「落ちるの一秒、ハマると一生」と言われる歌舞伎沼。その深淵をのぞき、沼への入り方を指南するこの連載。今月ご紹介するのは、11月歌舞伎座で上演中の『連獅子』(れんじし)に、祖父の片岡仁左衛門(にざえもん)さんとともに出演している片岡千之助(せんのすけ)さん。歌舞伎界のプリンスとしてだけでなく、ファッション業界からも注目される存在です。本誌12月号で掲載した写真のアザーカットのほか、バイラ歌舞伎部の追い取材によるスペシャルインタビューもお届けします!!
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■新潟のお稽古場では踊りの神様に守られている感じがしました
まんぼう部長 11月は歌舞伎座で、おじいさまの仁左衛門さんと『連獅子』にご出演ですね。先日、拝見しましたけれど、素晴らしかったです!! 感動しました。先月は、このお稽古のために新潟のお稽古場に行かれたとか。
千之助 はい。もともと『連獅子』という演目は、おうちによって、踊りのお流儀が変わるんですね。
ばったり小僧 おうちによって、踊りの振りが変わるということですか?
千之助 そうです。かなり違います。うちの場合、『連獅子』は、市山流というお流儀でやるんですけれど、その市山流発祥の地が新潟で、お家元も新潟にいらっしゃるんです。お師匠さんが東京にいらっしゃってくださることもあるんですけど、今回は、祖父との大切な舞台ということもあり、初心に帰るじゃないですけれど、1回はそこでお稽古したいという気持ちがあって新潟に行ってきました。
部長 お稽古場は、すごく古い建物だそうですね。そういう場所でお稽古して、何か感じるところはありましたか。
千之助 戦前からあった建物で、床板もほぼ当時のままで。入るときにも自然と稽古場に頭下げたくなるような雰囲気なんです。踊りの神様なのか、ご先祖様なのかわからないですけど、何かに守られているような感覚があって、その守り神に「いろいろとよろしくお願いいたします」というのが伝えられたのは、よかったなと思いました。
小僧 『連獅子』では、獅子になった仁左衛門さんと千之助さんが白と赤の長い髪の毛をぶんぶん振り回しますよね。あれはすごいっ。ものすごい迫力ですけれど、あれはむち打ちとかになったりしないんですか!?
千之助 「毛振り」ですよね。やっぱり突然やると首にきます。それこそ、今回の舞台の頭合わせ(かつらを合わせること)のとき、獅子の毛があって、「久しぶりに振れる」と思って振ったら、もう次の日、首、動かなくなっちゃって(笑)。舞台でも最初はちょっときついですけれど、次第に慣れていく感じです。とにかく、いかに体、腰で振るかっていうのがポイントなので。
部長 首じゃなくて、腰で振る。
千之助 そして遠心力で回すので、じつは肝心なのは引く力で、その勢いがつよくないと、大きく振れないんです。ただ、祖父も言ってますけど、速く振るのがいいとか、親獅子と仔獅子がそろってなきゃいけないっていうのは違うって。僕も少し前まではそれがかっこいいことだと思っていたんですけれど、大切なことは、『連獅子』の壮大な世界観だとか、獅子という優美で優雅な生き物をいかに表現するかっていうことなので、親子は違っていていいし、もっと別のところに美しさがあると思うんですね。最初に仔獅子演じてから、7年たちましたけど、祖父と同じ感覚、考え方に至るようになりました。
■クリムト展や石岡瑛子展など、アートにはたくさんの刺激を受けています
小僧 バイラの読者は、まだ歌舞伎を観たことがない人もいます。歌舞伎初心者に向けて、何か歌舞伎の楽しみ方があったら教えてください。
千之助 たとえば新作なんかは、わかりやすいし、初心者向きだと思いますけれど、正直僕は、古典的な作品を見ていただきたいですね。歌舞伎の伝統的な魅力っていうのは、やっぱり古典につまっていると思うので、先人たちから受け継いだ型だったり、空気感だったり、そういうことを含めての歌舞伎っていうものを楽しんでいただきたいなと思うんですね。
なので、『連獅子』もそうですけれど、まずは『勧進帳』『助六』『弁天小僧』といった、ザ・歌舞伎っていうものを観ていただきたいと思うし、その中で、またちょっとアウトローな『四谷怪談』『桜姫』『女殺油地獄』っていうようなものをご覧いただくと、「えっ、これも歌舞伎なの?」と驚かれると思います。「えっ、こんなにエロいの?」「グロいの?」って(笑)。
部長 確かに、ぶっとんでるというか、とんでもないストーリーが歌舞伎にはいっぱいありますよね(笑)。
千之助 はい。固定観念で、歌舞伎はお堅い感じとか、難しそうって思われがちですけれど、それだけじゃない。もちろん言葉がわかりにくかったりしますけど、そこはイヤホンガイドを借りたり、あらすじを読んだりしておけば、楽しめますし、その中で好きな役者さん見つけるなり、衣裳や大道具に着目するなりして、歌舞伎に興味持っていただけたらいいですね。
以前、祖父が取材で同じような質問をされたとき、「いやあ、僕、口で説明するのが下手なんでね、極論『なんかええなあ』でいいんですよ」って言ってたんですね。僕も本当にそう思います。音楽でも美術でも理屈抜きで惹かれることってありますよね。何かわかんないけどいいなって。
部長 千之助さんもそういう経験がありますか?
千之助 あります。以前、クリムトの「接吻」が、うちの最寄りの駅に飾ってあったことがあったんです。駅のエスカレーターを上がっていったら、いきなり目の前に金色の「接吻」が現れて、「何だろう、これ」って、絵の前にしばらく立ちつくしてしまいました。それでクリムトにハマりましたね。そうしたら、そのあとにパリ行ったとき、オープンしたばかりのデジタルアート美術館(アトリエ・デ・リュミエール)で、『クリムト展』をやっていて。工場の跡地に作られた美術館で、100台以上のプロジェクターで、クリムトの絵を映し出すんです。いい意味でカオスな世界観が素晴らしくて、もう茫然としてました。
あと今年すごく感動したのは東京都現代美術館でやってた『石岡瑛子展』です。最高でした。石岡さんは本当にオンリーワンの存在だなって。自分もそういう存在になりたいなと思いました。
部長 千之助さんは、仁左衛門さんからつねづね「『この役には彼が欲しい』『この舞台に彼が欲しい』と人から求められる役者になってほしい」と言われているそうですけれど、まさに石岡瑛子さんはそういう存在だったということですね。
千之助 そうですね。さらに理想を言いますと、人に求められるだけでなく、最後は時代に求められる表現者になりたいですよね。亡くなった十八代目の中村勘三郎のおじちゃまは、コクーン歌舞伎とか新しいことをたくさんやって、歌舞伎の人気を高めることに尽力しましたし、祖父は、このコロナ禍のたいへんな時期に『桜姫』をやって、『四谷怪談』をやって、劇場を大入りにして盛り上げました。僕も二人のように、大変な時期に歌舞伎のためになれる存在になりたいと思っています。
■僕らしい生き方は、「のらりくらり」です(笑)。
小僧 では、ここからは一問一答でお願いします。歌舞伎界で、仲よしの俳優さんはいますか?
千之助 同世代だと、同い歳の中村鷹之資くんは、とくに仲いいですね。鷹之助くんとは、二人で『三社祭』を踊ったりしていて、やっぱり何か通じるものがあります。二人とも踊りが好きだし、彼は天王寺屋のおじちゃま(故・中村富十郎さん=鷹之助さんのお父さま)から受け継いだ体格といい、踊りのセンスといい、ほんとに素晴らしいものがあって、僕の中ではある意味、尊敬するライバルでもあります。同じ歳で生まれてくれて、本当によかったなと思っています。一緒にやれる同世代がいるって、本当に大事なことだから。
部長 本当にそうですね。では、自分を色に例えると。
千之助 紫かなあ。白になるときもありますけれど、最近は紫ですね。基本的には、ふつふつと妄想しながら、いろいろ考えてる人間なんで、今は紫が近いのかな。
小僧 好きな食べ物は何ですか。
千之助 ノドグロです。新潟に行ったときも食べました。「うわあ、幸せだな、美味しいな、ご飯とノドグロって幸せだな」って思いましたね(笑)。あと、普通にお肉も好きです。
小僧 最近、観ておもしろかった映画はあったら教えてください。
千之助 007の新作『ノー・タイム・トゥ・ダイ』ですね。ダニエル・クレイグのジェームズ・ボンドをもう1回全部見たいなと思いました。007って、ショーン・コネリーから始まって、ダニエルは6代目ですけれど、前の人たちとは真逆のタイプじゃないですか。ぴしっと決めた、ザ・二枚目の人というより、ダニエルはザ・男らしいタイプ。それでも自分のものにしちゃうところがすごいですよね。「カジノ・ロワイヤル」から「慰めの報酬」「スカイフォール」「スペクター」を通しで全部見て、もう1回「ノー・タイム・トゥ・ダイ」行きます。
部長 今後、歌舞伎でやってみたい演目、お役はありますか。
千之助 いっぱいあります。『女殺油地獄』に、『封印切』に、『吉田屋』に。やはり祖父の当たり役が多いですね。あとは『鏡獅子』。これは勘三郎のおじちゃまの影響です。
小僧 うわ~、千之助さんが演じる『女殺油地獄』の与兵衛、めっちゃ観てみたいです!! では最後に、自分らしい生き方って、どんな生き方だと思いますか。
千之助 僕らしい生き方は、やっぱり「のらりくらり」ですね。「のらりくらり」というとマイナスにとられがちですけれど、いい意味で「てきとう」に。「てきとう」の字も、僕の中では「適当」でなく「的当」。的に当てるほうですよね。要所、要所頑張って、抜くとこ抜いて、そのバランスを保てるようにしたいです。
そして、1つのことに固執せずに、ことでも、ものでも、人でも、いろんな視野だったり、いろんな考え方だったりを持ちたいなと思っています。
小僧 千之助さんの自由で、自然体で、柔らかいものの考え方、素敵です♪
部長 本当に!! これからの活躍がますます楽しみになりました☆彡今月も27日までの公演がありますが、残りの舞台もめいっぱい頑張ってください!!
■『吉例顔見世大歌舞伎』
日程/2021年11月1日(月)~26日(金)
【休演】8日(月)、18日(木)
劇場/東京都 歌舞伎座
第二部 午後2時30分~
一、「十世 坂東三津五郎七回忌追善狂言 寿曽我対面」
出演
工藤左衛門祐経:尾上菊五郎
曽我五郎時致:坂東巳之助
曽我十郎祐成:中村時蔵
小林朝比奈:尾上松緑
八幡三郎:坂東彦三郎
梶原平次景高:坂東亀蔵
化粧坂少将:中村梅枝
秦野四郎:中村萬太郎
近江小藤太:河原崎権十郎
梶原平三景時:市川團蔵
大磯の虎:中村雀右衛門
鬼王新左衛門:市川左團次
後見:坂東秀調
二、「連獅子」
作:河竹黙阿弥
出演
狂言師右近後に親獅子の精:片岡仁左衛門
狂言師左近後に仔獅子の精:片岡千之助
浄土僧専念:市川門之助
法華僧日門:中村又五郎
撮影/ISAC〈SIGNO〉
ヘア&メイク/Yusuke Saeki〈beauty direction〉
スタイリスト/小松嘉章
取材・構成/バイラ歌舞伎部 まんぼう部長……ある日突然、歌舞伎沼に落ちたバイラ歌舞伎部部長。遅咲きゆえ猛スピードで沸点に達し、熱量高く歌舞伎を語る。 ばったり小僧……歌舞伎歴2年。やる気はあるが知識は乏しい新入部員。若いイケメン俳優だけでなく、オーバー40歳の熟年俳優も大好き。