市川紗椰さんがアートを紹介する連載。第27回は東京都美術館で開催中の「田中一村展 奄美の光 魂の絵画」を訪問しました。
今月の展覧会は…「田中一村展 奄美の光 魂の絵画」
“圧倒的な作品数と丁寧な解説で、新たに出会う、天才画家の生き生きとした魅力”
色鮮やかで生命力にあふれた鳥、花、草木……モチーフの美しさもさることながら、構図のセンスがずば抜けておしゃれで、気がつけばグッズをたくさん手にしていました(笑)。この画家の名は田中一村(1908-1977年)。幼い頃は“神童”と呼ばれ、東京美術学校に入学後2カ月で中退。同期には東山魁夷ら、その後大家となる人物もいた中で、彼はいわゆるメジャーな画壇とは一線を画して活動を続けました。30代からは千葉で、50代からは奄美大島で絵を描き続ける日々。今回の展覧会では、彼の人生と膨大な作品を「東京時代」「千葉時代」「奄美時代」の3フロアにわたってまるごと追いかけます。
面白く感じたのは、きっちり時系列で作品が展示されていること。絵画だけでなくスケッチや写真にも、製作時の一村の年齢があり、画風の変化もわかりやすい。「同時進行で様々な作品を手がけていたのね」と発見したり、「◯歳でこれを……」と自分や身近な人の年齢に当てはめてみたり。田中一村という情熱的な人物像が生き生きと立ち上がり、一緒に旅をしているような気分になります。一村はかつて、その経歴やイメージが先行し「神童が挫折し、中央を離れ、不遇のまま奄美で亡くなった」「孤高の画家」などと捉えられていました。今回の細やかで濃密な展示をたどると、そのレッテルは丁寧に剥がされていくようです。装飾的な物語を取り払って作品そのものと向き合い、素直に「きれい」と感じられる。それは“生”の作品に出会うアートならでは。お手軽な感動よりもきっと深く心に刺さるはず。
さらに今回は特別編として、一村が約19年間を過ごした奄美大島へも訪れました。絵に描かれた風景に“生”で出会う体験にも特別な感動が。アートをきっかけに始まる旅、おすすめです!
「孤高の画家」のイメージを覆す、彩り豊かで情熱的な作品と生き方に、素直に感動
Ⓒ2024 Hiroshi Niiyama
(右)『不喰芋と蘇鐵』1973年以前 絹本着色 個人蔵
(左)『アダンの海辺』1969年 絹本着色 個人蔵
展覧会のクライマックス、最後に展示された作品は、一村が1974年の手紙で「閻魔大王えの土産品」と記した2つの“畢生の大作”。どちらにも奄美大島の亜熱帯植物と海がダイナミックに描かれている。
Ⓒ2024 Hiroshi Niiyama
紅葉にるりかけす/雀 短冊 1915年 栃木県立美術館
6〜7歳頃に描いたるりかけすの絵の短冊。まさに神童!鳥は生涯にわたり一村が描き続けたモチーフ
Ⓒ2024 Hiroshi Niiyama
『椿図屏風』2曲1双 1931年 千葉市美術館
没後36年たって発見された屏風は、作品が少なく「空白期」と考えられていた一村20代のイメージを覆したもの
Ⓒ2024 Hiroshi Niiyama
(右)四季花譜図(裏面:松図)襖 1958年 個人蔵
(左)四季花譜図(裏面:白梅図)襖 1958年 個人蔵
支援者から奄美への資金援助の意味も込めて依頼された襖絵
Ⓒ2024 Hiroshi Niiyama
草花文角皿(一村絵付) 1955年 個人蔵
着物、団扇、日傘など様々なものに描いた一村。絵付けを施した角皿は、土産品として人に贈った
Ⓒ2024 Hiroshi Niiyama
『草花図天井画』1950年頃 田中一村記念美術館
石川県羽咋郡にある施設「やわらぎの郷」聖徳太子殿の天井画
Ⓒ2024 Hiroshi Niiyama
『初夏の海に赤翡翠』1962年頃 絹本墨画着色 田中一村記念美術館
奄美時代の展示室の壁は深いブルー。描かれた鳥、アカショウビンのグッズはショップにたくさん。全部欲しかった(笑)
Ⓒ2024 Hiroshi Niiyama
『奄美の海に蘇鐵とアダン』1961年1月 絹本墨画着色 田中一村記念美術館
奄美大島で見た美しい自然が画面いっぱいに
トビラの奥で聞いてみた
展示室のトビラの奥で、教えてくれたのは… 東京都美術館 学芸員 山田桂子さん
市川 膨大な作品を年代順に見てゆくと、決して孤独や挫折の人ではなかったのだな、とよくわかりました。幼い頃から晩年まで常に進化の過程にあることがうかがえますね。亡くなる直前の作品にも、新しい変化や挑戦が感じられました。
山田 そうですね、田中一村は生涯一度も筆を折ることはありませんでした。様々なことが起きた69年間の人生ですが、その間、支援もありましたし、世間からまったく離れて暮らすということもなかったのです。この展覧会では、そんな彼の不屈の情熱や息遣いを感じていただけたらと思っています。
市川 一つひとつの絵が違っていて、どんなものに描いても色と構図のセンスがとても素敵。こんなにもたくさんの引き出しがある人なのかと驚きました。
山田 そうですね、大規模な回顧展の開催は2010年以来で、今回は多くの新出資料が展示されているのも見どころです。’13年に発見された「椿図屏風」もそのひとつ。空白期といわれていた20代半ばの一村の画業に、新たな光が当たりました。
市川 おお、今回の展覧会をきっかけに、さらに新発見が出てくるかもしれませんね。美術史が今まさにでき上がりつつあるという感じがしてワクワクしました。
山田 おっしゃるとおりです。こうして現在残されている一村作品の全体像を皆さんにお披露目することで、この先の研究が深まる土台が整ったように思います。
市川 将来、新しい一村展が開催されたとき、再会するのも楽しみになりますね。
訪れたのは…田中一村展 奄美の光 魂の絵画
奄美に渡る直前、九州でスケッチをしているときの一村の肖像写真がお出迎え
【展覧会DATA】 田中一村展 奄美の光 魂の絵画
〜12/1
東京都美術館
東京都台東区上野公園8の36
9時30分〜17時30分(金曜〜20時・入室は閉室の30分前まで)
休館日/月曜(11/4は開室)・11/5
入館料/一般当日 ¥2000ほか
https://isson2024.exhn.jp
ファッションモデル
市川紗椰
2月14日生まれ。ファッションモデルとしてのみならず、ラジオ、テレビ、広告などで幅広く活躍中。鉄道、相撲をはじめとした好きなものへの情熱と愛の深さも注目されている。大学で学んだ美術史から現代アート、サブカルチャーまで関心も幅広い。
キャミソール¥35000/ミュラー オブ ヨシオクボ シャツ¥55000(セファ)・スカート¥22000(シップス)/シップス インフォメーションセンター バッグ¥24000/ディー・エル・ティー(ラ・ヴェニール) 靴下¥3300/真下商事 (パンセレラ) 靴¥18700/ル タロン グリーズ ルミネ新宿店(ル タロン グリーズ)
撮影/柴田フミコ ヘア&メイク/中村未幸 スタイリスト/平田雅子 モデル/市川紗椰 取材・原文/久保田梓美 ※BAILA2024年12月号掲載