ハラスメントやジェンダーロールの問題など、今まで見過ごされていたものに声を上げられるようになった現在。主張が苦手な私たちはこのままでいいの?身近なことから社会問題まで、自分らしい“声の上げ方”を実践しているバイラ世代の野村由芽さん、長田杏奈さんに話をしていただきました。
“争いたくない”気持ちのままで大丈夫。小さな声の上げ方と誰かのためにできること
「Noを言うためにはまず“嫌”の境界線をつくること」長田さん
「自分に合った声の上げ方を。互いを尊重するのが大事」野村さん
自分の“嫌”を優先していい?
長田 以前、ハラスメントについて野村さんと話したときに、「自分がどう感じたかで決めていい」という話をしたよね。私が傷ついたとか、私はそのせいで仕事に行きたくなくなったとか。自分が嫌と感じたら、それは“嫌”でいい。
野村 「嫌だったけど、私のせいかもしれない」って考えてしまう人は少なくないですよね。でもまず「自分の嫌な気持ちを大事にしていい」と知ることが大切。気持ちも少し楽になると思います。
長田 自分の“嫌”を後回しにしちゃう人は、
野村 今は自分の嫌も大切にできるようになったけど、私も昔は「私は大丈夫です!」根性を発揮してたなぁ(笑)。
長田 相手は嫌じゃないかな?って相手の気持を大切にできるのって、実は今見直されてるケアの才能でもあるんだよね。でも、
小さくても声を上げる方法は?
野村 小さくてもいいから声を上げるって、どうすればいいんでしょう。
長田 まず、境界線を自分で決めることかな。ここまでは譲るけど、ここからは絶対嫌だっていう、ラインを作れば、自分の“嫌”を優先しやすいと思う。
野村 最初から全力で“嫌”を主張する前に、「相手がなぜそんなことをするのかわからない」ときは、「なんで?」って理由を聞いてしまうのもひとつの方法ですよね。
長田 そうそう。強く主張する必要はない。たとえば、とんカツを食べたいとしたら「とんカツはどう?」と聞いてみるくらいでもいい。「とんカツでなければ許さぬ!」ではなく、「こうなったら嬉しいな」を言う練習から始めてもいいと思う。
野村 「いや、ステーキじゃないと許さぬ!」と言われたら「なんで?」の出番。もしかしたら、その人は牛肉を食べないと体調が悪くなってしまう……みたいな事情があるのかもしれないし。
長田 まず、そこに悪意があるか。あるならビシッと言うことも必要かも。
野村 悪意のない身近な相手の場合は相手の話もしっかり聞いて、自分の意見も言うのがいいと思う。長期的な目で見て“この人ともっとわかり合えればいいな”という相手なのであれば、
誰かの声の上げ方に違和感を感じたら?
長田 意見は同じでも、声の上げ方は個人差があるよね。
野村
「誰もが声を上げられる状況にいるわけじゃない」長田さん
どうしても勇気が出ないのはダメ?
長田 最近「声を上げろ!」という圧に感じてしまう人もいますよね。「傍観者は加害者と同じ?」みたいな。もちろんそんなことはなくて、トラウマの真っ最中の人は息をするのがやっとだったりもする。
野村 勇気が出なくて声が上げられないことは責められることではないですよね。
長田 声を上げるってやっぱりエネルギーがいるんですよ。私は当事者ではない問題に声を上げることもあるけど、自分に余力がないとできないから。でもだからこそ、
野村 “誰かのやり方に違和感を感じたとき”と同じですよね。
声を上げる人のためにできることは?
長田 たとえば、セクハラで声を上げている人が新入社員のような弱い立場の人だとしたら、当事者ではないフラットな関係性の人の声が、大きな力になることも多いんです。同僚に「あれセクハラじゃない?」って言うとか、小さくでもサポートしてあげると心強いと思う。
野村 その人を一人にしないことも大切ですよね。臨床心理士の方に教わったのですが、組織に所属しているとき、いちばんストレスがかかるのは一人で問題を抱えること。表立って一緒に戦うことができないとしても、
長田 自分ができることとできないことを把握しておくのも大事かも。“この話題だったら大きい石を投げることもできる”とか、“これは聞くことしかできない”とか。
野村 フルパワーでコミットできないことで必要以上に自分を責めなくていいんです。私たちはいつも何でもできるわけではない。
「声を上げている人のそばにいるだけでも協力になる」野村さん
争わずに世の中を変えることはできる?
野村 独立したme and youでも、どのように声を上げていくのかについて考え続けています。相手を責めることは本質的でないという実感があるんです。単純な対立構造のように見せかけて、社会システムに問題があることがほとんどだから。
長田 野村さんは、まず問いを立てているイメージがある。
野村 答えはたくさんあると考えているから、問うんだと思います。
長田 開示しなくてもいいから、自分の視点を持っておく。声を上げる前の土台を耕す、というのかな。本を読んだりして知識を蓄えておくのもそのひとつ。
野村 私とあなたという小さな主語で語り合うことで見えてきた発見から、考えを広げていけたら素敵ですよね。
「声を上げる」のファーストステップ【知る】ための推薦図書
お二人が「自分の見解を持つ」ことの参考になったという本はこちら。知ることが、変える一歩に。
野村さん推薦の4冊
『海をあげる』
上間陽子著
筑摩書房 1760円
本屋大賞2021 ノンフィクション本大賞ノミネート。若年出産のシングルマザーのためのシェルターをつくった方の本。「言葉を失ってしまうような出来事のあとの日々で、嫌なことへの自分だけの感じ方が綴られている」
『新版 いっぱしの女』
氷室冴子著
筑摩書房 770円
「女性として生きる中での日々の不条理や女同士のすれちがい。軽快で新しい提案があって、文章が小気味よくて、すごく面白かった!」。人気小説家・氷室冴子さんが1995年に出版した人気エッセイが今年復刊。
『それを、真の名で呼ぶならば: 危機の時代と言葉の力』
レベッカ・ソルニット著 渡辺由佳里訳
岩波書店 2420円
「蛮行や腐敗に真の名前をつけていくという主旨が、“解放を目指して声を上げる”というテーマにぴったりです。勇気をもらえる一冊!」。女性蔑視、民族・人種差別などを取り扱ったアメリカのエッセイ。
『まとまらない言葉を生きる』
荒井裕樹著
柏書房 1980円
被抑圧者の自己表現をテーマに研究を続ける文学者・荒井裕樹さんが生きづらい人に向けて書いたエッセイ集。「しんどい言葉が増えている状況で書かれた、言葉をあきらめないための本。“刻まれたおでん”の話が印象的」
長田さん推薦の4冊
『環状島=トラウマの地政学』
宮地尚子著
みすず書房 3520円
“環状島”をモデルに、〈内海〉〈外海〉〈斜面〉〈尾根〉などを駆使してトラウマの全体像やあるべき方向性を解説。「専門書だけど、声を上げられる人、上げられない人がいる構造を図で理解できるのが画期的!」
『世界の半分、女子アクティビストになる』
ケイリン・リッチ著 寺西のぶ子訳
晶文社 1870円
何かを変えたい女子のための本。運動の始め方やオンライン署名の集め方など、変化を起こす方法を紹介。「ティーンが読める本なので、とっかかりにも◎。自分ができることを探したい人におすすめです」
『「ほとんどない」ことにされている 側から見た社会の話を。』
小川たまか著
タバブックス 1760円
「性暴力についての取材を長年行ってきた小川たまかさん。行動や信念は“強い”のに、言葉の使い方が繊細で、素敵だなと思います」。2016〜2018年に起きた、性犯罪やジェンダー炎上案件などの発信記録。
『つらいと言えない人がマインドフルネスとスキーマ療法をやってみた。』
伊藤絵美著
医学書院 1980円
「ハラスメントされる人だけでなく、する人も実例として出てくるので、両方の視点から理解が深まります」。“オレ様”な男性と、人に尽くしてしまう女性がマインドフルネスとスキーマ療法をやってみると?
1986年生まれ。2017年に自分らしく生きる女性を祝福するライフ&カルチャーコミュニティ「She is」を竹中万季さんと立ち上げ。現在は個人の対話を出発点に、想像や語りを広げるための拠点「me and you」を竹中さんとともに運営。Podcast&J-WAVEでラジオ「わたしたちのスリープオーバー」配信中。Twitter→@ymue
1977年生まれ。ライター。BAILAをはじめ、美容を中心に様々なメディアで活躍。性暴力や女性議員数などの社会問題に対して等身大の発信を続けている。著書に『美容は自尊心の筋トレ』(Pヴァイン)。ニュースレター「なんかなんか通信」やPodcast「なんかなんかコスメ」配信中。Twitter→@osadanna
撮影/花盛友里 取材・原文/東 美希 ※BAILA2021年12月号掲載