歌舞伎の深淵をのぞき、沼への入り方を指南するこの連載。今月ご登場いただいたのは、4月歌舞伎座『新・陰陽師』に出演中の中村壱太郎さんと、尾上右近さんです! 5年前、右近さんの自主公演で、二人で『二人椀久』を踊ったのをきっかけに急接近。以来、南座の「三月花形歌舞伎」や、「ART歌舞伎」など、様々な舞台をともに作り上げてきた、まさに“同志”といえる間柄。そこで二人のブロマンス(男同士の熱い友情)にバイラ歌舞伎部が大接近!! 先月好評のうちに終了した南座での公演や、現在出演中の『新・陰陽師』のみどころについて聞きました!!
↑中村壱太郎さん(右)と尾上右近さん(左)。声がよくて、お芝居もうまくて、踊りもすごいという若手のホープ。女方をやることが多かった二人ですが、最近は、立役をやる機会も増えてきて、さらなる飛躍の予感!!
■三月南座は、自分たちの壁を感じた1ヵ月だった!?
ばったり小僧 以前から、壱太郎さんと右近さんと一緒に出ていただきたかったので、今日は本当にうれしいです!!
壱太郎・右近 こちらこそ、ありがとうございます。
まんぼう部長 そして南座の「三月花形歌舞伎」でのお二人の活躍、素晴らしかったです!! 『仮名手本忠臣蔵』の五段目、六段目をAプロ、Bプロに分けて、主役の早野勘平を壱太郎さんと右近さんがWキャストで勤められました。
壱太郎さんの上方式、右近さんの江戸式と、それぞれに見応えがあって、そして熱のこもった素晴らしい演技に引き込まれました!
お二人が南座で共演するのは、2年ぶりでしたね。とくに今回は、二人で同じ役をやるということで、刺激になったんじゃないですか?
壱太郎 そうですね。舞台の場合、演技って、初日から少しずつ変わっていくものなんですね。僕の場合、今回は、慣れない立役(男役)でいっぱいいっぱいで、その日その日で、ちょっとずつ対応して変えていくという感じだったんですけれど、ケンケン(尾上右近)は、すごく意識して変えていったんだろうなというのを感じました。ここまでいって、次にこっちにきて、って、目的を持って変えている。そこがすごいなと思いましたね。
↑壱太郎さん32歳、右近さん30歳と壱太郎さんが2つ上。デキる兄貴と、ヤンチャな弟という雰囲気で、撮影の合間も話が弾む。二人ともスーツがお似合いです♪
右近 いや、当然ながら、カズさん(中村壱太郎)も変化していた、というか進化していました。今回は、初の立役での主役ということで、最初は苦労もあったかと思うんですけれど、途中で一度、(市川)猿之助のお兄さんが舞台を観に来てくださって、それからは覚醒したというか、解放されたというか。完全にカズさんの勘平が確立されていましたね。
小僧 それは猿之助さんから何か特別なアドバイスがあったんですか?
壱太郎 細かいことから全体的なことまで、いろいろあったんですけれど、一番は、観ていただいたことで、安心感とパワーをいただいたことです。五、六段目は、派手さがなくて、物語を構築していくお芝居なので、ドラマとして成り立たせることができてるだろうかと、すごく不安だったんですね。
でも、猿之助のお兄さんは、お稽古から見てくださっていたので、それを信じてやっていこうと、確信がもてたことが大きかったのかな。
部長 すごい信頼関係ですね。南座の花形歌舞伎は、一昨年からスタートして、今回で3回目でした。若手でやることの意味っていうのは、どんなところに感じていますか?
↑古典から新作まで様々な役に挑戦するエネルギッシュな壱太郎さん。年下から慕われるだけでなく、先輩からも頼りにされているそう。素敵♪ 後ろで存在感をアピールする右近さんにもご注目!
壱太郎 ただただ、「いい役ができた」「同世代でできて楽しかった」というだけじゃないと思うんですね。公演として、どう成り立たせていくか、お客さまに満足してもらうにはどうしたらいいか、というところまで気づくようになることが、若手でやる本当の意味だと思っています。そういう意味で、僕ら「平成世代」には、まだまだ乗り越えないといけない壁があるなと感じました。
右近 確実にありますよね。それが何かわかればいいんだけど、わからないからモヤモヤするんですよね。今回もそういう中で、千穐楽を迎えることになった感じで。
小僧 熱い涙と感動のうちに終わった2年前の南座とは、今回は違うものだったんですね。
壱太郎 正直、今回は悔しさ、厳しさが残りました。というか、2年前がうまくいきすぎたのかもしれないです。あのときは波がすでにあって、僕たちはその波に乗ってやっていればよかった。でも、今回は、その波がどこにあるか、探すところから始まって、つらく苦しい旅だったなぁと 。
右近 自分たちの力でムーブメントを起こすには、まだまだ僕たち、未熟ということですよね。だからさっきもカズさんがいったように、もっともっと壁を越えていかないと、これから厳しいだろうなと感じた1ヵ月でした。
↑CMの「突然の尾上右近」が話題の右近さん(笑)。SNSでは「私の突然の尾上右近体験」で盛り上がっていますが、「カレー屋でふと見たら隣が右近さんだった」とか、遭遇談が多くてびっくり!! 後ろで決めポーズを繰り広げる壱太郎さんにスタッフが何度もほめ言葉をかけるので「さみしいなあ...誰も僕を見てくれない」と右近さん。
小僧 えーっ、あんなに素晴らしい公演だったのに、自己採点、めっちゃ辛口ですね(笑)。
部長 本当に。でも、それこそが、2年前から進化している証拠だと思う。見える景色が変わってきたってことですよね。きっと今回の経験が今後のお二人にとって、素晴らしい糧になるに違いないと思います!
小僧 はい、そして二人一緒なら、高い壁もきっと乗り越えられるはず。 これまでもお二人で、様々なチャレンジをしてきましたよね。あらためて、お互いにここがすごいな、ここが好きだなと思うところを教えてください。
壱太郎 僕たち、目指す方向性みたいなものは一緒だけど、全部同じじゃないんですよ。性格も違うし、アプローチも違う。自分では思いつかないことを気づかせてくれるし、自分ではやらないことをやってくれる。でも、核には同じものがあって。そこがすごく好きなところですね。
↑歌舞伎座の劇場トビラ前で。『新・陰陽師』は、セリフもわかりやすく、「初めて歌舞伎を観る人にもおすすめの作品」とのこと。ぜひ劇場へ!!
右近 壱太郎さんの好きなところは、人間らしいところです。壱太郎さんは、人間離れしてるくらい、いろんなことを抱え込むんですよ。信じられないくらい抱え込みにいくの。で、最終的にはやり遂げちゃうんだけど、その途中で、結構自分の中で、精神的にいっぱいいっぱいになっていて、それを僕らに打ち明けてくれるんです。「これ、ちょっとどうしていいか、わからなくて」って。
「隙がある」っていうと、俗っぽい言い方になっちゃうけど、余裕綽々でやられるより、ずっと人間味があるというか。弱音を吐けるって、逆にすごいことだって思うんですね。じゃあ、僕は一緒に何ができるか、どう支えたらいいんだろうって考えることができるっていうことは、仲間として、すごくうれしいんですよね。
部長 なるほど。スーパーリーダーではなくて、自分の弱いところを見せつつ、周りを巻き込んで、一体感を作っていくという。WBCでいえば、栗山監督タイプですね。
小僧 そしてそれで言うなら、右近さんは切り込み隊長のヌートバーっぽいです(笑)。
↑歌舞伎座2階のロビーにて。撮影の合間も二人で踊りの打合せ。「カメラ観てくださーい」とカメラマンつゆっきーに言われて、振り向いた二人。素の表情って感じで可愛いです♪
■妖術が使えるならカエルになりたいのはどっちだ?
↑令和5年4月歌舞伎座『新・陰陽師』滝夜叉姫=中村壱太郎
↑令和5年4月歌舞伎座『新・陰陽師』興世王=尾上右近
部長 そんなお二人が今月は、歌舞伎座で『新・陰陽師』にご出演中です。猿之助さんを中心に、若手が集結した配役で、これもまた大評判で盛り上がっていますね。
壱太郎 とにかく歌舞伎のダイナミックさがつまりまくってる作品ですね。宙乗りがあったり、妖術があったり、人間技を超えたものがたくさん出てきて、歌舞伎らしい様々な手法を惜しみなく使ってる。役者側から言うと、「僕ら、こういうことをやって生きているんです」っていうものがたくさんつまっている感じがする。
右近 そうそう、常にうるさくて、かなり暑苦しい作品ですね(笑)。
小僧 陰陽師って、呪いかけたり、霊界とつながっていたり、なんとなくひんやりしてるイメージですけど、暑苦しいんですね。お二人はどんな役どころなんですか。
壱太郎 僕は滝夜叉姫(たきやしゃひめ)と如月姫の二役を演じています。滝夜叉姫は、平将門の妹で、悪い人間ではないんですけど、愛ゆえに悪の方向へと向かってしまいます。でも、その愛が、最後はどうなるか……ということで、そこはご覧になってのお楽しみですね。
↑「思いっきり若いポーズしちゃう?」と言って、壱太郎さんの肩に手をかける右近さん。楽しそうにじゃれる二人に、ブロマンスを感じて、部長も小僧もキュン。
右近 僕は興世王(おきよのおう)という役で、平将門と一緒に朝廷に反旗を翻す悪役です。だから、反朝廷ということでは、壱太郎さんと向いてる方向は同じなんだけど、最後にまたどんでん返しがあるという感じです。
壱太郎 ケンケンがすごい悪役をやるのって珍しいよね。
右近 そうですね。これ、去年だったら、「僕にはちょっとできないかも」と思ったかもしれないです。悪役って、やっぱり「圧」が必要なんで、30歳という年齢だったり、これまでの経験だったりがあって、今月にやっとこの役に間に合いました、って感じがします。
壱太郎 僕は、今回の舞台をやっていて、妖術って楽しいな~とつくづく思う(笑)。
右近 日常でできないことができるわけだからね。
壱太郎 そうそう。簡単に消えることもできるでしょ。そういう非日常をお客さまにも味わっていただきたいね。
↑若手の俳優が中心となって上演されている『新・陰陽師』。「お互いに、切磋琢磨していくことが、舞台を盛り上げるうえで大事」と壱太郎さん。みんな同志であり、ライバルってことですね。
小僧 ちなみにお二人は妖術が使えるとしたら、何かやりたいことはありますか?
壱太郎 僕は、今度の舞台でカエルになることができてるから、それで十分ですね。
右近 えっ、普段の生活で、他に妖術使わなくていいのね? カエルになるって、普段の生活で、それいつ使うの?
壱太郎 雨の日に使う。
右近 なるほどね。
壱太郎 うん。
右近 うんじゃないよ(笑)。この人、頭いいけど、なにも考えてないときありますからね。バイラさん、気をつけてください (笑)。
部長 ええっっ、壱太郎さんはデキる男って感じで、常に頭がフル回転してるのかと思ったら、休んでるときもあるんですね(笑)。右近さんは 妖術が使えたら何をしたいですか?
↑「お互いに遠慮はせず、自分が一番美しく、かっこよく見えるようにやることだけを考えればいいんじゃないかと思う」と『新・陰陽師』への意気込みを語る右近さん。
右近 僕はですねぇ……分身の術が使えたらいいですよね。自分の分身をたくさん作りたいですね。
壱太郎 たくさん? もうひとり、とかじゃなくて?
右近 だって分身がいたら、ひとりは舞台やって、ひとりは海外に行って、ひとりは眠ることができる……という欲張りな発想です(笑)。で、その分身をひとりに集めたら、それぞれの経験が自分の中に入るので、すごいパワーになるじゃないですか。いいの? カエルで。カエルは弱いよ。
壱太郎 いやいや、(床に手を当てて)この目線で見なきゃわからないことが、絶対あるんだって。
右近 そういう発想? さすがカズさん。ただものじゃない(笑)。
小僧 いや~、お二人は本当に仲がいいんですね(笑)。では、最後に、『新・陰陽師』の舞台について、読者にメッセージをお願いいたします!
壱太郎 この舞台は、歌舞伎の知識もいらないけれど、歌舞伎らしいスペクタクルがたくさん詰まった作品なので、「歌舞伎を観に行くぞ!」っていう気持ちは必要かなと思います。あとは「このキャラクター、好き!」っていう人をみつけると、より楽しめると思います。
↑普段はしっかり者なのに、心を許している右近さんと一緒だと、どんどん天然になっていく壱太郎さん。そしてそんな天然な部分も含めて、壱太郎さんが大好きな右近さん。二人の関係に思わずほっこりした部長と小僧でした♪
右近 そうですね。あとは、歌舞伎座という、もっとも格式の高い劇場で、若手がやりたい放題やらせていただくことも多くはないので、是非ともこの機会をお客さまに楽しんでほしいです。いわゆる「古典芸能」のイメージとは違う、フレッシュなエネルギーを肌で感じられる舞台だと思うので、初めて歌舞伎をご覧になるには、すごいチャンスだと思います。
部長 私たちもこれから拝見するので、めっちゃ楽しみになってきました。 そういえば、3月の南座では、五段目のモチーフをあしらったクリアファイルがすごく可愛くて、思わず買ってしまったんですが、今回は、キャラクターのファイルとかできないんでしょうか。
壱太郎 ……カエルのファイルができるかもしれません。
右近 いやいや、ないです。できないです。カズさん、また何も考えてなかったでしょう!?
壱太郎 考えてなかったね(笑)。
部長・小僧 えーっっ!! まさかのド天然!?(笑)
■歌舞伎座新開場十周年記念「鳳凰祭四月大歌舞伎」
劇場:東京 歌舞伎座
日程:2023年4月2日(日)~27日(木)
*休演 10日(月)、17日(月)
【昼の部】 11時~
『新・陰陽師』(しんおんみょうじ)
滝夜叉姫
蘆屋道満宙乗り相勤め申し候
原作:夢枕獏(「陰陽師 瀧夜叉姫」文春文庫)
監修:石川耕士
脚本・演出:市川猿之助
出演
安倍晴明:中村隼人
源博雅:市川染五郎
平将門 / 村上帝:坂東巳之助
滝夜叉姫 / 如月姫:中村壱太郎
興世王:尾上右近
桔梗の前:中村児太郎
俵藤太:中村福之助
大蛇丸:中村鷹之資
源八坊:市川青虎
琴吹の内侍:市川寿猿
式神密夜:市川笑三郎
式神密虫:市川笑也
藤原忠平:市川猿弥
藤原実頼:市川中車
三上山の山姥:市川門之助
蘆屋道満:市川猿之助
【夜の部】 16時~
一、
『与話情浮名横櫛』(よわなさけうきなのよこぐし)
作:三世瀬川如皐
出演
与三郎:片岡仁左衛門
お富:坂東玉三郎
蝙蝠安:片岡市蔵
番頭藤八:片岡松之助
五行亭相生:市村橘太郎
海松杭の松五郎:中村吉之丞
お針女お岸:中村歌女之丞
赤間源左衛門:片岡亀蔵
鳶頭金五郎:坂東亀蔵
和泉屋多左衛門:河原崎権十郎
二、
『連獅子』(れんじし)
作:河竹黙阿弥
出演
狂言師右近後に親獅子の精:尾上松緑
狂言師左近後に仔獅子の精:尾上左近
僧蓮念:坂東亀蔵
僧遍念:河原崎権十郎
取材・構成/バイラ歌舞伎部 撮影/露木聡子
まんぼう部長……ある日突然、歌舞伎沼に落ちたバイラ歌舞伎部部長。遅咲きゆえ猛スピードで沸点に達し、熱量高く歌舞伎を語る。
ばったり小僧……歌舞伎歴2年。やる気はあるが知識は乏しい新入部員。若いイケメン俳優だけでなく、オーバー40歳の熟年俳優も大好き。