僧が天下一品で、僕は大好きです。花道をシャリンッて出てきたとき、女装をしているのに、弁天小僧のこれまでの人生が見えるようなんです。お嬢様の姿をしていても全体の雰囲気や、目の奥に宿る凄味みたいなものから、すれっからしの非行少年が、人生をしゃれで生きてやろうと、悪事を企んでいることが見えてくるんですよ。これは今の僕がどうころんでもかなわないところです。
自主公演に続いて、今回も菊五郎のおじさまにご指導いただきますが、いつか僕もおじさまのように、舞台に出てきただけで、雰囲気ですべてをわからせるような役者になりたいですね。
↑「今の歌舞伎座ができたとき、歌舞伎役者が全員集まって音響のテストがあったんです。そのときに、僕は舞台でセリフを言う役に選ばれて、弁天小僧のセリフを言ったんですよ。うれしくて、『よっしゃあ!』って気分でした(笑)。まさか本当に歌舞伎座でできる日がくるなんて、考えてもなかったですね」。まさに運命かも!!
部長 考えてみれば、右近さんは、もともと歌舞伎の家に生まれたわけでなくて、清元という歌舞伎の伴奏音楽のお家元の家に生まれました。でも歌舞伎が大好きになって、尾上菊五郎さんに弟子入りして、今に至るわけですから、それまでの道のりを考えると、弁天小僧を演じることには特別な思いがありますね。
右近 そうですね。僕がまだ9歳くらいの頃、初めて菊五郎のおじさまの楽屋に出入りさせていただくようになったとき、ちょうどおじさまが『弁天小僧』をやっていたんです。それでおじさまが拵えをする姿を見たり、黒衣姿で花道についていったりしていました。毎日、歌舞伎座にひとりで通うのは、本当に心細くて、毎日泣きながら電車に乗っていたけれど、これは歌舞伎役者になるために必要な試練なんだと子ども心に思っていたのを思い出します。
あの頃は、まさか自分が同じ歌舞伎座で弁天小僧ができるなんて思ってもみなかった。「諦めなくて良かったね、研佑(けんすけ=右近さんの本名)くん」って思います。夢を諦めなかった人間の、あるひとつの成就の瞬間を、ぜひみなさん、見届けに来てください。
部長 行きますとも……ずるずる。
小僧 部長、鼻水が……。
部長 いいの、観る前から感動してるのよ。この瞬間を見逃したら、きっと損するわよ。小僧、編集部のみんなを連れて行くわよ!!
↑「弁天小僧は、情熱が通用しない役柄なんです。完全に調子こいてやらないとダメな役なんですよ。だから『気合十分、力抜き抜き』で行きたいと思います」。そういいつつ、情熱をたぎらせる右近さんでした~♪
■胸ポケットのカマキリは、中車さんとの約束でした
小僧 ところで話は全然変わりますが、『日本アカデミー賞新人賞』受賞、おめでとうございます!
右近 ありがとうございます。
部長 テレビで拝見しましたけれど、スーツの胸ポケットからカマキリが出てましたよね(笑)。あれは何だったんでしょうか。
右近 あれは市川中車(香川照之)さんとの約束です。僕は映画の経験が全然なかったから、映画『燃えよ剣』の出演が決まったとき、脚本を持って、中車さんにアドバイスをもらいに行ったんです。そうしたら中車さんが、「僕のアドバイス通りにやれば、アカデミー賞新人賞が取れるよ」って。「えっ、そんなことが?」って聞いたら、「20年かけて培った手の内を明かすから、その通りに現場でやりなさい。そしたら間違いなく取れるから、今から受賞式のスケジュールを明けておきなさい」って。「じゃあ、もし受賞できたら、そのときは僕はカマキリをつけていきます」って、そのときに約束したんですね。そしたら本当に受賞してしまったんです。
↑弁天小僧は女性に化けますが、右近さんが女性になるとしたら誰がいいですか?「オードリー・ヘップバーンですね。大好きなんです。煙管を持った写真とか、本当に素敵で、存在とか、たたずまいが好き。あんなふうに美しく老いていきたいです」。
部長 それはすごい。さすが中車さん!! そしてスピーチで、右近さんが「歌舞伎村、観にきてください!」って、歌舞伎のことをしっかりアピールされていたのが印象的でした。
右近 「僕はこの村の出身です」「この村は楽しいです!」とアピールして、村おこしにひと役かえたらと思いました。僕ね、歌舞伎村が本当に好きなの。大好きなのよ(笑)。歌舞伎村で生きられたら、あとは何も望まないってくらい。この村に遊びに来たら、絶対楽しいです。約束します!! バイラ読者のみなさんもどうぞ歌舞伎村にお越しください!!
小僧 もちろんです!
部長 歌舞伎座、通います!! そして急成長を遂げている右近さんに、みんな注目ですよ~!!
↑「『なるほどね』じゃなくて、『おおっ、すげぇっ!』。感心より、感動。それを歌舞伎を通して誰かに届けることが僕の使命だと思っています。って、これは市川猿翁のおじさまと劇作家の横内謙介さんの対談集『夢みるちから』の受け売りなんですけどね(笑)」。『夢みるちから』、小僧も読んでみます!!
■『團菊祭五月大歌舞伎』
劇場:歌舞伎座
日程:2022年5月2日(月)~27日(金)
【休演】10日(火)、19日(木)
第三部 午後6時15分~
一、
『市原野のだんまり』(いちはらののだんまり)
平井保昌: 中村梅玉
鬼童丸:中村莟玉
袴垂保輔:中村隼人
二、
河竹黙阿弥 作
『弁天娘女男白浪』(べんてんむすめめおのしらなみ)
浜松屋見世先の場
稲瀬川勢揃いの場
弁天小僧菊之助:尾上右近
南郷力丸:坂東巳之助
忠信利平:中村隼人
赤星十三郎:中村米吉
鳶頭清次:中村橋之助
浜松屋倅宗之助: 中村福之助
丁稚長松: 坂東亀三郎
番頭与九郎: 市村橘太郎
日本駄右衛門:坂東彦三郎
浜松屋幸兵衛:中村東蔵
撮影/露木聡子
取材・構成/バイラ歌舞伎部
まんぼう部長……ある日突然、歌舞伎沼に落ちたバイラ歌舞伎部部長。遅咲きゆえ猛スピードで沸点に達し、熱量高く歌舞伎を語る。
ばったり小僧……歌舞伎歴2年。やる気はあるが知識は乏しい新入部員。若いイケメン俳優だけでなく、オーバー40歳の熟年俳優も大好き。