時代とともに多様化していくキャリア形成を映すようなお笑いカルテット「ぼる塾」のあり方。“休んでいるひと”も“働き方が違う人”も仲間であることに変わらないのだ。田辺智加さんの仕事との向き合い方。
自分らしく、無理せず、一生芸人を続けたいと思っている
相方との出会いによって大きく運命が動きだした
田辺智加さんの芸人としての第2章は、3年前、“ぼる塾”を結成したことから始まった。M-1グランプリで3回戦に進出するなど、結成後すぐに注目され、おなじみのボケ「まぁねぇ〜」は2020年の流行語大賞にノミネート。褒められたことを健やかに受け止めて自己肯定する魔法のフレーズは、多くの女性の支持を集めた。今ではスイーツ好き芸人としても知られ、テレビで見ない日はないほどの人気ぶりだ。
「もともとは内気で、なるべく人に嫌われないように生きてきたタイプ。お笑いをやっていなかったら『まぁねぇ〜』なんて一生言えなかったと思います。劇場や楽屋でそのやりとりを繰り返しているうちに、いつの間にか褒められることに慣れていって、自然と自分に自信がついていきました」
さかのぼること約10年。第1章の始まりは偶然だった。街で島田秀平さんがロケをしているところに居合わせて占ってもらうと、「人気者になれる」との結果が。人気者=芸人と思い、お笑い養成所に入学した。
「私はアイドルに夢中だったのでお笑いにはまったく興味がなくて。学校に入れば面白くなれるのかなと思っていました。お笑いについて何も知らなかったからこそ、飛び込めた気がします」
そこで「自分よりも自分をわかってくれる分身」と語る、酒寄希望さんと“猫塾”を結成。彼女との出会いが、田辺さんの運命を大きく動かしていく。
「学生時代から、『なんで私にはこんなことが起こるんだろう』という出来事や失敗がいっぱいあって。酒寄さんに毎日、起こったことを伝えていたら、それをすごく面白がってネタに組み込んでくれるようになったんです。NSCの頃から『田辺さんの面白さを世に伝えたい。私が絶対に田辺さんを売れさせる!』と言ってくれていました。『まぁねぇ〜』を考えてくれたのも酒寄さん。売れない時期もありましたが、酒寄さんと一緒にいることが楽しかったから、ここまで続けてこられたと思います」
子どもが欲しい相方の願いを育休というかたちで実現
実はぼる塾は猫塾と、あんりさんときりやはるかさんのコンビ“しんぼる”が合流したカルテット。酒寄さんは、産休・育休を経て、現在“時短勤務”中だ。
「酒寄さんの妊娠は、突然のことではなかったんです。30歳になった頃に子どもが欲しいと相談を受けたのですが、芸人は続けたいと言ってくれたので一人で待つことに決めました。産休に入るちょうどその頃、しんぼると一緒にツーマンライブを開催したのですが、酒寄さんのつわりがひどくなり、急遽3人でライブを決行しました。そのときのネタがウケたことで、即席トリオのぼる塾を組み、3人でM-1グランプリに出場したんです」
その後、正式に4人でぼる塾を結成するも、産休中に3人が人気者になっていく姿をテレビの前で見ていた酒寄さん。一度、彼女から脱退を打診されたこともあったという。
「SNSでは私たちのことを知らない人が平気で『4人目いらなくない?』とか書いていて。姿を現さない人の言葉で人生を変えられるのはもったいなさすぎたし、誰よりも私たちが酒寄さんを必要としている。『酒寄さんがいないとぼる塾じゃない。酒寄さんがいないと私は田辺じゃなくなる』と伝えました。テレビは収録時間が不規則なので、今も復帰していません。やっぱりお子さんのそばにいてほしいですからね。ただ、月1回の単独ライブでは4人でネタをしていますし、YouTubeにはずっと出演しています。ネタも、基本的には酒寄さんがあんりと一緒に作ってくれていて、『やっぱり4人がいいね』とみんなで言い合っています」
心をすり減らさないための無理をしない働き方改革
育休や時短という新しい女性芸人のかたちを世の中に打ち出したぼる塾。ほかにも「大食い・水着・体を張った出演はNG」とするなど、彼女たちの働き方は、お笑いの世界で革新的だった。
「何度か体を張ってみたこともありますが、全然ウケなかったんです。私たちがやったら、かわいそうと思われてしまう。本当はできないことが悔しくもありますが、無理をしたら心がすり減っていく気がして。“無理をしない”ことをルールにしています」
ぼる塾の素顔が垣間見えるYouTubeには自虐やいじりがなく、お互いのいい部分を素直に褒め合う、ポジティブな空気に満ちている。
「女芸人ってわりと美容が好きで、コスメの話で盛り上がったりするんです。そうすると平気で『女芸人のくせに女を捨ててない』とか言われることも。『女なのに女を捨てるってなに?』って思うんです。女芸人をブスいじりすることにも、ずっとモヤモヤしていました。
芸歴4年目のときに、兼近(大樹さん/EXIT)とユニットコントをすることになったんです。台本には私に対して『ブス』と言うセリフがあったのですが、『僕は田辺さんのことをブスと思っていないので言えません』と兼近が言ったんですね。そのときに、後輩に気をつかわせてしまって悪いなと思った反面、『やっぱり人の見た目で笑いを取ることはおかしいんだ』と思えるきっかけにもなりました」
かつては内気だったはずの田辺さん。今後の目標を聞くと「一生、お笑い芸人を続けたい」と力強く宣言する。
「どうやら私には目立ちたがりという一面があったみたいです(笑)。ぼる塾のメンバーはもちろん、周りの方も本当に優しくて。いい職場で働かせてもらえていると実感しています」
ただし、「ずっと仕事のことだけを考えたくはない」とも。スイーツやアイドル、漫画にアニメなど、多彩な趣味と向き合う時間も欠かせない。
「昔CAを目指していたくらい英語が好きだったので、いつか語学留学をしたいんです。そのことはみんなにも伝えています。4人いるので一人くらい大丈夫かなって。今度は誰が産休を取るかわからないですし、常に4人そろわない可能性も(笑)。それも、私たちらしくていいのかなと思っています」
芸人
田辺智加さん(ぼる塾)
たなべ ちか●1983年10月18日、千葉県出身。NSC(吉本総合芸能学院)東京校18期。2021年には初の単著『あんた、食べてみな! ぼる塾 田辺のスイーツ天国』を上梓。YouTube「ぼる塾チャンネル」では本音があふれるトークからVLOGまで公開。「酒寄さんとは出会って10年間、一日もLINEを欠かしたことがありません。あんりは人のために泣ける人。怒るとルフィのような覇気が出ます。はるちゃんは私が唯一、嫌われてもいいと思える家族のような人。みんなに出会えて、本当に感謝しています」
撮影/森脇裕介 ヘア&メイク/ナリタミサト スタイリスト/佐々木美香 取材・原文/松山 梢 ※BAILA2023年1月号掲載