バイラ読者のお悩みに東京大学名誉教授の姜尚中さんが回答! 非正社員として働く32歳の女性。自分の将来が心配で夜も眠れなくなるという投稿に、姜さんのアドバイスは?
〈お悩み〉お金、結婚、介護…。自分の将来を考えると憂うつで夜も眠れません(M・32歳・派遣)
非正規社員として働いていますが、薄給なため、貯金はできないし、この不景気では、いつクビになってもおかしくありません。結婚もまだなので、このまま一生一人だったらどうしよう……と考えると鬱々とした気分になります。お金もない上に、一人で両親の介護を担うことを考えると、ぞっとして夜も眠れなくなります。
人間関係の幅を広げて社会関係資本を豊かにすることを心がけて──姜
「将来が不安」という声は、アンケートでも多数ありました。その原因は、ネオリベ(新自由主義)的な政治によって、「公」の部分が削られたことだと思っています。
雇用にしろ、介護にしろ、本来、政治が解決しなければならない問題です。ところが今の世の中は、「公助」が担うべきことを「自助」の領域に転嫁しているところに大きな不幸があります。また私たちの中にも人に頼らないことを美徳とする考えが浸透していて、貧困や介護は自己責任でやるべきことだと感じています。そこに生きづらさの正体があります。
これを変えるには、もっと「公助」を充実させるような政治をつくっていくことが必要ですが、それには、かなり時間がかかります。その間に個別的にできることがあるとしたら、「社会関係資本をより豊かにすること」、これに尽きます。
社会関係資本というのは、人と人との助け合いのネットワークのことです。緊急時にそうしたネットワークが提供してくれる食糧や医療、人脈は、お金と同等の価値がありますから、困っている人の救いになってくれるはずです。
ですからMさんも地域活動に参加するとか、趣味のサークルに参加するなどして、人間関係をどんどん広げていってほしい。社会との結びつきを強固にすることで、将来への不安も軽減されるはずです。
とはいえ、どんなに備えても未来はコントロールできるものではありません。たとえお金持ちと結婚したとしても、この時代、夫の商売が破綻する可能性もあります。
しかし、状況が悪くなっても苦しみや悲しみを受け入れて、自分という器を大きく、深くしていったときに、初めてリスクに左右されない何かが手に入るのです。そして自らのパーソナリティを強くすることで、私たちは不確実性に伴う不安を抱きしめて生きていけるのだと思います。
1月26日(水)発売! 『それでも生きていく 不安社会を読み解く知のことば』
1月26日(水)発売!『それでも生きていく 不安社会を読み解く知のことば』
1月下旬に上梓される本書は、2010年から2021年まで、女性誌で連載されていた姜さんの人気連載をまとめたもの。この間、東日本大震災、中国の台頭、トランプ大統領の誕生、新型コロナウイルスのパンデミック……と、世界も日本も揺れに揺れた。そんな不安社会の構造を姜さんが読み解き、苦しみや悲しみを乗り越えて生きていく術を示してくれる、現代の救済の書。劣化する日本の政治、変わりゆく知のカタチ、ジェンダーをめぐる攻防、問われる人間の価値、不透明な時代の幸福論とテーマも刺激的で、知的好奇心が満たされること間違いなし!!
『それでも生きていく 不安社会を読み解く知のことば』
姜尚中著
集英社 1650円
姜尚中(かんさんじゅん)
1950年、熊本県生まれ。東京大学名誉教授。長崎県鎮西学院学院長。熊本県立劇場館長。専門は政治学・政治思想史。著書に『悩む力』『漱石のことば』『母―オモニ―』『トーキョー・ストレンジャー』など多数。
撮影/渡部 伸 イラスト/塩川いづみ 取材・原文/佐藤裕美 ※BAILA2022年2月号掲載