話題の映画『八犬伝』で主演を務める役所広司さん。俳優として、物語の世界とリアルな世界の狭間にいるからこそ見えてきた「虚」と「実」の関係性とは?
役者の個性は「実」にある
かつて出会った犬との記憶も作品の「虚」の中に生きる
日本のファンタジー作品の原点ともいわれる江戸時代の小説『南総里見八犬伝』。その作者・滝沢馬琴が葛藤を抱えながらも情熱的に作品を書き続けた28年間を描く映画『八犬伝』。馬琴の生涯を映した「実」のパートに加え、VFXを駆使して『八犬伝』の物語を再現した「虚」のパートが交差する超エンターテインメント作品だ。主人公の馬琴を演じるのは、日本映画界を代表する名優、役所広司さん。
「脚本を読んだとき、虚と実の両方が生き生きと描かれていて面白いなと思ったんですね。僕は曽利文彦監督の『ピンポン』が大好きだったし、VFXは監督が得意とするところなので、ぜひ作品を観たいと思ったんです」
八犬士が派手な活劇を繰り広げる虚のパートに対して、馬琴のシーンは多くが自宅の座敷。動きこそ少ないが、内野聖陽さん演じる親友の葛飾北斎とのやり取りがユーモラスで楽しい。
「頑固な馬琴だけれど、北斎のことは心から信頼して本音で語れる間柄だった。そんな空気感をどうしたら出せるか考えて、『じゃあ、こうしたら?』って、伏せた僕の背中の上で内野くんが絵を描くことになったりして。二人の近い距離感を出すようにしました」
印象的なのが芝居小屋で歌舞伎の戯作者・鶴屋南北と出会う場面。人間の裏の裏まで描きたい南北と、理不尽な世の中だからこそ物語では正義を貫きたい馬琴、どちらも一歩も譲らない。
「南北の言うことも馬琴の気持ちもよくわかります。ただ、俳優として感じるのは、虚の世界は実がないと何もできないということです。役を演じるとき、現実の生活の中にたくさんのヒントがありますから。だから基本になっているのは実。そして実での出来事をどう感じて、どう受け止めるのか。その違いが俳優の個性となって、虚の中で生きるような気がします」
さて、犬がテーマの映画ということで、犬との思い出を伺うと、こんなエピソードをしみじみ語ってくれた。
「子どもの頃、捨て犬を飼ったんですが全然人を寄せつけない犬でね。ケガをしていたけれど充分な手当てができず死んでしまったんです。それが心残りで、大人になって正月に兄弟5人で集まったときにその話をしたら、みんなも気になっていたらしくて、かわいそうなことをしたって。そうしたら次男が『でも最期はコロ(犬の名前))が許してくれた感じだった』って言うんですよ。その言葉に救われた気がしました。」
「そんなことがあったから、もう犬は飼わないつもりだったんだけれど、やっぱり飼いたくて、息子の情操教育のためとか言って柴犬を飼ったんです。これはよく長生きしたんですが、17歳になる2日前に亡くなりました。最後の2カ月くらいは、今度は悔いのないようにつきっきりで介護してね。でも最期の最期は『もういいよ』って旅立っていきました。そう言ったように感じました。立派な死に方でした」
こんな犬との深い絆も、役所さんを本作へと導いたのかもしれない。
「映画の八犬士は、若くてかっこいい俳優さんたちが演じているから、これも見どころですね。実の場面で、僕たちじじいが急に出てきて、早く虚に戻ってほしいと思われちゃうかもしれないけど(笑)、その行ったり来たりのわくわくをぜひ楽しんでください」
映画『八犬伝』
出演:役所広司、内野聖陽ほか
公開:10月25日全国公開
八つの珠を持つ八犬士が、里見家再興のために闘う「南総里見八犬伝」。滝沢馬琴は、強い信念で物語を書き続けるが、やがて視力を失い……。山田風太郎著『八犬伝』をダイナミックに実写映画化。
役所広司
やくしょ こうじ●1956年1月1日、長崎県出身。仲代達矢さん主宰の俳優養成所・無名塾から俳優の道へ。『うなぎ』(1997年)、『EUREKA』(2001年)、『バベル』(2006年)など国際映画祭で賞を獲得した国内外の映画作品に多数出演。「陸王」や「VIVANT」など話題のドラマにも出演。
スーツ(オーダー価格)¥1270500~・シャツ¥187000/ブリオーニ(BRIONI)
撮影/赤尾昌則〈whiteSTOUT〉 ヘア&メイク/勇見勝彦〈THYMON Inc.〉 スタイリスト/安野ともこ 取材・原文/佐藤裕美 撮影協力/AWABEES ※BAILA2024年11月号掲載