「落ちるの一秒、ハマると一生」と言われる歌舞伎沼。その深淵をのぞき、沼への入り方を指南するこの連載。今月ご紹介するのは、6月歌舞伎座の『信康』で、主役の信康を演じる市川染五郎さん。NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』にも出演して、その美青年ぶりが話題になりました。そんな歌舞伎界のニュースターが歌舞伎座で初主演。しかも祖父の松本白鸚さんと親子役を演じるということでも注目が集まっています。そこで合同取材会のあとに、バイラ歌舞伎部が染五郎さんに突撃インタビュー! 作品への熱い思いを聞きました。
↑今回『信康』の演出を手がけているのは齋藤雅文氏。「映画『反逆児』に出てくる信康は、性格が激しくて乱暴者という感じでしたが、今回は齋藤さんと一緒にそれとは違う新しい信康を作っていきたいです」
■祖父のように魂を削る表現ができるように頑張りたい
まんぼう部長 染五郎さん、取材会、お疲れ様でした!! とってもいい会見でしたね。普段は寡黙な染五郎さんなのに立派に受け答えされていて素晴らしいと思いました。
染五郎 本当ですか? いや、全然です。取材会にひとりで出たのは、今日が初めてだったので、すごく緊張しました。記者の方は5~6人くらいだと思っていたのですが、会場の入り口まで来たら大勢いらっしゃっていて、ますます緊張しました。
ばったり小僧 6月歌舞伎座で上演される『信康』では、歌舞伎座で初めての主演ということで、本当にすごいですね。おめでとうございます。
↑スーツ姿も素敵だけれど、お着物の染五郎さんは、より凛々しくて、立ち姿もかっこいい。どっちもサラッと着こなしちゃう歌舞伎男子って、やっぱりすごいです!!
染五郎 ありがとうございます。ここまでガッツリとセリフ劇をやるのは久しぶりですし、初の主演ということで、プレッシャーもありますけれど、お客様に良いものをお見せできるように全力で勤めたいと思います。
部長 信康は徳川家康の長男で、知的で戦に長けていて、その利発さゆえに、織田信長から警戒されて切腹を命じられます。父の家康は、息子をなんとか助けようとするけれど、信康は、徳川家のために命を差し出すという、まさに悲劇の人です。どんなふうに演じようと思っていますか。
染五郎 取材会でもお話した通り、前半では、信康の明るく若々しいところをしっかり見せて、そのあとの悲劇とのギャップがつけられたらと思います。21歳の若さで亡くなりますけれど、憐れな人、みじめな人ではなく、最後まで自分の意志を貫いた強い人だと思っていただけるように演じたいと思います。
↑歌舞伎座ロビーの看板には、すでに6月の演目が並び(取材時)、染五郎さんの名前も! 小僧のテンションも爆上がりです。
小僧 意思が強い信康と、染五郎さんと似たところがありそうですね。
染五郎 いえ、だいぶ違いますね。まず信康は僕と違って頭がいい(笑)。それに信康は決断力があるけれど、僕は何ごとも迷って、悩んで、なかなか決められないタイプ。この舞台のお話をいただいたときも「自分にできるかな」って迷いましたし、6月の舞台が終わってからもきっと「自分はちゃんとできたのかな」って悩んでると思います。
部長 初日は緊張しそうですか。
染五郎 そうですね。僕は舞台に限らず、人前に出るのが苦手なので……。 舞台に出るのが花道からなんですけれど、揚幕が開いて、出る瞬間の一歩が想像できないですね。
↑5月には岡崎城(愛知県)や二俣城跡(静岡県)など信康ゆかりの地を巡り、清瀧寺の信康の墓にも手をあわせたそう。「自分とあまり変わらない年齢の若者が、これだけの覚悟を持って生きていた時代があったんだと感じました」
小僧 きっとすごい拍手で盛り上がると思いますよ!! 特別な瞬間になるといいですね。家康を勤める祖父の松本白鸚さんは、何かおっしゃってましたか。
染五郎 どこまで本気かわからないですけれど、『自分のことで精一杯だから、あまり頼らないでね』と言われました(笑)。祖父は、舞台でも映像でも、魂を削るような表現をしていて、そういうところを尊敬しています。僕も祖父のように魂を削る表現ができるように頑張りたいです。
↑『信康』では、花道から登場するという染五郎さん。舞台にかける強い決意が、その凛とした表情にも表れています。これは見逃せませんよ~☆彡
■最近は、沢田研二さんや山口百恵さんにハマっています
部長 悲劇の人といえば、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で演じた源義高もとっても素敵でした!! 本格的なドラマ出演は初めてだったと思いますけれど、現場はどうでしたか。
染五郎 舞台とは全然空気感が違っていました。空間も狭いし、スタッフも共演者の方々もほとんどが初めてお会いする方だったので、慣れるのに時間がかかったというか……結局、慣れないまま、終わってしまいました(笑)。
小僧 SNSでは、染五郎さんについて、「美しい!!」「美青年!!」と盛り上がっていましたけれど、「美しい」と言われることについてはどう受け止めていますか。
↑お父さま譲りの長い睫毛に目が釘付け。まばたきにするたびに、ファサッファサッと音が聞こえてくるよう。マッチ棒、何本載せるか実験してみましょうか……とノドまで出かかって、飲み込む小僧だった。
染五郎 いや、もう本当に不思議というか、どこが美しいんだろうかと(笑)。もちろんそう言っていただくのは有難いんですけれど、自分ではまっっったく美しいと思ったことがないので信じられないというか。「うれしい」という言葉は、自分がそれを受け入れられないと出てこない言葉だと思うんです。僕はまだ受け入れられないので(笑)、「うれしい」という気持ちにはならないですね。
部長 いやいや、どこから見ても美しいですけれど、相変わらず控え目で、そこがまた素敵です♪ ちなみにシュウ ウエムラのアンバサダーも務められていますけれど、美容にいいこととか、何かしていらっしゃいますか?
染五郎 普段は何もしてないです。ただ、仕事のときは、ちゃんとヘアメイクをしてもらいたいんです。それがイコール、仕事の気持ちへの切り替えになるというか。いつもは髪もセットしないし、洋服も全然かまわないですね。長袖、ワイシャツ。だいたい真っ黒です(笑)。
↑大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では、八嶋(智人)さんとの共演場面も。「またご一緒できて、すごくうれしかったです。撮影の合間も『三谷かぶき』のときのことを話したりして。一緒にいると、やっぱり安心するというか、リラックスできました」
部長 そのへんは以前、取材したときと変わってなくて、ちょっとほっとします(笑)。では、最近、興味があることは何ですか? 仏像から始まって、スター・ウォーズ、欅坂46、マイケル・ジャクソン、ジョーカーと、いつも何かに夢中になっている染五郎さんですが、最近のマイブームは?
染五郎 マイケルは相変わらずですけど、最近は、沢田研二さんとか、百恵ちゃん……山口百恵さんとか。ジュリーは、歌もすごく上手な方ですけれど、やっぱりビジュアルがすごいと思って。マイケル同様、ビジュアルのかっこよさにも惹かれます。
↑三谷幸喜作品に出るのは、令和元年に歌舞伎座で上演した『三谷かぶき』以来。「三谷作品の好きなところは、キャラクターひとりひとりを大切に描いていらっしゃるところです。義高もこれまではそれほどフォーカスされてこなかった人物ですけれど、ここまで魅力的に描いてくださって感謝しています」
小僧 なるほど、美しい者同士、惹かれあうものがあるんでしょうねぇ。ではでは、最後にもう一度、『信康』への意気込みをお願いします!!
染五郎 演出の齋藤雅文さんの手で、登場人物たちの感情がよりストレートに伝わる台本になったと思います。歌舞伎を観たことがない人にもわかりやすい作品になったと思いますので、10代、20代の若い世代のお客様にもご来場いただきたいと思っています。
部長 これは行くっきゃないわね。大河ドラマを観て、染五郎さんに興味を持った人、生染五郎を観に歌舞伎座へレッツゴー!!
小僧 将来、「私は市川染五郎の初主演舞台を観たのよねぇ、えっへん」って、人に自慢できますよ~♪
↑撮影の合間、時折、見せてくれる笑顔には、まだ幼さが残っていて、ぬいぐるみのボン吉をいつもカバンに入れて持ち歩いていた頃の染五郎さんを思い出す部長。そういえば、ボン吉は今どうしているのだろう……今度、聞いてみなくちゃ。
■『六月大歌舞伎』
劇場:歌舞伎座
日程: 2022年6月2日(木)~27日(月)
【休演】9日(木)、20日(月)
第一部 午前11時~
第二部 午後2時15分~
第三部 午後6時~
第二部
一、「信康」(のぶやす)
岡崎城本丸書院の場、二俣城外の丘の場、二俣城本丸広間の場
作:田中喜三
演出:齋藤雅文
出演
徳川信康:市川染五郎
松平康忠:中村鴈治郎
平岩親吉:中村錦之助
本多重次:市川高麗蔵
大久保忠佐:坂東亀蔵
大久保忠泰:大谷廣太郎
御台徳姫:中村莟玉
鵜殿又九郎:中村歌之助
奥平信昌:嵐橘三郎
大久保忠教:澤村宗之助
酒井忠次:松本錦吾
天方山城守:大谷桂三
大久保忠世:大谷友右衛門
築山御前:中村魁春
徳川家康:松本白鸚
取材・構成/バイラ歌舞伎部 撮影/露木聡子
まんぼう部長……ある日突然、歌舞伎沼に落ちたバイラ歌舞伎部部長。遅咲きゆえ猛スピードで沸点に達し、熱量高く歌舞伎を語る。
ばったり小僧……歌舞伎歴2年。やる気はあるが知識は乏しい新入部員。若いイケメン俳優だけでなく、オーバー40歳の熟年俳優も大好き。