働き方の選択肢が多い今だからこそ響く「長く続けている人のことば」。今回は、スノーボード選手・竹内智香さんにインタビュー。一度は現役引退を考えたものの、あるきっかけでスポーツへの情熱を再び取り戻したという。
誰かに不可能だと言われてもすべての可能性を試して最善を尽くしたいと思う
オリンピックのことだけ考えて走り続けてきた
2002年のソルトレークシティから2022年の北京まで、6大会連続でオリンピックに出場している竹内智香さん。2014年のソチ大会では、スノーボード競技において日本人女性初となる銀メダルを獲得。長く競技を続けているだけでなく、長く世界のトップで戦い続けているレジェンドだ。
「14歳のときに、長野オリンピックを見たことがきっかけで本格的にスノーボード競技を始めました。それ以来、オリンピックでメダルを取りたい、レースで勝ちたいということだけを目標に走り続けてきたんです。ただ、ソチから2018年の平昌までの4年間は、どんなに練習しても成績が落ちていくし、ケガもするし、競技者として“潮時なんだ”と感じるつらい時期でした」
平昌で5度目のオリンピックに出場したものの、ずっと頭に浮かんでいたのは「やっと競技を終えられる」という思いだった。できない自分を見られてしまうような気持ちで挑んだ結果は、5位入賞。
「最低限の数字を残すことができてホッとしましたが、平昌から帰国したときは競技を辞める気でした。苦しい世界にもう一度身を置きたいとは思えなかったんです。とはいえ、周囲の方からは『まだ次も行けるよ!』と期待の声をかけていただけて。辞めると言い出せなくなってしまったんです」
応援してくれる人たちから“休養”という選択肢を与えてもらったものの、2年たっても競技に戻る気持ちにはなれなかった竹内さん。ところが2020年の初め、友人と純粋に楽しむためにスキーをし始めると、「雪山が最高の職場であり、滑ることが最高の職業である」ことにあらためて気づいていく。いつしか周囲の期待にこたえるための義務になっていた競技に、「自分自身が楽しむために戻ろう」と決意できた。
「大会でいい成績を残したいというよりは、雪上やレースを楽しみたいという思いが強かったです。好きで始めたスノーボードを、マイナスの気持ちで終わらせたくはない。考えの軸が自分になったことは、大きな変化でした」
人生の起爆剤であり生きるための原動力
アスリートに向いていると思う性質は「あきらめが悪いこと」。誰かに「ムリだよ」と言われても、「本当にそれが不可能なのか、すべての可能性を試して最善を尽くさない限り、納得ができないタイプ」だという。その思いは、女性としての生き方にも貫かれている。
「競技復帰を決めた後に卵子凍結をしました。アスリートの場合、妊娠と競技を同時に手に入れることは難しい。30歳を過ぎた頃から取材で出産や結婚について聞かれることが多くなりましたし、タイムリミットが迫っていることに不安がありました。とはいえ、今すぐ欲しいかといわれると、そうではなかった。もちろん考え方は人それぞれだと思います。でも、競技に戻ることを決めた私にとって、卵子凍結はすごくいい選択でした」
現在は10月から3月までを本拠地のスイスで過ごし、日本にいる間は、地元の北海道・東川町で町民の健康促進や選手育成の事業に携わっている。所属企業がある広島では、オリンピックで学んだことなどを、学校の授業を通して子どもたちに伝える活動も。
「アスリートという職業は引退が早いのですが、オリンピックに出ることだけが現役ではないと思うんです。20代の頃から、私はスイスの素晴らしい環境で練習をさせてもらい、たくさんのサポートを受けてきました。その恩を、今度は日本の選手や子どもたちに返していきたい。オリンピアンとして雪上で必要とされる人間になれたら、きっと生涯現役でいられるはずですから」
女子スノーボード界には、竹内さんの10歳上の選手も。今もワールドカップのトップで戦っている。
「年齢を重ねることで起こる問題はもちろんあると思いますが、尊敬する彼女から受ける影響は大きいです。いろんな世界を見て、いろんな人と出会うことができたスノーボードは、私の人生の起爆剤であり生きる原動力。40代になってもまだまだ続けるつもりです」
オリンピックでの経験を還元して地域や子どもたちに必要とされる人間になれたら
竹内さんの続けてきた道のり
10歳 スノーボードを始める
14歳 長野オリンピックをきっかけにスノーボード競技を始める
18歳 ソルトレークシティオリンピック出場
22歳 トリノオリンピック出場
26歳 バンクーバーオリンピック出場
30歳 ソチオリンピックパラレル大回転銀メダル
ソチ五輪で、日本スノーボード史上初の女性ライダーによるメダル獲得
©朝日新聞社/アマナイメージズ
…ケガや成績不振で選手としての潮時を感じ始める
34歳 平昌オリンピックパラレル大回転5位
36歳 Turning point 2年の休養を経て現役復帰を決断
38歳 北京オリンピック出場
現在 スイスと日本を行き来しながら幅広く活躍中
あったかもしれないROUTE B
変わらず地元を盛り上げていたと思う!
「地元の東川町で、二人の兄とコンドミニアムを始めました。来年には子ども食堂も始める予定。実家の旅館を手伝ったりしながら、そっちの活動に熱中していたと思います!」
スノーボード選手
竹内智香さん
1983年12月21日生まれ、北海道旭川市出身。広島ガス所属。種目はスノーボードアルペン。ソルトレークから北京まで、6回のオリンピックに連続出場している。これは、日本女子選手として冬季オリンピックの最多記録。
撮影/nae. ヘア&メイク/YUMBOU〈ilumini.〉 取材・原文/松山 梢 ※BAILA2023年1月号掲載