BAILA創刊以来、本誌で映画コラムを執筆している今 祥枝(いま・さちえ)さん。ハリウッドの大作からミニシアター系まで、劇場公開・配信を問わず、“気づき”につながる作品を月1回ご紹介します。第32回は、公開中の『シビル・ウォー アメリカ最後の日』。主演のキルステン・ダンストが登壇した、オンラインのプレス・カンファレンスの模様を交えてお届けします!
有名な報道カメラマンのリー・スミス(手前)を熱演するキルステン・ダンスト。『スパイダーマン』シリーズのほか、『マリー・アントワネット』などソフィア・コッポラ監督作品でもおなじみ。2021年の『パワー・オブ・ザ・ドッグ』でアカデミー賞助演女優賞候補に。リーの後ろにいるのが相棒ジョエル(ワグネル・モウラ)。
連邦政府から19の州が離脱し、内戦状態に陥った近未来のアメリカを舞台にした『シビル・ウォー アメリカ最後の日』。気鋭のスタジオ「A24」史上最大の製作費をかけた、今年一番の話題作です。
本国アメリカでの大ヒットを筆頭に、10月4日から公開となった日本ほか世界各国で「明日にでも起こりうる現実」として、映画を観終わった後の議論も盛り上がっています。読者のみなさんの中にも、既に劇場で大迫力の音響と銃撃戦を体感した方も多いのではないでしょうか。
イギリス出身のアレックス・ガーランド監督が既出の多くのインタビューで、「ドナルド・トランプのような人間が大統領になる時代とは、どんな意味を持つのかをテーマに映画を作ろうと思った」と語っているように、11月5日(現地時間)にアメリカ大統領選の投票を控えた今、まさに観るべき一作と言えるでしょう。
さらにアカデミー賞に向けて息の長いヒットになりそうな本作。アワードシーズンに突入した10月には米ゴールデングローブ賞の投票者らに向けたオンラインのプレス・カンファレンスが開かれ、キルステン・ダンストが各国の記者たちの質問に答えて本作のテーマや映画についてたっぷりと語ってくれました。その模様を交えて、『シビル・ウォー アメリカ最後の日』を読み解いてみたいと思います。
*以下の記事内には映画の内容に関する記述があります。
映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』が描くのはどんな世界か?
2期までと決められているが、憲法に違反して3期目に突入する大統領(ニック・オファーマン)。三権分立を揺るがすファシズム政権が国家を分断する。
監督の狙いは「善悪を簡単に識別できない、単純な答えはない」作品
まずは、劇中で明確には語られない、あるいはセリフなどにちりばめられている本作の前提を簡単にまとめてみましょう。
なぜ内戦が起きたかは明らかには描かれていませんが、現職の大統領は憲法修正第22条を曲げて3期目に就任し、FBIを解体するなどファシズム政権が生まれたことがわかります。
一方、政府軍に対抗するのが、共和党支持者が多いテキサス州と民主党支持者が多いカリフォルニア州が同盟を組むという、現実ではあり得ないような連帯によって生まれた「西部勢力」です。戦場と化した国土は、もはや誰がどんな政治信条を持ち、誰を敵と認識して攻撃しているかもわからない状態。
ガーランド監督自身は今回の大統領選ではカマラ・ハリス支持を公言していますが、映画では「善悪を簡単に識別できない、単純な答えはない」作品にしたかったとのこと。何にでも白黒つけたがるSNS上の悪しき風潮への抵抗でもあるでしょう。
そうした中、有名な報道カメラマンのリー・スミス(キルステン・ダンスト)とジョエル、リーの師であるサミー、そしてリーに憧れる若いジェシー(ケイリー・スピーニー)の4人のジャーナリストが、14ヶ月も取材を受けていない大統領に単独インタビューを行うべく、ニューヨークからホワイトハウスを目指して恐怖と狂気の旅に出ます。
イギリス人のガーランド監督が、アメリカを舞台に選んだところが興味深いですよね。
政府軍に反旗を翻す西部勢力の戦いは、もはや何のために、誰をターゲットとしているのかも混沌とした状態に見える。リーたち一行が行く先々で見る荒廃したアメリカの様子は「近未来」というにはあまりにも生々しい。
キルステン・ダンストは「ジャーナリストが社会で果たす重要な役割が十分に評価されていない」と感じた
著名な報道写真家のリー・ミラーと戦争ジャーナリストのメリー・コルヴィンをモデルとしたリー・スミスを演じるキルステンは、主にコルヴィンを参考にしたと言います。特にコルヴィンが2012年にシリア内戦取材中に砲弾で命を落とした彼女の行動を追うドキュメンタリー映画『メリー・コルヴィンの瞳』(U-NEXTほかで配信中)は、これまで観た映画の中で最も衝撃的な作品の一つであり、同時に「ジャーナリストとその仕事に対して深い敬意を抱くようになった」と語りました。
「コルヴィンの足跡や、アトランタのジャーナリストの友人との会話を通じて、私はジャーナリストは真実と情報を一般市民に提供するために、本質的に『毎日命を懸けている』ということを理解し、直接的な洞察を得ました。ジャーナリストたちの勇敢さと献身に感銘を受け、個人的な犠牲を払う彼らに共感し、そしてジャーナリストが社会で果たす重要な役割が十分に評価されていないことに気づいたのです」
リーに憧れている、報道カメラマンを目指す若いジェシー。リーたちと同行することを許されるが、初めて人が殺される場面に遭遇し衝撃を受ける。演じるケイリー・スピーニーは、ソフィア・コッポラ監督の『プリシラ』でタイトルロールを演じて、ヴェネチア国際映画祭最優秀女優賞を受賞。『エイリアン:ロムルス』でも主演をつとめた注目の若手俳優。アレックス・ガーランド作品ではドラマ『DEVS/デヴス』に出演。
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』を観て、もしかしたら目の前で銃弾に倒れ、死にゆく人々にカメラを向けることに対してモラル的に疑問を抱く人もいるかもしれません。人道的支援が優先されるべきなのではと。
そういう意味で私は、劇中で師であるサミーが被弾して命を落とし、急速に気力を失っていくリーとは反対に、どんどんアドレナリンが加速していくかのように無謀な行動を取るジェシーに疑問を覚えました。彼女を突き動かしているものは正義感か使命感か、それだけでなくこの異常事態にあって、どこか高揚感があるのではないかと思ってしまったから。
しかし、『メリー・コルヴィンの瞳』を観て、そのどちらの感情も本物なのではないかとも。そもそも論として、どんな理由があったとしても、あれほどの過酷な戦場に乗り込んでいくという行為にはリスペクトしかないと改めて痛感しました。
キルステンは、リーやジェシーのような報道カメラマンたちを描くことの意義について、力強く、次のように語りました。
「戦場で命をかけて真実を伝える報道カメラマンたちを描くこと、そして彼らが真実を記録するために払う多大な犠牲とリスクを理解し、評価してもらうことを私は期待しています。映画に登場する報道カメラマンたちは、兵士のように現場に立ち、しかし異なる武器を持つヒーローなのです。
この映画の目的は特定の主張を押し付けることではありません。観客を登場人物の人生に没入させることが重要であり、観客がジャーナリストたちの献身と勇敢さに対して、自分なりの敬意と賞賛を抱くことができる。エンターテインメントとしてそのような体験を提供することで、命の危険に直面しても真実を伝えるジャーナリズムの重要性を浮き彫りにしていると信じています」
キルステンが提案した緑色のドレスは戦争映画へのオマージュ
もう一つ、キルステンは自身の思いが詰まったエピソードを教えてくれました。それは旅の道中で一行が、奇跡的に平和が維持されている街に立ち寄り、洋服屋でリーがジェシーに勧められて緑のドレスを試着するシーンです。
『メリー・コルヴィンの瞳』と共に、共演者らと一緒に観た1985年製作の戦争映画『炎628』にも強い衝撃を受けたというキルステン。第二次大戦中の白ロシアの村を舞台に、ドイツ兵による狂気の暴虐にさらされ、迫害される村人たちの姿を描いた、一度観たら絶対に忘れることのできないすさまじい作品です。
この映画の冒頭に登場する少女が緑色のドレスを着ていることから、この非常に重要な戦争映画へのオマージュとして衣装デザイナーに緑のドレスを着ることを提案したと言います。殺伐としたシーンが多い中で、印象に残るリーとジェシーのエピソードでもありますね。
報道カメラマン志望の若者ジェシーとベテラン記者たちの対比
若いジェシーに対して、厳しいことも言うが心配してアドバイスをするリー。世代の違うジャーナリストのあり方、二人の関係性にも注目したい。
このリーとジェシーの関係性も、いろいろと解釈が分かれるところではないでしょうか。まっすぐに考えれば、リーはジェシーの師として彼女を導き、守り、そして世代を越えてジャーナリズムの精神が受け継がれていくという見方ができます。一方で、私自身は年齢的にもリーに気持ちが寄りがちで、もっと複雑なものがあるようにも感じました。
リーはジェシーにかつての自分の姿を見たのか、それとも今まさに自分の中で失われていくジャーナリストとしての何かがジェシーの中にあると気づいてショックを受けたのでしょうか。
予告編にも使われていて、映画を観た多くの人が衝撃を受けたシーンとして、ジェシー・プレモンスが演じる西部勢力の兵士がリーの仲間のジャーナリストたちを容赦なく撃ち殺すくだりがあります。その惨劇に遭って、場数を踏んでいるはずの年配のジャーナリストたちが壊れていく一方で、ジェシーは残酷なまでに生き生きとした輝きを増すようにも見えます。新しい世代の台頭を実感したからこそ、リーは最後にあのような行動をとるに至ったのでしょうか。
リー役のキルステンとジェシー役のケイリー・スピーニーが最初に撮ったシーンは、ホテルのロビーで2人のキャラクターが実際に会話をするシーンだったそうです。リーがジェシーに防弾チョッキをつける必要があるとアドバイスを与える場面は、「2人の関係性を確立する上で重要なものであると感じた」とキルステン。
「2週間のリハーサル期間中、ケイリーとは互いによく知り合うことができ、強い信頼関係を築くことができました。さらに私は彼女に、自分たちが演じるキャラクターには『前世』でつながりがあったと想像してみるという創造的な方法を提案したんです。これはキャラクター間の感情的な重みとつながりを深めるのに、非常に役立ちました」
2人のケミストリーは本作にとって重要な要素の一つです。映画をご覧になったみなさんは、この2人の関係とリーの最後の決断をどのように受け取ったでしょうか。これもまた解釈には幅がある問題ですよね。そのようなさまざまな対話、議論を呼ぶことこそ、良い映画の証でもあるでしょう。
強烈な役を演じたのはキルステンの夫ジェシー・プレモンス
出演時間は多くはないが、強烈な印象を残す西部勢力の兵士の一人を演じるジェシー・プレモンス。実生活のパートナー、キルステン・ダンストと共演した『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(2021年)でアカデミー賞助演男優賞候補になり、2024年は『憐れみの3章』でカンヌ国際映画祭男優賞を受賞。『ブレイキング・バッド』や『FARGO/ファーゴ』、『ブラック・ミラー』など、多くのTVシリーズでも独特の存在感を発揮。
最後に、本作の中で強烈な印象を残す西部勢力の兵士を演じた、キルステンの私生活のパートナーであるジェシー・プレモンスとのエピソードを。
キルステンは人気ドラマ『FARGO/ファーゴ』のシーズン2で夫婦役を演じたジェシーと2017年に婚約(2022年に結婚)し、2人の子供を授かりました。夫婦仲はとても良いようで、本作にジェシーが出演したのも、演じる予定だった俳優が降板したため、スケジュールが空いていた夫に声をかけたとか。この配役は大成功で、出演時間は短いですが、この映画を象徴するようなシーンに仕上がっています。
震え上がるような人物を演じたジェシーですが、よき家庭人として、家族写真を撮影するのは主にジェシーの役割だとか。
「夫はとても写真に興味があって、私の古いローライフレックスカメラを今では彼が使っているんです。それで子供たちの写真をたくさん撮っているの。今では趣味として写真にのめり込んでいて、機材にはかなりの投資をしているわ(笑)。
でも、夫が写真撮影を担当することで、私は動物園に行くときには軽食を用意したりベビーカーを押したりするなど、他の作業に集中できます。それに、何よりも家族の大切な思い出を、iPhone以外の美しい写真として残してくれることを夫にとても感謝しています。
今はジェシーが自分の創造的な興味を追求しながら、私が他の方法で家計を支える。夫婦の在り方として、とても良いバランスだと思っています」
キルステンの視点から、ジャーナリストとその仕事を軸に映画のテーマについて考察してみました。ほかにも、国家が分断される危機やファシズム、右か左か、善か悪かの二元論では語ることのできない世界の複雑さなど、映画を観た人同士の対話を促し、さまざまな議論を深めていくことができる作品です。日本も、決して他人事ではないと感じる人も多いでしょう。未見の方は、どうぞ今すぐ劇場へ!
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』大ヒット上映中
アレックス・ガーランド監督は、小説家としてキャリアをスタート。映画化された『ザ・ビーチ』などの著作で知られる。映画監督デビュー作『エクス・マキナ』でアカデミー賞脚本賞にノミネートされた。脚本・監督作品に『アナイアレイション -全滅領域-』『MEN 同じ顔の男たち』などがある。
監督・脚本:アレックス・ガーランド
出演:キルステン・ダンスト、ワグネル・モウラ、ケイリー・スピーニー、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン、ソノヤ・ミズノ、ニック・オファーマンほか
配給:ハピネットファントム・スタジオ
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