“異色の経歴”とうたわれる作家・新川帆立さんにインタビュー。話題作を次々生み出すヒットメーカーは論理的に人生を見通し、共感的に時代を見据えていました。友達のような同世代作家の人生&仕事論とは?
理由のある一手を打ちたい。次へ進むためにも、やり直すためにも
私にとっての最大の悩みは女性であることだった
子どもの頃から根っからの活字好きで、作家になる夢を抱いたのは高校生のとき。デビュー作『元彼の遺言状』でいきなり『このミステリーがすごい!』の大賞を受賞し、2022年にはドラマ化もされ大きな話題を呼んだ。
「専業作家である以上、ビジネスとして一人前に生活費を稼ぐことは目標にしています。ただ『読者はこれが好きだろう』と書いたところで、結局、底の浅さは見透かされてしまう。本当に好きなものを書くことが、ほかの人にも関心のある内容になると信じています」
プロになっていちばん驚いたのは、好きで書いた小説が、誰かの役に立つことを知ったとき。目の病気を患った読者からは、「新川さんの小説の続きを読むためにリハビリを頑張った」と、涙ながらに伝えられたことも。
「読者さんの手に届くものだから、誰かを傷つけてしまう表現はないか、そういう配慮はプロになって、よりいっそうするようになりました。私は100年後に自分の作品が残るかよりも、断然、同じ時代を一緒に生きる人たちが、読むに値するものを書きたいんです」
東大を卒業し、24歳のときに司法試験に合格。司法修習中に麻雀プロテストに主席で合格し、1年間プロ雀士として活動した異色の経歴の持ち主でもある。圧倒的男性社会を歩んできた彼女が書いた小説は、生きづらさを抱える多くの女性たちを勇気づけている。
「私にとっての最大の悩みは、子どもの頃から“女性であること”でした。男性だったら好意的に受け取られる学歴、資格や職業、囲碁や麻雀のような趣味の要素も、女性として生きていくと足かせになることがある。構造的に弱い立場に置かれることがまだまだ多いので、貧乏くじを引いたなと思ってしまう場面もありました。小説を書いていくと、自然とそういった自分の悩みが出ちゃうのかもしれませんね」
ただし「作家の人生、捨てどころなし」とも。どんなにつらい挫折も、どんなにショッキングな出来事も、小説を書く上では大きな武器に。「自分の悩みすらネタにしちゃおうと思う」と明るく笑う。
「出版業界のいいところは女性が多いこと。仲のいい先輩の作家さんたちにいつもグチを聞いてもらっているし、私が過去に経験したことをエッセイで公開したら、下の世代の作家さんから『自分は悪くないと思えた』と連絡をもらったこともありました。女性同士はいがみ合うみたいなことを言われるけど、全然そんなことはない。いつだって先輩や同期に助けられてきたし、私自身も、若い女性が歩きやすい道をつくっていきたいと思っています。女性に生まれたことで、弱い立場に置かれた人へのシンパシーが自然と身についたし、人間として少しはマシな性格になれたんじゃないかと思います」
夢に近づくために戦略的に歩んできた
新川帆立という印象的なペンネームは、かつてデビュー前に住んでいた地名から、そして本名に帆立の“帆”の字がついていたことが由来。名前を一発で覚えてもらうために、戦略的につけたという。そもそも、司法試験を受けて弁護士になったのも、「作家を志す上で収入に困らない専門職に就いておく」という、戦略的なものだった。
「1週間先の予定は全然立てられないタイプですが、本当に好きなことと絶対にやりたくないことがはっきりしているから、長期目標は立てられるんです。私にとっていちばんやりたくないことは、作家になる夢をあきらめることでした。その原因としてリアルに多いのは経済的な理由だと思ったので、まずは経済基盤を整えるために弁護士になったんです。やりたくないことから逆算して考えてみると、生産的なアイディアが出ることが多い気がしています」
たとえ道を間違っても迷わずに軌道修正できる
とはいえ、弁護士をしながら小説を書くという当初のプランは、残業が月150時間を超える激務で体調をくずしたことから、変更を余儀なくされる。
「作家になるために弁護士になったところがあるので、ハードな仕事を乗り越える熱意とか覚悟が足りていなかったんだと思います。ただ、体調をくずしてあらためて『私は小説を書きたかったんだ』という思いを強くできたことは、とても意味があったと思っています」
想定していなかった進路変更があっても、立ち止まらずに夢へと邁進できたのは、弁護士になる選択が作家になるための「理由のある一手」だったから。「麻雀をしていると、いかに正しい手を打ったとしても、運の要素があるので理不尽なことが起きるんです。思いどおりにならない運・不運や理不尽に一喜一憂していると負けてしまう。でも、なぜその選択をしたのかをはっきりさせて、信じられる理由のある一手を淡々と打っていれば、たとえ間違っても迷わず軌道修正できるんです」
それは、小説を書くときも同じ。
「作家には本の売上とかランキングとか、いろんな評価要素があるんですが、どうしようもできない外部事情も関係していたりするものなんです。だからそのたびに喜んだり、世を恨んだりしても仕方がなくて(笑)。本の売上が悪くても、誰かに厳しい評価をされても、あまり気にしないほうが精神的にいい。自分が本当に楽しいと思えるものを淡々と書き続けていれば、1〜2年後にちゃんと結果を残せていることもありますから。そのことを、勝負の世界が教えてくれた気がします」
デビューして3年。長期目標が得意な新川さんには、50代になったらしてみたい楽しみなことがある。
「30代は目先の結果にこだわらず、とりあえず修業しようと思っていて。次の40代は、さすがにちょっと成果を出したい。そして50歳を過ぎたら何か冒険をしてみたいんです。南極に行っていたりして! それとも、宇宙で小説を書けるかも!? 新しいことに挑戦する50代ってかっこいいですよね。そのためにも、今は雌伏のとき。小説は書けば書くほどうまくなる“芸事”だと思うので、淡々と、自分のペースで書き続けていきたいと思っています」
HISTORY
24歳 東京大学法科大学院を卒業し司法試験に合格。翌年より法律事務所で弁護士として働く
27歳 体調をくずしたことをきっかけに山村正夫記念小説講座を受講
29歳 『このミステリーがすごい!』大賞に『元彼の遺言状』を応募。第19回の大賞を受賞する
31歳 ’22年4月から『元彼の遺言状』、7月から『競争の番人』と2クール連続でTVドラマ化。’23年1月、初のSF短編集を上梓
『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』
(集英社 1815円)
作家
新川帆立さん
しんかわ ほたて●1991年2月生まれ。テキサスで生まれ、宮崎県を経て茨城県育ち。現在はイギリス在住。1月に上梓した新刊『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』(集英社)はSFに初挑戦した意欲作。小説を書く上で、自分の興味と世の中の興味のすり合わせを意識的にしているそう。「音楽や映画、漫画やニュースなど、日本の流行や話題のものはひととおりチェックします。20代の頃は流行の中心にいたから意識せずにいられたけど、30代になったら、時代とずれているんじゃないかという不安が大きくて。同世代の女性の今の気分を知るために、雑誌は表紙から裏表紙まで読んでいます。“スタイリスト私物”というクレジットまで、もれなく」
撮影/神戸健太郎 ヘア&メイク/AYA〈TRIVAL〉 取材・原文/松山 梢 ※BAILA2023年4月号掲載