書評家・ライターの江南亜美子が、バイラ世代におすすめの最新本をピックアップ! 今回は、心が揺れる瞬間を大事にする人にすすめたい2冊、彩瀬まるの『花に埋もれる』と豪華執筆陣によるエッセイ『何げなくて恋しい記憶』をご紹介します。
江南亜美子
文学の力を信じている書評家・ライター。新人発掘にも積極的。共著に『世界の8大文学賞』。
喜びも苦しさも。心が揺れる瞬間を大事にする人にすすめたい2冊
人間の身体の外側は、はっきりした境界があるようで、案外もろい。温かいものにくっつけばゆるみ、怖いものには総毛立つ。本書はそんな身体感覚を研ぎ澄ませ、現実から浮遊した幻想的イメージを織り交ぜつつ、人々の関係を描き出す短編集だ。
「なめらかなくぼみ」は、衝動買いした黒い一人がけソファのくぼみにすっぽり埋まると安心する萌花の、長い年月をとらえる。ソファにわが物顔で座る恋人、捨てろという婚約者、そっと寝かせてくれる男友達……。何も奪われない時間と人を愛する萌花はきっと自分も奪わない人だろう。
「花に眩む」は、体のいたるところに花を咲かせる人間たちの死生観を通じ、恋をすることの喜びと哀しみがしみ出てくる短編。肌から芽を摘み、好きな相手の湿り気ある草むらに鼻をうずめ、葉をかきわける。親も恋人も自分も、最後に土に還る植物的性質を持つからこそ、主人公のはなは束の間の交流に心を震わせる。「電気を消すと、みしみしと肉を侵食する植物の息吹が聞こえた」
そのほか、身体からこぼれ出た恋情のきれいな石を恋人と埋めあう「ふるえる」など。ぼうっと意識のしびれていく読み味が醍醐味の一冊だ。
『花に埋もれる』
彩瀬まる著
新潮社 1760円
「桃色の石を嚙み砕いた」官能が呼び起こされる物語
いま精力的に物語を生み出し注目される作家の、デビュー作を含む6つの短編を収録。嫉妬、憧れ、独占欲、愛、執着など人間の感情の機微を、繊細な身体感覚と幻想的な世界観で余さず描いた作品集。
これも気になる!
『何げなくて恋しい記憶』
蜂飼耳、三浦しをん、辻村深月、川島小鳥ほか著
暮しの手帖社 2090円
「素敵な日々が待っている」豪華執筆陣によるエッセイ
はっとする赤い爪で現れた女友達。耳の遠い祖母との会話。小学生だった自分を見てくれていた師。日常の中で一瞬きらめくモーメントを作家たちがつづる随筆集。全70人の逸話と語り口を堪能して。
イラスト/ユリコフ・カワヒロ ※BAILA2023年6月号掲載