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【桐野夏生×村田沙耶香 対談】結婚、出産、仕事…。生きづらさを抱える現代の女性たちへ

デビュー以来、女性たちの困窮と憤怒をとらえ続け、現代社会の問題を浮き彫りにしてきた作家・桐野夏生さん。逆転する常識やボーダーレスな価値観の中で強烈な葛藤を描き出す作家・村田沙耶香さん。桐野さんの新刊『燕は戻ってこない』をテーマに、お二人が語る女性の生きにくさとは?

【桐野夏生×村田沙耶香対談】

『燕は戻ってこない』に見る、 女性たちの生き方とは

日本の社会に蔓延する無意識の圧力に苦しむ女性たち。 不条理な社会を生き抜くために必要なものとは──。

貧困国の女性に代理母を頼む海外セレブ。格差が広がる日本でもいずれそれは現実に

桐野 村田さんとは、お目にかかるのは今日が初めてですが、以前、『抱く女』という私の小説の文庫版に解説を書いていただいたことがありました。この小説は1972年を舞台に、ウーマンリブの風の中で、女子大生が生きづらさを抱えながら生きていく小説で、私の青春時代の話なんですけれど、村田さんが解説で、今を生きる女性たちにも通じるというようなことを書いてくださって。日本の女性の普遍的な悩みを受け止めてくださったんだなと大変嬉しく思いました。よい解説をありがとうございました。

村田 こちらこそ、いい機会をありがとうございました。『抱く女』は、時代は違っても自分に近しいこととして、すごく感情移入して読んでしまいました。特に「消耗する」という言葉が心に残っています。自分の中で今まで言語化できなかった様々なことを想起させる言葉で、今も「あ、また今日も消耗する……」と思うときがあります。

桐野 あれは’70年代の流行語だったんです。50年たっても同じような痛みを村田さんが抱えていると思うとつらいですね。

村田 桐野さんの新刊『燕は戻ってこない』もまた「代理母」という生殖医療を通して、貧困やジェンダーの問題など、現代の女性の痛みをリアルに描いています。色々なことが胸に迫ってきて、一気に読んでしまいました。なぜこのようなテーマを扱おうと思われたのですか。

桐野 今、生殖医療がすごく進んでいるという話は、以前から耳にしていました。日本では規制されていますけれど、海外のセレブなどは代理母に出産をお願いしていますよね。じゃあ、誰が代理母になるのだろうと考えたら、やはりそれは貧しい国の女性なんですね。

村田 ウクライナもそのひとつですね。

桐野 そうですね。今、戦争のせいで、代理母から生まれた赤ちゃんを引き取れなくて問題になっているそうです。日本でも近年、所得格差が広がっていますよね。若い女性の約3人に一人が年収200万円以下と聞いたとき、早晩、日本でも代理母になる女性が出てくるんじゃないだろうかと。あるいは秘密裏にすでにそういうことが行われているかもしれないと思ったんです。主人公リキは29歳で、非正規雇用で貧困を極めていて結婚どころじゃないけれど、出産への無言の圧力を外側からも自分の内側からも感じながら生きている。そういう人が代理母や卵子提供を求められたら、どういう心境になるのかなと思って書いてみました。

村田 私はこの本を読んで、あらためて自分が産む性であることを意識させられました。誰かに子宮を買われて産む機械のように扱われるのは、どんな気持ちなんだろうと考えたり。また私は今42歳で、代理母を頼む悠子さんの年齢に近いので、不妊に悩む女性の気持ちを想像したりしました。悠子さんの夫の基が、自分の精子が活発に動く映像に見入る場面も印象に残っています。もし自分が男性で『孕ませる』という側だったら、どう考えるだろうとか。誰の視点からも考えさせられるお話で、本当に面白かったです。

桐野 生殖医療が進んだことで、女性が産む性であることが、今まで以上に切迫感をもつ時代になったと思うんですね。選択肢が増えたがゆえに女性の悩みはより深くなるし、しかもそれが全部女性の側に担わされていることに問題があるんじゃないかと思いますね。

村田 本当にそうですね。私も三十代の頃テレビで放映された卵子の老化の特集を見て、自分は産みたいのか、産みたくないのか以前に、いきなり「卵子は凍結するべきか」という問題を突きつけられて、茫然としたときのことを思い出しました。ただ、この本は、性というものをまったく違う視点で見ている悠子の友人のりりこなど、自由で、たくましい女性の視点もあって救いにもなりました。ラストも子どもたちがどう成長していくのか、先の物語を想像させるような希望あるエンディングでした。

同じ意見の人とばかり群れるSNSでは、自分の常識を疑う気づきが得られない

村田 小説には、代理母ではなくて、養子ではダメなのかという問いも出てきますけれど、基は、自分の遺伝子を継ぐ子どもにこだわりますよね。でも、そこには女性の存在がすっぽり抜け落ちているような気がしていて……。私が育った長野の田舎では、「名字を残す」というような風潮がまだ残っていて、お盆で親戚が集まると、父が兄によく言ってたんです。「村田の名を継ぐのはおまえだ」「おまえの子どもが名を継ぐんだ」って。それで私がふざけて「私が村田っていう人と結婚するよ」と言ったら、「その村田は違う村田だから」と言われて、ちょっと怖かったんですね。 

桐野 怖いですね。はなから女性の遺伝子は問題にされてない。そういう家父長制的な考えがいまだに日本の根底にあると思います。代理母というやり方がいやらしいのは、そういう社会の無意識の中に成立するビジネスだからなんですね。この本でも、「これは本当にビジネスなんだろうか」という問いかけがありますけれど、ビジネスのかたちをした搾取なんじゃないかと私は思うんです。だから気をつけないと、女性は利用されるだけになってしまう。  

それも「自己責任でしょ」っていう人がいますけれど、違います。脈々と続く男性優位の社会構造やシステムのせいで、女性は貧困に陥っているのであって自己責任ではないと思う。そういう問題の本質をあぶり出したり、無意識の正体みたいなものを描いたりできるのが小説のすごさだと思うんですね。そういう意味で、村田さんの小説は、無意識の悪意みたいなものがうまく出ていますよね。

村田 ありがとうございます。無意識、無自覚って、本当に怖いと思っていて、それは私自身が与えられた特権に気づかないでいたからなんです。昔、コンビニでアルバイトをしていたとき、人種差別的なことを言ってきたお客さんがいたんですけれど、私の名札を見て、「あ、日本人か」「学生? 頑張ってね」と態度を変えたんです。そのとき、すごく自分を恥じました。外国人の同僚たちがそんなひどい目に遭っていると気づかない特権の中に私はいたんです。だから特権って、気づくことが本当に難しい。逆に女性が感じている不公平感みたいなものに自分が男性だったら気がつくことができるのか、すごく考えますし、物語の力を借りれば、自分が男性であってもそれができるんじゃないかっていう希望を持っています。

桐野 自分を「恥じる」感覚ってとても大切ですよね。相対化してものを見る視点を獲得することでもあるので、そういう瞬間があればあるほどいいと思うんですけれど、今、それがわかりにくくなっていますよね。ネット社会って、同じような人と意見交換して群れるところがあるので、自分と違う意見や環境の人と出会いにくいから、気づきが得られないんですね。村田さんの小説『コンビニ人間』の中に、常識に守られている人は、そこから外れた人を罰するのが趣味なんだ、というような一節がありますけれど、本当にそうだなと思って。自分の常識や正義を疑うことを知らない人の怖さをこれからも小説に書いていきたいですね。

『燕は戻ってこない』 桐野夏生著 集英社 2090円

『燕は戻ってこない』 
桐野夏生著 
集英社 2090円
非正規雇用、29歳、独身のリキ。「いい副収入になる」と同僚に卵子提供をすすめられ、迷いながらも訪れたクリニックで、「代理母出産」を持ちかけられる。依頼主は裕福な草桶夫妻。まとまったお金欲しさに、リキは子宮を提供する決意をする。生殖医療の最先端を通して社会のゆがみを描いた予言的ディストピア小説。

“女性を苦しめる社会の無意識。その正体をあぶり出すような小説をこれからも書いていきたいです”
──桐野さん

桐野夏生

桐野夏生


きりの なつお●1951年石川県生まれ。1999年『柔らかな頬』で直木賞を受賞。『OUT』『グロテスク』『砂に埋もれる犬』など話題作多数。2021年、女性として初めての日本ペンクラブ会長に就任。

“女性の痛みをリアルに描いた『燕は戻ってこない』。 あらためて自分が「産む性」であることを意識しました。”
──村田さん

村田沙耶香

村田沙耶香


むらた さやか●1979年千葉県生まれ。2016年『コンビニ人間』で芥川賞を受賞。『授乳』『ギンイロノウタ』『しろいろの街の、その骨の体温の』『殺人出産』『消滅世界』などの作品で独自の世界観を描く。

撮影/中村和孝 ヘア&メイク/佐藤エイコ〈ilumini.〉 取材・原文/佐藤裕美 ※BAILA2022年8月号掲載

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