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【私の3年間の不妊治療|後編】低AMH卵巣年齢43歳の現実、体外受精・顕微授精という決断

【私の3年間の不妊治療|後編】低AMH卵巣年齢43歳の現実、体外受精・顕微授精という決断

こんにちは!

スーパーバイラーズの武田あゆみ(@ayumi_takedaa)です。

 

 

こちらの記事では、前回の前編に続いて

私の3年間の不妊治療の後編をお伝えしていきます。

 

 
あくまで私個人の記録ではありますが、

同じように不妊治療と向き合っている方のもとにこの経験が届きますように。

 

 

 

↓前半の記事はこちらからご覧いただけます↓

【私の3年間の不妊治療|前編】PCOS診断から始まった、タイミング療法と人工授精の日々
【前編】PCOS診断から始まった、タイミング療法と人工授精の日々

CONTENTS

  1. 改めて向き合った、自分自身の性格
  2. 病院に通わなかった、不妊治療2年目
  3. 33歳の誕生日をタイムリミットに
  4. 病院を変えた理由と、衝撃の検査結果
  5. 体外受精が始まってから
  6. 採卵と、突きつけられた現実
  7. 移植、そして判定日
  8. まとめ

改めて向き合った、自分自身の性格

人工授精を6回続けてうまくいかず、

「次のステップに進むかどうか」を考え始めた頃、

私は改めて自分自身の性格と向き合うことになりました。


これまでの人生を振り返ると、

勉強でも、部活やスポーツでも、仕事でも、

頑張れば頑張るほど結果が出ると信じて生きてきました。


負けず嫌いで、完璧主義なところもあり、

「ちゃんと行動した分、ちゃんと返ってくる」

そう信じて生きてきたと思います。


だから不妊治療も、

自分が頑張れば、きっと結果が出るものだと

どこかで思っていました。

  • 京都岡崎神社(うさぎ神社)のうさぎ

    京都で有名なうさぎ神社🐰

  • 兵庫中山寺の御朱印

    趣味の御朱印集めも子授けにご利益のある神社に行くことが増えました

そのため、

不妊治療にいいと言われていることは、

ほとんど試しました。

 


・よもぎ蒸しや酵素風呂などの温活

・インディバやアーユルヴェーダなどの美容

・ウォーキング、ヨガ、ピラティスなどの運動

・妊活鍼灸

・漢方やサプリメント

・食生活の見直し

・子授け神社の参拝

など

 


思いつくものは、ほぼ一通りやったと思います。

 


それでも妊娠には至らず、

どれだけ頑張っても結果が出ない。

終わりの見えないゴールに向かって走っているような感覚でした。

 


この現実とのギャップが、

今振り返ると、いちばんしんどかったのかもしれません。

 

 

 

主人や両親からは

「そんなに頑張りすぎるからじゃない?」

と言われることもありました。

 


やれることはすべてやりたい、という

自分の性格を否定されたように感じてしまい、

(ホルモン剤の影響もあり、常に情緒は不安定でした)

泣き喚いてしまうことも、正直少なくありませんでした。

病院に通わなかった、不妊治療2年目

人工授精を終え不妊治療2年目に入ったこの期間、私はほとんど病院に通っていませんでした。


いわゆる治療はお休みし、

自主的にタイミングを取る、

自己流の妊活を続けていた時期です。


体外受精にステップアップするかどうかのタイミングで、

夫は

「不妊治療をやめたら自然にできる」

「病院に行かなくなったら授かるかもしれない」


そういった考えを信じて、

もう少し様子を見たいというスタンスでした。


結果的にこの1年は、

夫の気が済むまでやってみよう

そんな気持ちで続けていた部分も大きかったと思います。


案の定、妊娠には至りませんでした。

ただその頃の私は仕事も軌道に乗っていて、

「まだ不妊治療を休んでいてもいいのかもしれない」

と思う気持ちさえありました。


ただ一方で、

芸能人やインフルエンサーの方が

卵子凍結をしているというニュースを目にすることが増え、

女性にはタイムリミットがあるという現実を

改めて突きつけられました。


ずるずると時間だけが過ぎていくことへの焦りが、

少しずつ大きくなっていきました。

33歳の誕生日をタイムリミットに

そこで私が決めたのが、

33歳の誕生日をタイムリミットにするということ。


「それまでは夫の考えを尊重する。

でも、もし妊娠できなければ体外受精に進みたい。

それが難しいなら、一人で卵子凍結をする」


そう伝え、その期限については

夫の同意も得ることができました。


誕生日から逆算して、約4ヶ月前。

ちょうど仕事を辞めるタイミングで、

時間的にも通院しやすい時期に

不妊治療を再開することにしました。

病院を変えた理由と、衝撃の検査結果

体外受精に進むタイミングで、通う病院を変える決断をしました。


これまでの病院も不妊治療では有名でしたが、

どこか引っかかる気持ちが拭えなかったからです。


新しい病院では、

体外受精を前提とした検査を一から丁寧に行い、

そこで衝撃的な事実を知らされました。


AMHが低く、卵巣年齢が43歳相当であること

卵子の残りの数がかなり少ないこと

・子宮頸がんの再検査が必要な状態であること

・夫側には特に問題がなかったこと


「卵子の質は年齢相当なので、妊娠の可能性は十分にある」

「ただ、これ以上待てる時間はほとんどない」


医師からは、

できるだけ早く体外受精に進むべきだと

はっきり伝えられました。


この現実を夫に伝えたことで、

長年賛成を得られなかった体外受精に、

ようやく進むことができました。

体外受精が始まってから

体外受精採卵のための自己注射

採卵のための自己注射

※体外受精の治療の際は会社員を辞めていたので

スケジュール管理がしやすく通院がしやすい時期でした。

  

 

 

体外受精に進み、最初に始まったのが採卵に向けた準備でした。


飲み薬に加え、

お腹に自分で打つ自己注射。


旅行中も保冷剤に入れて注射を持ち歩き、

時間を気にしながら打つ日々。


最初は注射を自分のお腹に刺すことに

かなり抵抗がありましたが、

毎日のことなので次第に慣れていきました。


この時期、自分の中で決めていたことがあります。


それは、

SNSで体外受精の体験談や見たり検索をしないこと。

 

 

妊活1年目の時は検索魔になって

自分自身が疲れてしまっていたので、

必要な情報は病院の先生から聞き、

不安を自分で増やさないよう意識して過ごしていました。

採卵と、突きつけられた現実

  • 採卵直前の緊張している自分の写真

    採卵直前の緊張している私

    前日メンタル不安定で大泣きして目が腫れています

  • うどん

    採卵後に食べたお昼ご飯

採卵前は、

10個前後は取れるのではないか、

6個くらいは受精卵を凍結できたらいいな、

そんな期待をしていました。


でも実際に取れた卵子は 5個。

(費用的にも最小ラインでした)


採卵後はかなり痛みがあり、

歩くのもつらい状態で

不妊治療の中で、

採卵が一番つらく、痛い治療だったと思います。

受精方法は、

体外受精と顕微授精を半分ずつ選択。


その結果、

凍結できた受精卵は 2個でした。


数としては悪くない結果だと言われましたが、

もし移植がうまくいかなければ

再び採卵が必要になる可能性もあると伝えられました。


凍結数が少ない以上、

時間を空ける選択肢はなく、

すぐに移植へ進む流れとなりました。

移植、そして判定日

星のや富士での写真

旅行にたくさん行ってリフレッシュをしました

採卵周期のあとは、

移植周期を1ヶ月遅らせてその間

友人と過ごしたり、

夫婦や家族で旅行に行ったり、

自分がしたいことを思いきり楽しみました。


移植周期に入ってからも、

ネット検索は控え、

妊活のためにプラスαできることはしない

できるだけストレスフリーな生活に。

移植当日は拍子抜けするほどあっさりで、

「これで終わり?」と思うほどでした。


判定日までの約10日間も、

妊娠検査薬は使わず、

静かにその日を待ちました。

 

 

 


そして判定日。

血液検査の結果は 陽性

 

 

まさか1回で陽性になると思っていなかったので、

すぐには実感が湧きませんでした。


先生から「おめでとう」という言葉はなく、

それがかえって現実的で、

「まだ安心できない段階なんだ」と感じました。


移植から妊娠8週までは毎日の服薬を続けることと

また不妊治療クリニックで毎週経過観察を受け、

無事に不妊治療クリニックを卒業することができました。


卒業の記念に、

採卵後の卵子と精子が受精していく

実際の映像データをいただきました。


体外受精・顕微授精でしか残せない

大切な記録を手元に残せたことは、

本当にありがたかったです。

まとめ

3年間を振り返って、正直に言うと

終わりの見えないゴールに向かって走り続けているような感覚で、

「本当にしんどかった」という気持ちが一番にあります。


不妊治療は、どれだけ自分ひとりで頑張っても、

努力だけで結果をコントロールできるものではありませんでした。


性格上、周りに相談することができず、

何でも自分ひとりで抱え込んで頑張りすぎてしまう私は、

知らず知らずのうちに自分を追い込んでいたのだと思います。


そんな中で、

友人や妊活鍼灸の先生に不安な気持ちや愚痴を聞いてもらったり、

妊活についてのアドバイスをもらえたり、

精神的に支えてもらえたことは、本当に大きな救いでした。

 

 

また、不妊治療は自分ひとりのことではなく、

夫婦のことだからこそ、すれ違いながらも話し合い、

一緒に乗り越えていく必要があるのだと強く感じました。

そして今、こうして妊娠に至って思うのは、

妊娠は本当に「奇跡」のようなことだということです。


当たり前のことではなく、

たくさんの条件やタイミングが重なって初めて起こることなのだと、

身をもって実感しています。


焦っても、頑張りすぎても、どうにもならない時間があったからこそ、

今ここにたどり着けたのだと思います。

この経験が、

同じように悩んでいる誰かの心を、

ほんの少しでも軽くするきっかけになれば嬉しいです。


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