書評家・ライターの江南亜美子が、バイラ世代におすすめの最新本をピックアップ! 今回は、豊かな語りに魅了される2冊、西加奈子の『くもをさがす』とアリ・スミスの『五月 その他の短篇』をご紹介します。
江南亜美子
文学の力を信じている書評家・ライター。新人発掘にも積極的。共著に『世界の8大文学賞』。
声の鮮やかさに身をまかせて。豊かな語りに魅了される2冊
コロナ禍、カナダの病院で女医に告げられた言葉。「ああ、あるな。1センチのしこり」。44歳の体をむしばむ浸潤性乳管がんと向き合う日々が始まった。坊主頭の自分を美しいと感じたこと、抗がん剤の副作用で階段だらけの自宅内の移動に何度も休憩が必要なこと。趣味の柔術を休もうとしたら看護師に「がん患者やからって、喜びを奪われるべきやない」と言われたこと。静かなバンクーバーの街で、多くの友人と家族、そして書物の言葉に支えられながら、心身の変調を見つめた記録が本書だ。
あらためて「人は一人では生きてゆけない」と感じたのは異国の地だったから。移民の多い国の人々の気風に助けられ、子育ても食事もメンタルの安定も、人の手を借りる。自分の弱さを認め、すがすがしく生きていく。「自分の輪郭がシンプルになった」
がん治療はつらい。しかしそれをからっと書くのが西加奈子らしい(会話が関西弁なのも)。人生は続く。バンクーバーと日本の対比によって、本書は現代日本の考察の一面も持つ。
全体を通して、ただ生きることを肯定する力強さがあふれている。同情心からではなく、その著者の美しい生への姿勢により、心が震える。
『くもをさがす』
西加奈子著
河出書房新社 1540円
「生きているあなたに」美しい瞬間のメッセージ
幼い子と夫とともに長期滞在するカナダで、がんになる。折しもコロナ禍で医療体制はひっ迫。不安と緊張の日々のなかで体験し、考えたことを記すノンフィクション。幸福とは何か、読者につきつける。
これも気になる!
『五月 その他の短篇』
アリ・スミス著 岸本佐知子訳
河出書房新社 2200円
脳の喜ぶ言葉の戯れ。不思議風味の物語たち
私が近所の木に恋してしまう「五月」、正装したバグパイプの楽隊につきまとわれる老女の「スコットランドのラブソング」など、12カ月、12の短編を収録。奇想の軽やかな飛躍と自由さが楽しい短編集。
イラスト/ユリコフ・カワヒロ ※BAILA2023年7月号掲載