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『夜明けのすべて』上白石萌音×松村北斗 生きづらさを分かち合うストーリー【今祥枝の考える映画vol.24】

BAILA創刊以来、本誌で映画コラムを執筆している今祥枝(いま・さちえ)さん。ハリウッドの大作からミニシアター系まで、劇場公開・配信を問わず、“気づき”につながる作品を月1回ご紹介します。第24回は、松村北斗と上白石萌音のW主演でおくる映画『夜明けのすべて』です。

映画夜明けのすべて 主演の松村北斗と上白石萌音の写真

職場で出会い、心を通わせる山添くんと藤沢さん。NHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」で夫婦役を演じた松村北斗と上白石萌音が、繊細かつ誠実さにあふれた演技で複雑な心情を切実に伝えて素晴らしい。

PMSに苦しむ女性が職場でイライラを爆発させてしまう

読者の皆さま、こんにちは。

最新のエンターテインメント作品をご紹介しつつ、そこから読み取れる女性に関する問題意識や社会問題に焦点を当て、ゆるりと語っていくこの連載。第24回は、瀬尾まいこの同名小説を、『ケイコ 目を澄ませて』の三宅唱監督が映画化した『夜明けのすべて』です。

一般的に女性にとっては日常的で、かつ人生の多くの期間をつきあっていかなければならない月経。日本では程度の差こそあれ、約70〜80%の女性が月経前症候群(PMS)と呼ばれる精神的、身体的症状に悩まされています。

日本産科婦人科学会によれば、その中の5.4%程度は生活に困難を生じるほどの強い症状を示すといわれています。こうした月経にまつわる問題は、長きにわたって公に口にすることははばかられるタブーのように扱われていました。近年はかなり改善されたようにも感じますが、現実問題としては、まだまだ職場や学校などでは話しにくい、正確な理解を得られているとは言い難いというケースが多そうです。


瀬尾まいこの同名小説の映画化『夜明けのすべて』で、上白石萌音が演じる藤沢さんもPMSに苦しんでいます。普段はいたっておおらかな性格ですが、月に1度、精神的にも極度に不安定になり、大学卒業後に入社した会社の職場で、2カ月目にイライラを爆発させてしまいます。

映画が描くのはそれから5年後、藤沢さんが再就職した会社・栗田科学で出会う人々と心を通わせる姿です。社長の栗田さん(光石研)ほか、会社の先輩たちはみんなが若い藤沢さんを見守るようにして接してくれており、居心地のよさそうな職場です。

そんな藤沢さんの平穏な日々に波風を立てるのが、松村北斗が演じる、転職してきたばかりでやる気がなさそうに見える山添くんの存在です。

映画夜明けのすべて 藤沢さん(上白石萌音)とお母さん(りょう)の写真

離れて暮らす母親(りょう)と、ほっと心が和む時間を過ごす藤沢さん。本来は穏やかでやさしい彼女だからこそ、PMSで我を失いきついことを口走ってしまう姿に胸が痛む。

映画夜明けのすべて 会社の社長栗田さん(光石研)と山添くん(松村北斗)の写真

二人をあたたかく見守る栗田科学の社長・栗田さんもまた、つらい過去ががあり心が深く傷ついていた。そんな栗田さんの気持ちに、次第に山添くんも寄り添うように……。

安易に恋愛を匂わせない、同僚同士の交流が好ましい

映画夜明けのすべて 心を通わせていく藤沢と山添の写真

唐突に山添くんの髪を切ることを申し出る藤沢さん。ここで少し距離が縮まる二人の姿が、なんともほほえましく気持ちもほっこり。

藤沢さんは、山添くんがしょっちゅう飲んでいる炭酸飲料の音がきっかけとなり、PMSによる怒りを炸裂させてしまいます。

普段はおっとりしている藤沢さんですが、「炭酸飲むのやめてほしいんだけど。その音すごく耳につくし、水ばっか飲んでないで働いて。え、何? 私、おかしなこと言ってる?」とヒステリックになり、自分のことをコントロールできなくなってしまいます。

藤沢さんのものすごい剣幕に、びっくりする山添くん。しかし、実は山添くんもパニック障害を抱えており、電車にも乗れず、外食も美容室も行くことができない。「落ち着くから」という理由で炭酸を飲んでいたのでした。

お詫びもかねて山添くんのアパートを訪れた際に、自分で散髪しようとしている彼に対して、「私、切ってあげるよ!」と自信満々に言う藤沢さん。実際にはまったく心得がないのに、ハサミを手にする藤沢さんの大ざっぱというか楽天的な性格に、思わず笑ってしまいます。最初は警戒していた山添くんも、そんな藤沢さんを受け入れて笑顔を見せるようになります。

この、お互いの事情を知った二人の距離の縮め方が、なんとも言えず、いいのですよね。 W主演の上白石萌音と松村北斗が非常に丁寧に役にアプローチしていて、繊細かつ真摯に自らが演じる役の思いを伝えようとする姿勢が、演技のはしばしから感じられることも大きな要因でしょう。すれ違いはあるけれど、相手の問題をさりげなく受け止め、ゆっくりとマイペースで理解を深めていこうとする。何より安易に恋愛を匂わせない点に、非常に好感が持てます。

とりわけ、私がこの二人の性格を本当に好きだなあ、素敵だなあと思ったシークエンスがあります。藤沢さんが少し心を開いた山添くんに「お互い無理せず頑張ろう」と笑顔で言ったときのこと。山添くんは「パニック障害とPMSは違う。しんどさもそれに伴うものも全然違う」と、少し気分を害してしまいます。誰にでも「自分が一番しんどい」と思ってしまう瞬間や傾向は、ありますよね。

藤沢さんは「病気にもランクがあるってこと? PMSはまだまだだね」と、健気にも笑顔を見せて帰っていきます。その後、山添くんは通っているメンタルクリニックの先生にPMSについて聞き、参考になる本を数冊借りて、自分なりにPMSとは何かを学び始めます。藤沢さんの受け流し方も、山添くんの自分なりの反省と問題への向き合い方も、本当に誠実で繊細で、心打たれるものがありました。

PMSもパニック障害も自分ではコントロールできないが、助け合うことはできる

映画夜明けのすべて 仕事を通して同志のようになっていく藤沢さん(上白石萌音)と山添くん(松村北斗)の写真

原作を丁寧に映像に翻案する一方で、山添くんと藤沢さんが取り組む移動式プラネタリウムのエピソードは映画オリジナル。月曜日がしんどくて、日曜日に会社に来てしまう二人にどこかしら共感する人も多いのでは。

PMSの症状は人それぞれですが、藤沢さんはかなりの重症です。高校3年生で婦人科に通い始め、漢方薬は効き目なし。年々ひどくなるものの、母親に血栓症の既往があるのでピルの服用も難しいと医者に言われてしまいます。気持ちを穏やかにする薬を処方されますが、思った以上に副作用が強く眠り込んでしまう。さらに、一人で暮らす母親は介助が必要な状態です。

一方の山添くんは、パニック障害を発症したことで順調だった人生が一変。仕事も恋人も友人も、以前の通りにはいかなくなってしまった。二人とも、自分ではコントロールできない原因によって生きているのが辛いという、ぎりぎりの日々を生きています。

それでも、人生は生きるに値するのだと思わせてくれる瞬間が、この映画にはたくさんあります。

栗田科学の人々とかかわることで、山添くんは自分のパニック障害についてはどうにもできないけれど、PMSを女性の問題だとして片づけるのではなく、積極的にPMSを理解し、同僚である藤沢さんの状態を気にかけることで、男性の自分でも役に立てることはあるのだと考えるようになる。そして二人は、よりざっくばらんにPMSとパニック障害について話すようになります。このように自分の問題に寄り添ってくれる他人が身近にいると知るだけで、どれほどの人が勇気づけられることでしょうか。繰り返しになりますが、そこに恋愛感情があるかないかは関係ないのです。そして逆もまた真なりですよね。

実際に、上白石はこの役を演じてみてよかったのは、「三宅唱監督をはじめ男性の方々と生理についていろいろ話せたこと」だと語っています。さらに「女性にとってはなかなか口に出しづらい話題ですが、話して少しでも楽になるなら、性別を問わずもっと普通に口に出していくべきですよね」とも。

自分の辛さは自分だけのもので、ほかの誰にもすべてを理解することできない。それは事実でしょう。PMSの辛さも千差万別です。それでも本作を観ていると、みんながお互いが抱える問題について、ほんの少しでも今より理解しようとつとめることができたら。そして、その辛さを口に出して誰かと共有することができたら、どれだけ世の中は生きやすくなるんだろうかと思わずにはいられません。

映画夜明けのすべて 会社帰りの藤沢と山添の写真

会社帰りに、肉まんをほおばりながらおしゃべりする山添くんと藤沢さんの距離感も心地よい。二人の関係は同僚、友人、同志……と色々な呼び方はあるだろうが、いちいちカテゴライズする必要もないのだ。

『夜明けのすべて』2月9日(金)ロードショー

監督:三宅唱

原作:瀬尾まいこ

脚本:和田清人、三宅唱

出演:松村北斗、上白石萌音、渋川清彦、芋生悠、藤間爽子、久保田磨希、足立智充、りょう、光石研

©瀬尾まいこ/2024 「夜明けのすべて」製作委員会


『夜明けのすべて』の公式サイトはこちら

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