著書『どう生きるか つらかったときの話をしよう』で宇宙から帰還後の苦しかった経験を語られた宇宙飛行士 野口聡一さん。自分らしく生きるために必要なこととは何か、大江麻理子さんが聞きました。
“一度立ち止まって、自分のやってきたこと、やりたいことを考えることが大事だと思います” 野口さん
“もっと生き方は自由でいいんだよと教えていただいた気がします” 大江さん
Q1 宇宙から帰還後、“燃え尽き症候群”のような状態を経験されたとのことですが、どのような日々でしたか?
野口 2009年の2回目のフライトの数年後からつらい時代に入りました。宇宙での大きなミッション達成という重責がとれたと同時に目標を見失い、何かやり残している気はするけれど何なのかわからない。一方で後輩たちがぐんぐん伸びてきて、自分の居場所がないように思ってしまう。それを認めたくない自分もいました。
大江 その当時野口さんとお話しする機会があり、「民間の宇宙船が完成したら最初に乗るのは自分だ」とすぐに次の目標を持っていらっしゃる感じがしましたから、聞いてびっくりしました。
野口 そう自分を言い聞かせつつも、なかなかそちらに進めない自分がいて。止まることもできず、煮え切らない、もやもやした時代がありました。
Q2 そんなとき、「自分らしく生きる」ために見つけた回復方法はなんだったのでしょうか?
野口 人生の棚卸しをすることです。バイラ世代でも、ひたすら走り続けている、という方が多いと思うんですが、一度立ち止まって自分がやってきたこと、これからやりたいことなどを考え直すことが大事だと思います。
大江 私、野口さんがJAXAを辞められるときの会見で、退職される理由をお伺いしたのですが、野口さんのお返事にジーンとしたんです。コロンビア号の事故で亡くなった仲間のことを考えていらしたという。そして、「生きているからこそできる新しい展開」をしたいと。
野口 そうですね。宇宙飛行士を続けた理由のひとつとして、あの事故が大きかった。帰還できなかった7名の飛行士のことを語り継ぐこと。そしてまだ余力があるうちに、一回リセットして人生の第二段エンジンの着火に移りたいと考えました。
大江 バイラ世代の方の中には、「自分のやりたいことがわからない」という悩みを寄せてくださる方もいます。野口さんはどう思われますか?
野口 「自分の得意なこと」を考えてみるのも意外といいと思います。得意なことはやっていても疲れを感じづらいので、サステナブルだともいえます。
大江 確かにそうですね。やはりまずは己を知るというのが大切なのですね。
Q3 野口さんが人生の棚卸しをしたときに見えてきたものは何でしたか?
野口 自分は思っているほど強くないんだなと。だからセルフケアが必要です。休むときには休む。
大江 セルフケアは本当に重要ですよね。私の場合、『WBS』のメインキャスターをしてきましたが、取材が好きなもので夜の生放送に加えて朝から取材や日帰り出張をすることが多かったのです。そうしたら6年たったくらいで体調がおかしくなってきて。
野口 頑張りすぎたんですね。
大江 好きで、やりがいがある仕事でも、サステナブルな働き方をしないと自分を痛めつけてしまうんですよね。その後、周りの人たちと相談しながら働き方を変えていき、今は体調もずいぶんよくなりました。勇気はいりますが、自分の弱さを開示することはほかの人のためにも必要なことですよね。
野口 僕がつらい気持ちを抱えていた10数年前よりも、弱さを見せられる時代に変わってきている部分もありますが、まだまだ社会には「頑張ることで伸びる」という考えも残っていますよね。特に自分に対してもそう考えがちで。期待にこたえようとすること自体は悪くはないけれど、それがストレスになってしまう場合もある。
大江 はい。もちろん適度な負荷が人を成長させるのですが、適度かどうかの見極めが必要ですよね。そこをコントロールするのが現代の上司の役割になるのかもしれません。
Q4 新しいステージへ進んでいく中で見えてきた、新たなやりたいことは?
野口 最近参加したダボス会議も含めて、今いろんな人や企業と一緒に仕事に取り組んでいて。自分の経験や知識、発言が、新しいシナジーというか、思いもよらなかったかたちで生かされることにとても興味があります。また、大学の仕事で関わる若い世代の発想力がすごく刺激的なので、大事にしたい仕事のひとつです。ただ、頑張りすぎないことも重要だと思っていますね。
大江 もうずっと頑張ってこられましたからね。今日家に帰ったら、私も自分の人生を棚卸ししてみます。今日は野口さんにもっと生き方は自由でいいんだよということを教えていただいた気がします! ありがとうございました。
宇宙飛行士
野口聡一
1996年宇宙飛行士に選抜。2005年、2009年、2020年と通算3回の宇宙飛行に成功し、世界で初めて「3種類の宇宙帰還を達成した宇宙飛行士」としてギネス記録に認定。2022年JAXAを退職。東京大学、日本大学の特任教授をつとめる。
大江麻理子
おおえ まりこ●テレビ東京報道局ニュースセンターキャスター。2001年入社。アナウンサーとして幅広い番組にて活躍後、’13年にニューヨーク支局に赴任。’14年春から『WBS(ワールドビジネスサテライト)』のメインキャスターを務める。
撮影/須藤敬一 ヘア&メイク/桑野泰成〈ilumi.ni〉(大江さん分)、鎌田亜利紗〈アートメイク・トキ〉 (野口さん分) スタイリスト/森岡 弘(野口さん分) 取材・原文/佐久間知子 ※記事の内容は2024年2月の取材時点のものです。 ※BAILA2024年5月号掲載