妻夫木聡、窪田正孝の名演に鳥肌！ 珠玉のミステリー『ある男』をレビュー【シネマナビ】

©2022 「ある男」製作委員会

『ある男』

一生懸命に努力して、手に入れた今の人生。でも、ふとした瞬間に「これでいいのか」という疑問が頭に浮かぶ。大抵は現実と折り合いをつけていくのだろうが、別人として生きることを夢見た経験は、多かれ少なかれ、誰にでもあるのかもしれない。

平野啓一郎の同名小説を原作とする『ある男』は、別人になりすましていた男Xと、その事件の調査を通して、「私は何者か」を自らに問いかけていく弁護士・城戸のドラマを描き出すミステリー作品だ。

離婚して子連れで故郷に戻った里枝（安藤サクラ）の前に、一人の男・大祐（窪田正孝）が現れる。どこか影のある大祐と心を通わせる里枝。やがて二人は結婚し、子どもも生まれて家族4人で幸せな家庭を築いていた。

だが、不慮の事故で大祐が他界したことを機に、愛していた夫は名前もわからない人物＝Xであることが判明する。なぜ、夫は別人となって生きていたのか？

里枝は以前世話になった弁護士・城戸（妻夫木聡）に、身元調査を依頼する。Xの過去をたどりながら、真実に迫る城戸。Xについて知れば知るほど、裕福な実家を持つ妻と可愛い娘に恵まれ、完璧な人生を送る城戸の心に、ざわざわとした不穏な感情が広がっていく……。

Xがたどってきた人生は、あまりにも理不尽で過酷だ。もし、自分が彼の立場だったとしたら、果たしてどんな選択をしただろうかと思わずにはいられない。窪田正孝の演技はすさまじく、柔和な表情の中にも狂気を秘めた危うさに息をのむ。誰も救うことができないような“闇”を体現するシーンでは、思わずぞわり。

そんな窪田の魂を削るような演技に対して、弱者に寄り添う弁護士、城戸を演じる妻夫木聡の演技は静かな気迫に圧倒される。Xとは対照的に日の当たる道を歩んできたように見える城戸。だが、特権階級的な妻の一家の無神経さに、穏やかな表情がかすかにゆがむ。さらにある人物にあからさまに在日韓国人三世であることを揶揄されたとき、城戸の笑顔は凍りつき、いらだちが表面化する。その瞬間の妻夫木の演技のすごみに鳥肌。

人は、どんな瞬間に自分ではない何者かになりたいと願うだろうか？　Xを心から愛した里枝にとって、目の前にいた彼が何者であるのかは重要なことなのか。あるいは、別人になったXは幸せだったのか？　そして、城戸は自分自身と向き合いながら、最終的にどのような人生を歩みたいと願うのだろうか。

それぞれの決断を反芻しながら、「私は何者か」という本作の深遠なテーマについて、秋の夜長に考えを巡らせてみたくなる。

監督／石川慶
出演／妻夫木聡、安藤サクラ、窪田正孝
公開／11月18日（金）より、全国公開

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『マリー・クワント スウィンギング・ロンドンの伝説』
1960年代、スウィンギング・ロンドンと呼ばれるカルチャーを牽引した伝説のデザイナー、マリー・クワント。当時の熱狂やデザインの秘密、知られざる夫婦のエピソードなどにも迫るドキュメンタリー。

監督／サディ・フロスト
出演／マリー・クワント、ケイト・モス
公開／11月26日（土）より、Bunkamura ル・シネマほかにて全国順次公開

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『チケット・トゥ・パラダイス』 
ジュリア＆ジョージが、20年前に離婚した元夫婦役で共演。卒業旅行で訪れたバリ島で、現地の男性との結婚を決めた娘を止めるべく奮闘する。美しい自然にも心躍る、ハッピー＆王道のロマコメ！

監督／オル・パーカー　
出演／ジョージ・クルーニー、ジュリア・ロバーツ
公開／11月3日（祝・木）より、全国公開