海外エンタメ好きなライター・今 祥枝が、おすすめの最新映画をピックアップ! 今回は、写真家ナン・ゴールディンがアーティスト生命をかけて巨大資本に闘いを挑むドキュメンタリー映画『美と殺戮のすべて』をレビュー。
『美と殺戮のすべて』
アーティストの人生を通して伝える、芸術と社会運動の密接な関係
©2022 PARTICIPANT FILM, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
オピオイド危機について、ご存じだろうか。1995年、アメリカで製薬会社パーデュー・ファーマが承認を受けてオピオイド系処方鎮痛剤「オキシコンチン」を販売した。常習性が低く安全をうたい、一般に広く処方されるようになったが、依存症や過剰摂取による中毒死が急増。全米でこれまで50万人以上が死亡し、深刻な社会問題となっている。
近年は、被害の実態や事の深刻さを伝える映画やドキュメンタリーが多く製作されている。しかし、著名な写真家でビジュアルアーティストのナン・ゴールディンが、自身のアーティスト生命をかけて巨大資本に闘いを挑む『美と殺戮のすべて』は、それらとは異なるアプローチで芸術と社会運動の密接な関わりを浮き彫りにしている。
製薬会社パーデュー・ファーマを営む大富豪サックラー家は美術館や大学などに多額の寄付をしており、その名を冠された展示スペースやプレートがある。ゴールディンと仲間たちは、自分たちと関係の深い美術館からサックラーの名前を消し去るべく、ニューヨークのメトロポリタン美術館をはじめ国内外で抗議活動を展開する。
ゴールディンは、自身もオピオイド中毒を乗り越えた経験を持つ。それだけでも「P.A.I.N.」という団体を設立して活動する理由はよくわかる。しかし、映画は並行して彼女の人生を追う。複雑な家庭環境やトラウマ、1970年代初頭から友人やアーティストの生活を記録する写真家として、エイズなどの社会問題と向き合ってきた歴史と彼女の作品をたどることには、大きな意味があるだろう。
ゴールディンは最初から政治や社会に関心が高く、問題意識を持っていたわけではなかった。ただ懸命に生き抜いてきた中で、芸術も、また人が生きるためにも必然的に、社会問題とそれらに対して機能しない政治の責任追及と無縁ではいられないことを身をもって知ったのだ。近年は「アーティストが政治的発言をすることのリスク」についてしばしば議論が紛糾するが、いかにナンセンスであることかと思わずにはいられない。
監督・製作/ローラ・ポイトラス
出演・写真&スライドショー・製作/ナン・ゴールディン
配給/クロックワークス
公開/3月29日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開
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イラスト/chii yasui ※BAILA2024年4月号掲載