BAILA創刊以来、本誌で映画コラムを執筆している今祥枝(いま・さちえ)さん。ハリウッドの大作からミニシアター系まで、劇場公開・配信を問わず、“気づき”につながる作品を月1回ご紹介します。第27回は、アニャ・テイラー=ジョイが怒りの戦士フュリオサを熱演する『マッドマックス:フュリオサ』です。
驚くほどのタフネスを発揮するフュリオサ。演じるアニャ・テイラー=ジョイはアメリカ生まれでアルゼンチンとイギリスで育ち、スペイン語と英語を話す。『スプリット』や『ザ・メニュー』などの映画のほか、Netflixドラマ『クイーンズ・ギャンビット』でも高い評価を得ている。
復讐に燃える戦士フュリオサ誕生の物語
読者の皆さま、こんにちは。
最新のエンターテインメント作品を紹介しつつ、そこから読み取れる女性に関する問題意識や社会問題に焦点を当て、ゆるりと語っていくこの連載。第27回は問答無用でスカっと楽しめるアクション大作『マッドマックス:フュリオサ』です。
2015年に公開されたジョージ・ミラー監督による『マッドマックス 怒りのデス・ロード』は、核兵器による大量殺戮戦争が勃発し、文明社会が壊滅した世界を舞台にしたアクション大作。元警官マックス(トム・ハーディ)がシタデルという砦を支配する暴君イモータン・ジョーと対立し、その配下で反旗を翻すジョーの部隊長フュリオサ(シャーリーズ・セロン)とともに壮絶な戦いを展開しました。
『マッドマックス:フュリオサ』は、その続編。カリスマ的な人気を博したシャーリーズ・セロン扮する怒りの戦士フュリオサの前日譚を描いています。
幼いフュリオサは故郷「緑の地」で母親や仲間たちと暮らしていましたが、ディメンタス将軍(クリス・ヘムズワース)率いる巨大なバイカー集団の手に落ち、連れ去られてしまいます。
ディメンタスはシタデルの覇権をめぐり、イモータン・ジョーとの対立が激化。一方、すべてを奪われたフュリオサ(アニャ・テイラー=ジョイ)は、いつか故郷へ帰ることだけを生きるよすがにして、これでもかと悲惨な目にあいながらも生き抜く術を身につけていきます。
バイオレンス全開でアクションシーンもつるべ打ち。ですが、ドライな作風でカラっと楽しめるし、何よりも美しく魅力的でありつつ、シャーリーズ版と同じく、セクシャルな要素が強調されることのない凜としたフュリオサのキャラクターが最高にかっこよくてしびれます。
主演は、『ザ・メニュー』などの映画やNetflixドラマ『クイーンズ・ギャンビット』で演技力には定評のあるアニャ・テイラー=ジョイ。彼女が体現するフュリオサの寡黙にして、多くのことを物語る強い瞳の輝きには、ただただ引き込まれてしまいます。
『マッドマックス:怒りのデス・ロード』にも登場した超大型車ウォー・タンクが疾走しながら展開する、15分間にも及ぶ怒涛のアクションシーンは圧巻! 200人ものスタントを動員し、78日間もかけて撮影したとか。アニャの勇姿は、ぜひ劇場のスクリーンで目撃したい!
強さの中に際立つフュリオサのエレガンスとイノセントな美しさ
幼い頃に「緑の地」からディメンタス将軍率いるバイカー集団にさらわれたフュリオサは、後にシタデルという砦を統治する暴君イモータン・ジョーのもとで大隊長を務めるようになる。心の中には、いつか必ず「緑の地」へ帰るというわずかな希望を抱きながら……。
古参の映画ファンにとっては、このシリーズで女性が主人公であることにはまた別の感慨もあるでしょう。
そもそもミラー監督による本シリーズの1作目『マッドマックス』(1979年)は、近未来の荒廃したオーストラリアを舞台に、愛する者を奪われ、復讐の狂気に取り憑かれた元警察官マックスが主人公。メル・ギブソンが荒々しく熱演するマックスと映画は世界中で人気を博し、シリーズ化されて続編2本が公開されました。
それから長い時を経て、再起動を果たした『マッドマックス 怒りのデス・ロード』は、もちろんマックスあってこそなのですが、シャーリーズがスキンヘッドで演じる女性たちの解放のために闘う戦士フュリオサに、予想以上に比重が置かれた作りには新鮮な驚きと胸が熱くなるものがありました。
そしてシリーズ通算5作目にして、単独の女性が主人公となるミラクル。アニャの主演映画『ラストナイト・イン・ソーホー』の監督で友人のエドガー・ライトに初期カットを見せてもらったというミラー監督。ライトを通じてアニャにオーディションへの参加を打診したといいます。
本作はカーアクションから肉体を酷使する迫力のバトルまで、時には目を覆いたくなるほどの過酷な戦いを、フュリオサはぼろぼろになりながらも乗り越え、サバイブしていきます。しかし、それこそがシャーリーズにも通じると思うのですが、どんなヘアスタイル、どんな衣装、どれほどのタフネスを発揮しようとも、アニャが体現するフュリオサは、その強さの中にあるエレガンスとイノセントな美しさが観客の心を惹きつけてやまないものがあります。
劇中、フュリオサの望みを理解して味方となる警護隊長ジャック(トム・バーク)も登場します。しかし、ここでも安易に恋愛関係を描くことはありません。ジャックもまたフュリオサを“守る”という印象はなく、あくまでも彼女の夢を実現させるために共に闘うといった対等な関係性として魂が引かれ合う姿には、非常にロマンを掻き立てられるものがありました。女性像としても男女の特別な感情がある関係性においても、その表現の一つひとつに、今の時代ならこうだろうと納得できるものがあるのも、この種のジャンル映画としては稀有なことだと思うのです。
悪役としてのクリス・ヘムズワースの魅力
明るいキャラクターと筋骨隆々のグッドルッキングがトレードマークのクリス・ヘムズワースは、オーストラリア出身。訳あって汚れたぬいぐるみを持ち歩き、人間味もありつつ残虐行為を働くディメンタス将軍を怪演。
一方、男性のキャラクターはと言えば、そこにもまたなるほどなあと思わせるものがあります。特に、狂気の悪役として登場するディメンタス将軍役のクリス・ヘムズワースは、アメコミ大作シリーズのソー役でもおなじみ。端的に言えば、マッチョイズムを体現するような筋骨隆々の美丈夫のイメージが強いにもかかわらず、そうしたセルフイメージを覆したり、自ら揶揄するような役柄を積極的に演じてきたことで、女性からの信頼度も好感度も高い人気俳優です。
たとえば、男性4人がメインキャストだったオリジナルを女性版としてリメイクした『ゴーストバスターズ』(2016年)では、昔なら女性の役割であったであろう、愛すべきコミックリリーフの受付係ケヴィンという、見た目は抜群にいいけれどおバカに徹したキャラクターを嬉々として演じて話題になりました。
また、『アベンジャーズ/エンドゲーム』では、罪悪感に駆られて酒浸りになり、終始体がたるみきったソーをボディメイクなどによって作り上げて、観客を驚かせました。ファンの中には「かっこいいクリスが見られなくてがっかりした」など批判の声もありましたが、あえてのルッキズムを打破するヘムズワースの心意気を支持せずにはいられません。
そんなヘムズワースが、徹底して女性を痛めつけることを厭わない愚かな悪役を演じるというのもまた味わい深さがあります。フュリオサと宿敵ディメンタスの運命の対決も見逃せません。
当たり前ですが誰もがフュリオサのように強くなれるわけでもないし、なる必要もない世界であってほしいとも思います。しかし、アニャが体現するフュリオサには、見ているだけで自分の中にもそうした強さがあるのだとエンパワーされるような、素晴らしいマジックがあるのです。
フュリオサと彼女の望みを支持し、メンターとなる警護隊長ジャック(トム・バーク)と宿敵ディメンタス将軍。3人の因縁の関係は、どのような結末を迎えるのか?
『マッドマックス:フュリオサ』5月31日(金)全国公開
監督:ジョージ・ミラー
出演:アニャ・テイラー=ジョイ、クリス・ヘムズワースほか
配給:ワーナー・ブラザース映画
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