2021年に発売された吉川さんの著書『わたしが幸せになるまで』の冒頭で、彼女は初めて自分の生い立ちについて語った。オーガニックな生き方を記したエッセイの冒頭にして、あまりにも衝撃的な両親との関係は読者を驚かせたが、吉川さん自身は「次はママのことだけで一冊書きたい」と前を見ていた。
大人が全員嫌いだった。でも大人になって自分も周りの人も受け入れられた
「どうして今のタイミングでママについてのエッセイを書きたいと思ったか、と取材で聞かれることが多いけれど、私にとっては自然なタイミングでした。自分の幸せについて向き合った、前作『わたしが幸せになるまで』を書き終わり、次は母との出来事について向き合いたいと、少しずつ“次”が見えてきたんです」
先日発売された最新刊『Dearママ』で、吉川さんは実母のことを「時々悪魔みたいだった」と表現し、自分との関係性について「心と心が通った記憶は、一度もない」と記している。複雑だった過去の想いを正直に綴りながらも、取材時の吉川さんは「今は、自分のことを幸せだなと思えるようになった」と穏やかな表情で語る。
「幼少期の自分には支えなんてなくて友達もいなかったですし、何より大人が全員嫌いでした。20代のころは与えられた目の前の仕事にいっぱいいっぱい。
30代は、最初の出産をはじめさまざまなことを経験し、今までとは違う人生かのように生活を楽しめるようになったんです。でもまだ少し、周囲と比べて自分はこうするべきだとか、何が普通なんだろう?だとか、自分のことも他人のことも縛っていたように思います。自分の発言ひとつをとっても、あの言葉で正解だったのかと自分で自分にOKを出せなくて苦しい時もありました。
そんな期間を経て、今わかったのは、『普通』なんてないんだってこと。普通の人になりたい、と思い込んできたけれど、自分だけが大多数と異なっている、なんて私自身の決めつけであって、実はみんなそれぞれに違いがあるんですよね」
自分と違う夫のシンプルな考え方が、私には必要だった
考え方や生き方の違いは一人ひとりにある。彼女が一番身近にそれを感じたのが、夫だという。
「色々と考えすぎてしまう私と違って、夫は考え方がすごくシンプルなんです。本の中にも書きましたが、子どもたちに対しても結構ストレートに意見を伝える人だから、『こんなこと言ったら子どもたちが傷つかない?』ってソワソワしていた時期もありました。
それでも、物事をシンプルに考える夫は私にとってすごく必要な存在。行ったり来たり遠回りする私の思考回路に、迷わず近道を提案してくる人だから、『確かに』って納得することが多いんです」
転機となったのは、長女を妊娠したタイミングだった。
「それまでは、芸能界で周囲の責任を感じながら働くことに必死でしたし、その責任を果たすことに使命感をもっていました。でも、妊娠を知ってからは一番の使命が『娘を守ること』に変わったんです。
仕事柄、自分自身について意見を言われることには慣れていましたが、それは娘とは関係ないと自分と家族を切り離して考えられるようになったのも、物事を客観視できるようになった理由のひとつ。今までとは別の視点で物事を見られるようになり、背負わされた責任ではなく自分本来の責任を全うしたいと思えたあの瞬間に過去との『決別』ができたように感じます」
自分の経験や負の連鎖を絶対に繰り返したくなかったから、強い覚悟を持ちました
たとえば愛情、楽しかった経験……自分が与えられなかったものを誰かに与えるのは簡単ではない。それでも吉川さんは今、家族との絆が深まっていくことに幸せを感じるという。
「子どものころ『家族』というワードさえも嫌いだった私が、『家族っていいよね、最高だよね』って思うようになりました。
時には夫に対してムカつくこともありますよ(笑)。結婚生活には努力が必要と聞くけれど、私からしたら結婚は修行!(笑) 喧嘩もたくさんするけれど、それでも言いたいことを言い合えて、軌道修正しながら結局仲直りして……それを繰り返すことで絆が深まっていくってなんだかいいなって」
「大人」も「家族」という言葉も嫌いだった吉川さんが、どうして今のパートナーを信じられたのか、率直な疑問をぶつけると想像もしなかった答えが返ってきた。
「夫はすごく大切な存在ですが、なぜ信じられるか、という点で言うと、夫を信頼したというよりも『自分の決断を信じた』という方が近いです。同時に、新しい家族を持つ時に、自分の経験や負の連鎖を絶対に繰り返したくなかったから強い覚悟を持ちました。
変わる覚悟、自分の手で変えていく覚悟、幸せになる覚悟、捨てる覚悟、認める覚悟、受け入れる覚悟……。
言葉にするときりがないくらい、自分を受け入れるための『覚悟』が私には必要でした。だからこそ過去をなかったことにもしない、という思いも生まれたんです。
私の過去の経験を、新しい家族の間で繰り返したくなかったから、それからは相手が考えていること、私の言葉で家族がどんな思いをするのかをとにかく想像するように心がけています。
自分で自分を信頼し、これで大丈夫だと思える行動をする。少しずつ積み重ねていくことで、好きなものや人にまっすぐ向き合えるようになりました」
「今でもふとしたきっかけですごく苦しくなる時があります。うまくできない自分を責めて嫌になることも。
そんな時は本からヒントをもらったり庭のお手入れをしたり、日常の小さな幸せを見つけながら少しずつ気持ちの余白を広げていくんです」
誰だって、他人に言えない悲しみや苦しみを抱えている。一人で抱えて生きていくのは苦しく、時にはその過去が、現在の自分に付き纏うこともあるだろう。
しかし彼女は自らの経験を「書く」という形で、自分自身と向き合った。
「私の場合は、本を読んだり気持ちを書いたりする時が心地よく、そうした時に新しい自分に出会うことが多いんです。『新しい自分』というのは、自分自身でも分からなかった『本来の自分』なのかな?って。
大人になると、周りに合わせて本来の自分を見失ってしまいがち。自分のことを赤裸々に語ることも少ないじゃないですか。でも、こうやってぶっちゃけトークをしながらみんなで支えあって生きていかなきゃ、こんなに難しい時代どうやって生きてくの!?って私は思います」
吉川さんが残したかったのは“ママ”のこと。それは「過去のことだけど、ずっと頭の中にあるからわたしにとっては今のこと」なのだという。『Dearママ』に記されたことは吉川さんだけの経験だが、“今も頭の中にある過去”を抱える人の気持ちに寄り添ってくれる。
彼女が“一冊の本”に込めた覚悟と優しさは、世界を変える力を持っているはずだ。
『Dearママ』
著者名:吉川ひなの 版元:幻冬舎
撮影/アキタカオリ スタイリスト/宮澤敬子 ヘア/shuco メイク/SADA ITO 取材・文/宮田彩加
ワンピース¥89,100/edit & co. Dress Me スニーカー サンプル/J.M. WESTON(J.M. WESTON 青山店) ネックレス ¥6,000/グレイ(ブランドニュース) ピアス ¥24,090/ripsalis(ロードス) リング ¥38,500/タラッタ(ロードス)
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