「落ちるの一秒、ハマると一生」と言われる歌舞伎沼。その深淵をのぞき、沼への入り方を指南する本連載。今月紹介するのは、11月歌舞伎座特別公演『ようこそ歌舞伎座へ』に出演している中村虎之介さん。立役から女方まで幅広く活躍する注目の花形俳優です。『ようこそ歌舞伎座へ』で案内役を務めるほか、舞踊『石橋』では、獅子の精を勤めています。ファッションにも詳しく、今どきのカルチャーにも通じている虎之介さんだけに、歌舞伎初心者や外国人観光客だけでなく、歌舞伎ファンも楽しめるように企画を盛り上げてくれるはず。そこで虎之介さんに歌舞伎の楽しみ方からご自身のプライベートまでをバイラ歌舞伎部のまんぼう部長とばったり小僧が深堀りします!!
■高校生のときから5年間、裏原でバイトしていました
↑中村虎之介●なかむら とらのすけ 1998年、東京都生まれ。屋号は成駒家。 父は三代目中村扇雀、祖父は四代目坂田藤十郎。2001年に初お目見得、2006年1月に歌舞伎座「壽 初春大歌舞伎」の『伽羅先代萩』にて、初代中村虎之介を名乗り初舞台。コクーン歌舞伎には、2021年上演の『夏祭浪花鑑』で初参加。
まんぼう部長 歌舞伎のお話をする前にちょっとお洋服のお話を(笑)。虎之介さんが服好きだということはウワサで聞いていましたが、本当におしゃれさんなんですね! 歌舞伎俳優のイメージが一新される感じです。
ばったり小僧 本当に! 今日着ていらっしゃるのも私服なんですよね。まるでスタイリストさんが用意したお洋服のようにバッチリ決まっています。上下デニムに派手めのスニーカー、とっても似合っていますね! お洋服はいつ頃からお好きだったんですか。
虎之介 高校生のときから5年間、いわゆる「裏原」でバイトをしていて、それですっかりハマりましたね。販売とか営業とか色々やって、最後のほうはもう本社の社員になれるぞくらいにまでなって(笑)。コロナ禍で歌舞伎の公演がなくなったときに、(中村)七之助さんに「歌舞伎がなくなったら、虎が一番成功するわ」って言われました(笑)。
小僧 そんなに本格的にやっていたとは!?
虎之介 裏原のカルチャーに興味があったんですよね。あまりに熱心に仕事をしていたので、店長に「おまえ、家のほうは大丈夫なのか」って何度か心配されました(笑)。
↑デニムが大好きという虎之介さん。歌舞伎界のおしゃれ番長です!「今日着ているのは、上下ともNIGO®さんのブランド、HUMAN MADEのものです。スニーカーもNIGO®さんとNIKEがコラボしたもの。以前、HUMAN MADEのイメージモデルを務めたことがあり、NIGO®さんとは今でも仲よくさせていただいています」
小僧 お父さま(中村扇雀)も心配されたでしょうね。
虎之介 そうですね。当時は、歌舞伎よりもファッションに夢中になっていた時期だったのですが、逆に他の世界を見たことが糧となって、今につながっていることがたくさんあると思っています。 裏原って、音楽とファッションが融合したカルチャーなんです。それって意外にも歌舞伎と通じるところがあるんですよね。
だからNIGO®さんとか、ファッション業界の人が歌舞伎を観ると、すごく面白がってくれるし、やっぱり衣裳の色使いとか、僕たちの視点とは違うところで観ていて、それがとても面白くて。そういう考え方を知ることで、自分も役者としての幅が広がるんじゃないかと思いました。
部長 さて、そんな虎之介さんが11月歌舞伎座の特別公演『ようこそ歌舞伎座へ』にご出演されます。
虎之介さんは、歌舞伎座を裏側まで紹介する『ようこそ歌舞伎座へ』のナビゲーターを務めるほか、『石橋』で獅子の精も勤められます。
虎之介 はい。まず『ようこそ歌舞伎座へ』は、歌舞伎座の舞台装置や照明などをフル活用しながら、歌舞伎座という劇場の裏側を紹介しつつ、立廻りなどの実演も入れ込み、歌舞伎のおもしろさをお伝えできたらと思っています。
小僧 これまでも国立劇場の「歌舞伎鑑賞教室」で解説を務められたことがあるので、その経験も生かせそうですね。
↑『歌舞伎鑑賞教室』の解説をやったとき、虎之介さんは、あることに気づいたそう。「学生さんとか歌舞伎をあまり観たことがない人よりも、いちばん喜んでいるのは普段、歌舞伎を観ている方々だと気づきました。普段は観ることができないものが観られるので、すごく面白がってくださるんですよね。今回の『ようこそ歌舞伎座へ』も歌舞伎ファンの方々にも喜んでもらえるものにしたいです」。これは期待したい!!
虎之介 そうですね。じつは若い頃、国立劇場でやっていた「歌舞伎鑑賞教室」をお客さんとして観たことがあるんですけれど、そのとき、周りの学生が退屈そうにしていて、もっと若者の気を引く演出が必要だなと思ったんです。
それで自分が『歌舞伎鑑賞教室』をやることになったとき、考えました。 どうしたら若い人のテンションが上がるか――これは簡単なんです、会場を真っ暗にすればいいんです。照明がパッと消えた瞬間、若者は「うぉ~!」って盛り上がる(笑)。
小僧 なるほど~! ライブの前みたいな感じですね。
虎之介 ですね。それで『歌舞伎鑑賞教室』でも、まずは劇場を真っ暗にしたところから洋楽をガンガン流して、照明をピカピカにして(笑)。あえて和服ではなくて、カジュアルな洋服で登場して。それでデニムのセットアップから10秒くらいで羽織袴に早替りをするのを披露したりしました。
部長 それは斬新! しかも10秒って!!
虎之介 今回も初心者のかたには、「歌舞伎ってこういうものだったのか!?」という意外性を楽しんでいただけるように、また普段、歌舞伎をご覧になっているかたにも絶対喜んでいただけるものをお見せできるようにしたいです。
部長 そういう発想が出てくるのは、それこそファッション業界の方々とつきあって、イベントなんかをたくさん経験してきたからの発想かもしれないですね。
虎之介 だと思います。たぶん普通に歌舞伎だけやってきたら、そういう発想にはならなかったと思いますね。 品位ある歌舞伎座では、そこまで過激なことはできないかもしれないですけれど(笑)、限界まで挑戦してみます!
■歌舞伎座でいちばん好きな場所は、すっぽんの真下です(笑)
↑目指す歌舞伎俳優像は?「唯一無二の存在、ということを目標においています。今活躍していらっしゃる方々は、それぞれの色がありますよね。僕も『あの役だったら虎ちゃんにやってもらいたいよね』と言っていただけることを目指して頑張りたいです」
小僧 歌舞伎をあまり観ない人からは、「言葉が難しくてわかりにくい」という声をよく聞きます。初心者はどんなふうに歌舞伎を楽しんだらいいと思いますか。
虎之介 確かに最初から物語を理解するのは大変だと思うんですよ。長い物語の一部分を抜粋して上演していたりするので初心者には理解しにくいですよね。だから最初は単純に「あの役者、かっこいいな」とか、華やかな衣裳を目で楽しむとか、音楽を耳で楽しむとか。そういう感覚的なところから歌舞伎に触れていただくというのがいちばん大事かなと思っています。
イヤホンガイドっていう便利なものがあるんですけれど、僕の説明を聞いていただいたらわかるはずなので、今回はつけないで観ていただきたいですね。つけていたら没収したいと思います(笑)。
部長 そういう意味で、舞踊の『石橋』は、歌舞伎をよくご存じない方にもイヤホンガイドなしで楽しんでいただけそうですね。獅子の精が長い毛を振る勇壮な“毛振り ”が見どころのひとつで、今回は、尾上松緑さんを筆頭に、同世代の中村萬太郎さん、中村種之助さん、中村福之助さん、そして虎之介さんと、同世代4人の皆さんで獅子の精を勤められます。
虎之介 そうですね。2015年にも歌舞伎座で、(松本)幸四郎さん、(中村)壱太郎さんと『石橋』をやっていて、そのときはまだまだヘタくそだったんですけれど、あれから何度か獅子をやらせていただいているので、今度はもっとちゃんとしたものがお見せできるといいなと思います。
↑獅子の精の毛振りは、みんながそろっているのが美しいんですか?「僕は合わせたほうがきれいだと思うけれど、気にしない人もいるし。『連獅子』のように親子で毛振りをする場合は、親の毛振りに子どもがついて来られなくて、遅れをとってしまうのが、逆に美しく見えたりすることもありますよね。だからその時次第。今回も誰か一人だけ目立とうとするヤツがいるかもしれないし(笑)。僕はいちばん年下なので、松緑さんをはじめ皆さんに合わせたいと思います!」
小僧 毛振りのうまいヘタって、どこで見分けるものなんですか。
虎之介 体と毛が一緒に動いてしまうと汚く見えるので、体はブレずにドシッと構えて、毛だけをきれいに回すことが大事ですね。それとだんだん疲れてくると毛先が寝ちゃって、ペニョンっとしおれた花のようになってしまうんです。
でも、うまい人は、毛が「立つ」と言ったりしますけれど、ずっと毛が大きな弧を描き続けるんですね。今回は、僕もそういう勇壮な毛振りを披露できるように頑張ります。
小僧 ところで虎之介さんが歌舞伎座でいちばん好きな場所ってどこですか。
虎之介 じつはあまりなくて(笑)。というのも、歌舞伎座って歌舞伎にとっての聖地なので、ぴゅって気が引き締まる空気があるんです。舞台袖は大道具さんなんかがぴりぴりしているし、楽屋も先輩と一緒だったりしたら全然くつろげないし(笑)。
唯一、気が休まるのがすっぽんの真下かな。花道の七三(しちさん)と呼ばれる場所にすっぽんと呼ばれる小さいセリの一種があるんですけれど、その下ですね。
部長 幽霊とか妖術使いとか、あやしげなキャラクターが出てくるところですね。すっぽんの下といったら、かなり暗いんじゃないですか。
虎之介 けっこう暗いです。そこに一人でいるときが唯一、一息つけるときですね。
小僧 だいぶこじらせている感じですけれど大丈夫ですか(笑)。仲間とわちゃわちゃやっているほうが好きかと思ったんですけれど、違うんですね。
虎之介 僕、意外とそういうタイプなんですよ(笑)。友達とわいわいやるのも嫌いじゃないけれど、一人時間のほうがじつは好きなんです。
■立役と女方、その両方を“二刀流”でやっていきたい
↑表情豊かで、どう撮っても絵になる虎之介さんに、カメラマンのつゆっきーも「かわいいです!」「素敵です!」を連発。ちなみにプロ野球ファンが多い歌舞伎俳優ですが、虎之介さんもそのひとり。「みんな推し球団が違うんですよね。勘九郎さんが中日で、七之助さんが阪神。松本幸四郎さんと僕が巨人。坂本選手を応援しています」。
部長 それにしてもこの1年は虎之介さんにとって飛躍の1年だったんじゃないでしょうか。大きなお役にもチャレンジしました。
虎之介 そうですね。去年の12月歌舞伎座では『天守物語』で姫川図書之助を勤めさせていただいたり、有難いことに、ずっと忙しくさせていただいています。中でも5月に(中村)勘九郎さん、七之助さんとご一緒した『歌舞伎町大歌舞伎』はとても勉強になりました。
小僧 昨年できた東急歌舞伎町タワーの劇場、THEATER MILANO-Zaで上演した舞台ですね。勘九郎さん、七之助さんとともに、虎之介さんも大活躍でした! 世話物の新作『福叶神恋噺』では、主役の大工辰五郎のダメンズぶりが最高で笑わせていただきました!
虎之介 あの舞台では、色々な気づきがありました。世話物のコメディって、自分では得意なジャンルだと思っていたんですけれど、得意なものほど難しいということを痛感させられましたね。
ここで一間置いたら、面白いはずだよねっていうところで、意外と反応が薄かったり。それで人からアドバイスをもらってやると、笑いがとれたりするので、自分の感性とお客さまの感性って意外と違うということがわかって、とても勉強になりました。
部長 虎之介さんは立役も女方も両方されていて、そのときどきで、全然違う声になるので、すごいなと思って拝見しています。この先、どっちをやっていきたいというのはあるんですか。
↑目ヂカラが強くて、笑顔が超キュート。お肌がつやつやなのは、サウナが趣味だからなのかも!?「中村屋のサウナグループがあって、ラインで活動報告が色々送られてくるんですよ。この前、僕が巡業に一緒に行けなかったときには、七之助さんが花と一緒に写っている写真が送られてきて(笑)。めちゃくちゃ普通の旅行写真で面白いんですけれど、いらねぇぞ! と思ったりしています」
虎之介 もともとうちの家は立役と女方、どちらもやるのが当たり前なので、僕も両方やっていくつもりです。ただ、両方やるといっても普通は白塗りのきれいな立役と女方なんですね。ところが僕の場合、隈取をするような勇ましい立役のお役をいただくことがあって、それと娘役だったりすると、ふり幅が大きくて、けっこう大変なんです。
部長 確かに赤っ面の朝比奈(『寿曽我対面』)や力士の放駒(『双蝶々曲輪日記 角力場』など、女方とはかけ離れたお役もされていますね。
虎之介 そうなんですよ。放駒をやるために体重を増やしたりすると、同じ月に娘役ができますかっていうと、けっこうきつい。でも、そのふり幅の大きいところを両方できる役者に僕はなりたいんです。
とはいえ、低く野太い声を出したあとに娘の声を出したりすると、喉を傷めてメンテナンスが必要になったりして。どこまで続けられるかわからないですけれど、どちらもできるのが圧倒的にかっこいいなと思うので、できる限り“二刀流 ”でやってみたいと思っています。
部長 今後のご活躍が楽しみです! ますます忙しくなりそうですね。
虎之介 じつは今年はずっと忙しくて走り抜けてきたので、少し落ち着いて自分を見つめ直したいと思って、10月は1カ月、お休みをいただいたんです。でも、1カ月休んでみたら、休みは3日でいいなって思いました(笑)。
今は一番色々なことを吸収できる時期だと思うし、壁につきあたればあたるほど成長できる時期なので休んでいる場合じゃないなと思いましたね。
↑来年は27歳に。今後の目標は?「『歌舞伎のチラシで、一番右に名前が載ること』を30歳までの目標にしていたんですけれど、今年の歌舞伎町大歌舞伎で、その目標を達成してしまって。これからは結果が出るような役作りを増やしていきたい。それとうちはもともと関西の上方歌舞伎の家系なので、そろそろ自分の家の役をやる準備をしたいです」。いとこの中村壱太郎さんとの共演も楽しみ!
小僧 お休み中は、どちらかに行かれたんですか。
虎之介 フロリダに行ってディズニーランドで遊んできました。うちの父がディズニーが大好きなんです。それで毎朝6時半に起きて、夜も12時まで、乗り物に乗ったり、テーマパークを歩いたりして。
これまでも東京ディズニーランドには家族で何度か泊まりで行っていて、もうこれは我が家の恒例行事というか、義務なんですよね(笑)。今回も父は、カチューシャで頭にしっかりとミッキーの耳をつけてました。
部長 可愛い!(笑) お父さま、きっとお似合いでしょうね‼
虎之介 歌舞伎好きのかたはそう思ってくれるかもしれないですが、一歩間違えたら、あぶないおじさんですから(笑)。僕も東京ではさすがにやらないですけれど、フロリダではカチューシャをつけてエンジョイしました。
小僧 親子でミッキー、最高ですね! こうなったらディズニー歌舞伎をやるしかないんじゃないですか。
虎之介 いいですね、ディズニーさんのお許しがいただけるならやりたいです。
小僧 だんだん虎之介さんがミッキーに見えてきました(笑)。ディズニー歌舞伎、いつか実現させてくださいね。
部長 11月の歌舞伎座も楽しみしています‼
虎之介 はい、頑張ります!!
■「十一月歌舞伎座特別公演
ようこそ歌舞伎座へ」
劇場:東京・歌舞伎座
日程:2024年11月1日(金)~23日(土・祝)
<午前の部>午前11時~
<午後の部>午後4時~
一、
『ようこそ歌舞伎座へ』
〈映像〉幸四郎による歌舞伎座裏側の場
虎之介による歌舞伎あれこれの場」
ご案内:中村虎之介
二、
『三人吉三巴白浪』(さんにんきちさともえのしらなみ)
大川端庚申塚の場
作:河竹黙阿弥
出演
お嬢吉三:尾上左近
お坊吉三:中村歌昇
和尚吉三:坂東亀蔵
三、
『石橋』(しゃっきょう)
出演
獅子の精:尾上松緑
同:中村萬太郎
同:中村種之助
同:中村福之助
同:中村虎之介
取材・構成/バイラ歌舞伎部
写真/露木聡子
まんぼう部長……ある日突然、歌舞伎沼に落ちたバイラ歌舞伎部部長。遅咲きゆえ猛スピードで沸点に達し、熱量高く歌舞伎を語る。
ばったり小僧……やる気はあるが知識は乏しい新入部員。若いイケメン俳優だけでなく、オーバー40歳の熟年俳優も大好き。