テレビ東京『WBS(ワールドビジネスサテライト)』の大江麻理子キャスターがセレクトした“働く30代女性が今知っておくべきニュースキーワード”を自身の視点から解説する連載。第45回目は「カスハラ(カスタマーハラスメント)」について大江さんと一緒に深掘りします。
今月のKeyword【カスハラ】
かすはら▶カスタマーハラスメントの略称。顧客や取引先からの迷惑行為や悪質なクレームのこと。クレームには、商品やサービスへの改善を求める正当なものがある一方、過剰な要求や不当な言いがかりをつける悪質なものもあり、後者がカスハラにあたる。深刻化するカスハラから従業員を守る対応が求められている。
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2019年6月
労働施策総合推進法が改正。職場でのパワハラ防止対策が義務に
通称パワハラ防止法と呼ばれるこの法改正を踏まえ、翌年1月に防止措置の指針が策定される。顧客等からの著しい迷惑行為に対し企業が取り組むことは有効と示された
2022年12月
連合が、カスハラを受けたことがある人の実態調査を公表
連合(日本労働組合総連合会)は直近3年間に自身か同僚がカスハラを受けた1000人の実態を調査。内容は「暴言」が最多で、それにより生活上変化があった人が76.4%に
2024年2月
東京都の小池知事がカスハラ防止条例制定について全国初の検討を表明した
都議会定例会にて、小池知事はカスハラについて、「都内企業でも深刻化しており、現場において拠り所を持って対応できるよう、独自に条例化の検討を進める」と述べた
「カスハラ対策には企業、自治体や国、社会の対応が必要です」
バイラ読者にアンケート
(回答数100名 2024年3月30日~4月2日に実施)
Q 過去3年間に顧客や取引先からカスハラを受けたことがありますか?
カスハラの内容として「電話での高圧的な態度」(カスタマーサポート)、「接客中の脅迫、過剰要求」(金融)、「長時間の暴言」(公務員)、「食事を顔に投げつけられる」(看護師)、「店舗への迷惑電話」(飲食店)などが寄せられた
大江ʼs eyes
皆さんから寄せられたリアルな声に、状況の深刻さを改めて感じました。“直近3年間”という条件を外すとより多くの経験者がいらっしゃるかもしれません。許されるはずがない行為を一身に受け止めている方が、もうこのような傷を負わずにすむ社会にしていく必要があると強く思います
Q あなたは受けたカスハラに対して対応できましたか?
対応の内容としては「謝罪」が最多で、「とにかく話を聞いて謝る」(公務員)、「お詫びをした上で丁寧に説明」(グランドスタッフ)など。「上司や法務部門とともに複数で毅然と対応した」(カスタマーサポート)という例も
大江ʼs eyes
ほとんどの方が謝ってどうにか収める形で「対応できた」、というよりも「謝るしかなかった」という内容でした。複数人で毅然と対応した例もありましたが、多くは自分で対処するしかない状況に追い込まれているのではと感じました。度がすぎたケースは会社での対応、問題把握が必要です
Q カスハラを受けたことで生活上に変化はありましたか?
どんな変化か聞いたところ、「仕事へのモチベーションが低下」(販売スタッフ)、「手の震え」(カスタマーサポート)、「涙が止まらなくなったり気持ちが不安定に」(金融)、「心身に不調をきたし、退職」(看護師)などの回答が
大江ʼs eyes
心身に不調をきたしている方が多くいらっしゃいますね。ここまでボロボロになってしまう状況の中で仕事を続けるのは、とても大変だったと思います。退職をした方もいらっしゃり、もともと人手不足になっている業界がさらに貴重な人材を失う状態になっていることが残念でなりません
Q 勤め先でカスハラ対策のマニュアルや方針を策定していますか?
26%が勤め先にマニュアルや方針があることを認識。カスハラを受けたことがある人の割合より少ない結果に。「カスハラにあったときに、勤め先に相談できる窓口や人がいますか」という質問には56%が「はい」と回答
大江ʼs eyes
勤め先にマニュアルや方針があると答えた人よりも、相談できる窓口や人がいると答えた人数のほうが多かったですね。一方、ほぼ半数の方は相談もできず、然るべき窓口もなかったという状況の深刻さに私は目を奪われました。職場全体で対処できる環境に変えていく必要があると思います
「東京都が、全国初のカスハラ防止条例制定に向けた検討を開始。抑止力につながる一歩に」
「カスハラ対策として、東京都が全国初となる条例制定の検討を始めました。問題が深刻化する中、都が具体的な対策に乗り出すかもしれないことは抑止力につながる大きな一歩です。東京都は非常に重要な点に着目したと感じました。実際にバイラ世代でカスハラによって大変な目に遭っていらっしゃる方も多いのではないかと思い、キーワードに選びました」と大江さん。カスハラとはどのような行為を指しますか。
「カスハラとは、顧客や取引先からの迷惑行為や悪質なクレームなどを指します。たとえば暴言、脅迫、長時間の拘束、土下座の強要などが挙げられます。どこからがハラスメントでどこまでがクレームなのかは線引きが難しいところもありますが、理不尽な行為はカスハラの域に入ります。苦情を言うことは顧客側の正当な権利である一方、相手を威圧する、屈服させるといった言動に力点が移った、サービスと関係ない要求はハラスメントにあたります」
カスハラが社会的関心を集めている背景にはどんなことが考えられますか。
「カスハラ自体は随分前からありました。最近の人手不足により、問題を放置すると社会がまわらなくなる懸念が生じたため、以前は表に出なかった事例が認識されるようになってきたという見方があります。実際に今、企業は従業員の負担や離職を増やさないためカスハラ対策に力を入れ始めています。また、『お客さまは神様』という言葉のとおり、顧客優位性が高すぎた時代を経て、『妥当性を欠く要求はおかしい』と考える人が徐々に増えてきて、変革の時期を迎えているとも言えるかもしれません」
現在、法律上の禁止規定がないカスハラ。都の検討は、大きな意義があると大江さん。
「条例が制定されれば、行きすぎたクレームが条例に違反する行為であると社会的に認知され、カスハラを未然に防ぐ要素になるでしょう。また、企業側のガイドラインを正当化する裏づけにもなります。『条例違反です』と言えることで各社が行う対策の説得力が増し、働く人を守ることにつながるのであれば意義が大きいと思います」
「カスハラ被害の深刻さにやりきれない思い。働く人を守るしくみづくりは社会の急務」
読者アンケートでは過去3年間にカスハラを受けたことのある人は37%。深刻なハラスメントの内容や切実な声が寄せられた。
「言葉を失うようなエピソードの数々を読み、皆さんが大変な目に遭われている状況を目の当たりにして、やりきれない思いでした。カスハラを受けたことが忘れられない傷として残ってしまっているのではないかと思います。その後、生活に影響があった方が半数以上で、ほとんどの方が心身に不調をきたしていました。この健全ではない状況をどうにかしなくてはいけません。働いている人を守るしくみをつくらなければ、この事態は変えられないと思います。企業が毅然とした姿勢を表明し、対策を講じることが急務ですし、それを自治体や国が条例や法律によって裏づけることの重要性を改めて感じました」
26%の人が「勤め先にカスハラ対策の方針やマニュアルがある」と回答。
「周知されていない場合もあるかもしれませんが、もしこのとおりであれば企業の取り組みはより進まなければならないと思います。これ以上はカスハラなので、必ず上司に相談する、といった基準を定めたマニュアルを職場で共有し、従業員が一人で抱え込まないようにすることが必要です。また、客が行きすぎたクレームをしづらく感じるような対策も効果的かもしれません。先日タクシーに乗車したら、『防犯カメラ設置中』と赤く表示された電光掲示板が目に飛び込んできました。『カスタマーサポート業務で、通話録音をするようになってからカスハラが減った』という読者の方の声もありましたから、こうしたしくみづくりも重要ですね」
日本にはお客さまを大事にする文化があるため、客の権利を拡大解釈しすぎている人がいることが問題であると大江さん。
「サービスを受ける側と提供する側に上下関係はなく、人対人であるという基本に立ち返ることが大切だと思います。サービスに対する苦情と相手の尊厳を傷つけることをはき違えてはいけません。今回のアンケートからサービス業に従事する方の苦難が垣間見え、私自身、サービスを受ける側としてこれまで以上に『ありがとう』の気持ちを伝えたいと思いました。カスハラが社会問題として認識され始めた一方で、これだけ多くの人が被害に遭っているというのは、残念な状況であることに変わりはありません。こういった思いをしなくてすむ社会をつくっていくために、これからもっと考えていかなければならないと強く感じました」
大江麻理子
おおえ まりこ●テレビ東京報道局ニュースセンターキャスター。2001年入社。アナウンサーとして幅広い番組にて活躍後、’13年にニューヨーク支局に赴任。’14年春から『WBS(ワールドビジネスサテライト)』のメインキャスターを務める。
撮影/花村克彦〈Ajoite〉 取材・原文/佐久間知子 ※BAILA2024年7月号掲載