書評家・ライターの江南亜美子が、バイラ世代におすすめの最新本をピックアップ! 今回は、女性たちをそれぞれのやり方で強くエンパワーメントする小説2冊、石田夏穂の『我が友、スミス』とヴァージニア・ウルフの『青と緑 ヴァージニア・ウルフ短篇集』をお届けします。
江南亜美子
文学の力を信じている書評家・ライター。新人発掘にも積極的。共著に『世界の8大文学賞』。
「火曜日は脚の日だ」との印象的な一文で始まるのが、本書だ。ジムで体重とほぼ同じ50㎏のバーベルを担ぎスクワットをする女性が登場し、ストイックに筋トレを続ける。目的はボディ・ビル大会の出場。ほかのスポーツのためではなく、筋トレのための筋トレに励むのだ。
マニアックなトレーニング方法の描写も面白いが、読みどころは大会準備のプロセスだろう。筋肉だけでなく、肌の質感やピアスなどの装飾、水着の色まで、ベストの答えを導き出そうとする。「自分の身体を美しいと感じ、そして、好きだと感じたのは、ほとんど初めてだった」。ポージングの反復練習は当然で、なかにはよき人間性のアピールのためのSNS運用まで準備する人も。
一方外野はうるさい。会社の同僚には「女性は大変ですね」と方向違いの慰めを言われ、母親からは「あんなに鍛えちゃ変じゃない」と心ない言葉が。強くありたいだけなのにルッキズムから逃れられない女性ビルダーの悲哀があふれるのだ。
世間の価値観の押しつけから、いかに身をよじるか。テンポよくユーモアを交えて進むこの物語は、私たちにメッセージを投げかける。自分の体の所有者は自分であれ、と。
『我が友、スミス』
石田夏穂著
集英社 1540円
「そう。私は燃えていた」闘う相手は、自分と世間
漫然と通うジムでボディ・ビル大会への誘いを受け、本気に。きつい筋トレに加えて、食生活も変え、脱毛も。女性が体を鍛えるプロセスと思考を赤裸々に描く、すばる文学賞佳作のデビュー作。
これも気になる!
『青と緑 ヴァージニア・ウルフ短篇集』
ヴァージニア・ウルフ著 西崎憲編訳
亜紀書房 1980円
「崇拝するに足る世界よ」今、再評価される作家の一人
20世紀の英国モダニズム文学を代表する著者の初邦訳作も含めた短編集。知人が死んだと勘違いした女性の意識の流れから、壁のしみをめぐるゴーストストーリーまで、愛玩具のように楽しめる一冊。
イラスト/ユリコフ・カワヒロ ※BAILA2022年4.5合併号掲載