(右)十代目松本幸四郎●まつもと・こうしろう 1973年、東京都生まれ。父は二代目松本白鸚。屋号は高麗屋。1979年3月、三代目松本金太郎を名乗り初舞台。1981年10月、七代目市川染五郎を襲名。2018年1月、十代目松本幸四郎を襲名。
(左)二代目尾上松也 ●おのえ・まつや 1985年、東京都生まれ。父は六代目尾上松助。屋号は音羽屋。1990年5月、二代目尾上松也を名乗り初舞台。2015年~2024年、新春浅草歌舞伎でリーダー役を務めた。歌舞伎のほか、ミュージカルなどにも出演多数。
「落ちるの一秒、ハマると一生」と言われる歌舞伎沼。その深淵をのぞき、沼への入り方を指南するこの連載。今月ご紹介するのは、2024年11月~12月新橋演舞場と、2025年2月博多座で上演されることが決まった歌舞伎NEXT『朧の森に棲む鬼』。2007年、劇団☆新感線の舞台として上演され、大ヒットとなった作品の歌舞伎舞台化に、松本幸四郎さんと尾上松也さんがダブルキャストで挑みます。演じるのは、大事な人を裏切り、舌先三寸で王座に上り詰めていく極悪人のライ。劇団☆新感線の舞台でもライを演じ、鮮烈な印象を残した幸四郎さん。そんな幸四郎さんに憧れて、今回主役を射止めた松也さん。舞台にかける二人の熱い思いにバイラ歌舞伎部のまんぼう部長とばったり小僧が迫ります!!
↑歌舞伎NEXT『朧の森に棲む鬼』のチラシ写真。幸四郎さん、松也さん、どちらのライも鬼のように恐ろしく、そして美しい!!©松竹
■劇団☆新感線の幸四郎さんは、誰よりカッコイイ!!
まんぼう部長 歌舞伎NEXT『朧の森に棲む鬼』がいよいよ新橋演舞場で上演されることが発表されました! 『朧の森に棲む鬼』は、2007年に劇団☆新感線で上演されたもので、そのスケールの大きさや主役を演じた幸四郎さん(当時は市川染五郎)の圧倒的な演技で、多くの人を魅了した伝説の舞台です。それが今回、歌舞伎NEXTとして甦るということで、発表されたときには演劇界は沸き立ちました!幸四郎さんは上演が決まったとき、どう思われましたか。
幸四郎 そもそも歌舞伎NEXTというのは、歌舞伎の新たなステージを目指して立ち上げたものなんですけれど、第一弾(『阿弖流為<アテルイ>』)に続いて、第二弾ができるということが、まずは嬉しかったですね。
また『朧の森に棲む鬼』は、僕にとっても特別な作品で、いつかまたできたらいいなと思っていたので、今回、それが実現するということで喜んでいます。
ばったり小僧 とくに今回は、主役のライを幸四郎さんと松也さんがダブルキャストで勤められるということで驚きました。
松也 僕も驚きました(笑)。劇団☆新感線の舞台は、昔から何度も観に行っていて、とくに幸四郎さんが出演された『阿修羅城の瞳』『髑髏城の七人』『アテルイ』……は、ご本人を前に言うのもちょっと恥ずかしいですけれど、幸四郎さんがめちゃくちゃかっこいいんですよ。「我らが幸四郎さんが誰よりもかっこいい!」って、僕ら後輩たちは思っていたんです。
その中でもとくに感動したのが『朧の森に棲む鬼』でしたので、その作品に自分が出演させていただける、しかも幸四郎さんとダブルキャストでライを勤めさせていただけるということは、とても嬉しいのと同時に、最初に聞いたときは恐れ多い感じがしました。
↑劇団☆新感線の『朧の森に棲む鬼』では、幸四郎さん演じるライの外道っぷりにシビレまくった小僧。まとうオーラが、どんどんすごくなって、最後は人ではないものになっていくんです!! あの調子で、今回はトッティーさん(中村時蔵さん)をいたぶるのか……(以下、妄想)。
小僧 仲のいい(中村)七之助さんから、「おまえ、よくできるな」って言われたそうですね(笑)。
松也 はい。七之助くんが「おまえ、幸四郎のお兄さんの舞台を観たか。あれを観て、よく受けられるね」と。「嫌なことを言うな~」って思っていたら、「そうじゃない。おまえは、追い込まれるとやる男だから、今、俺はおまえを追い込んでいるんだ」と独特のエールを送ってくれました(笑)。
とにかくみんな、とても楽しみにしてくれていますし、「幸四郎さんのライがまた観られる」って、とても興奮しています。
幸四郎 みんながそう言ってくれるのは嬉しいんですけれど、当時はまったく余裕はなかったですね。あの頃は、歌舞伎俳優が他の劇団に客演として出たり、今のようにエンターテインメント性の高い作品に出ることは珍しくて。僕自身もよその劇団の人たちとやるのは初めてだったので試行錯誤の連続で、「新感線らしさって何だろう?」というところから始まったんです。
歌舞伎俳優と名乗っている以上、「いのうえ歌舞伎」(劇団☆新感線の時代もの)に出るなら、かっこよく見えないといけないと思っていたので、すごいプレッシャーもありました。
それが有難いことに何作か一緒にやらせていただくことになって、最終的にお正月の新橋演舞場で『朧の森に棲む鬼』を上演するというところに行きついたっていうのは、自分でも達成感がありましたね。
部長 幸四郎さんが出演している作品は、当時の染五郎からとって「新感“染 ”」と呼ばれるようになりましたもんね。
幸四郎 出るならば、周囲から「またやるの?」と言われるくらい、出続けないと意味がないと思って始めたので。ただ、それはもう17年も前で、若い人たちは僕が劇団☆新感線に出ていたことも知らない人が多いと思います。だから今回は新たな気持ちで、松也くんとダブルキャストでどれだけ存在感を出せるかということを目標にしたいと思っています。
↑「お兄さん! 今日の衣裳、すごい攻めてますね!? これだと僕が完全に負けてる(笑)」と松也さん。普段、着慣れないハードな衣裳にちょっと気恥しそうな幸四郎さん。極悪非道なライのイメージとは真逆なところがすごいです。そういえば、その指ぬきグローブは京極堂の名残り……??
■欲望に忠実な男、ライはある意味正直者!?
部長 お二人が演じる「ライ」という男は、その名のとおり、嘘で人をだまして、舌先三寸でのし上がっていく悪い男です。でも、小物だったライが王にまで成りあがっていく姿がなんともいえず美しく、儚くて、魅了されてしまった人は多いと思います。お二人はライという男をどんな人物だと思っていますか。
松也 以前、僕も劇団☆新感線の『メタルマクベス』disc2という作品に出させていただいたことがあるんですけれど、マクベスとは悪の色合いが違うという感じがします。ライの信念と正義がどこにあるのか――ということではなくて、結局、欲望のためには、何でもやる男なんですね。「そこまでやるか」というくらい悪いので、純粋に悪行に身を任せていくうちに、演じている自分も高揚していきそうな感覚があります。
幸四郎 ただ悪いだけではなくて、実際、ライは結果を出しているんですよね。舌先三寸とはいえ、知恵で成りあがってトップに立つ。これは快感ですよね。そしてある意味、ライは正直だと思います。自分が手に入れたいものを、どういう手段を使ってでも手に入れる。金も女も権力も。そして欲しいものを手に入れたら、さらにもっともっと欲しいものが出てくる。だからフィクションの世界でないと生きられない男だし、舞台の上でないとできないものをやっているという、そういう作品だと思いますね。
小僧 歌舞伎NEXTでも、劇団☆新感線の脚本家・中島かずきさん、演出家・いのうえひでのりさんが、今回も脚本と演出を担当されますけれど、楽しみにしていることはありますか。
幸四郎 劇団☆新感線の方々が持っているものと、歌舞伎を混ぜたら何が生まれるか、ですね。だから歌舞伎が持っている引きだしを稽古場でどれだけいのうえさんにぶつけられるか、提示できるか、っていうところだと思います。そこは一つの勝負ですね。ここは歌舞伎の演出でやる、ここは新感線でやるっていうことじゃなくて、全部混じり合わせたものを作りたいと思っています。
↑めちゃくちゃかっこいい決めゼリフが、たくさん出てくる『朧の森に棲む鬼』。クールな美しさに加えて、抜群に声がいい松也さんは、そんなライにぴったり。極悪非道(でも意外と真理を突いている)なセリフで、きっと私たちを震え上がらせてくれるはず!!
松也 確かに幸四郎さんがおっしゃるように、以前の舞台をそのままやるということではなく、ファンの方々は、歌舞伎俳優だけで上演するからこその『朧の森に棲む鬼』が観たいと思うので、これまでの慣習にあまり固執せずに、幅広い視点で俯瞰して、いろいろなことにチャレンジできたらと思います。
それから劇団☆新感線において、立廻りは重要なポイントですよね。動きは、殺陣師の川原正嗣さんをはじめとしたアクションチームで作るんですけれど、『朧の森に棲む鬼』でも、クライマックスに向けての立廻りはとても印象的で興奮した覚えがあります。自分が演じるときも壮大なフィナーレという印象を残せるようにしたいですね。
部長 共演者も豪華です! 若手を中心に実力派の俳優さんが集まりました。ツナの中村時蔵さん、キンタの尾上右近さんなど、ハマリ役で、とても楽しみです。
幸四郎 時蔵さんは、何度かご一緒しましたけれど、力のある人ですからね。役を消化してふくらませていくことのできる人なので、どんなツナになるのかすごく楽しみです。ツナは強い女性なので、ぐいぐい攻めていくところは残してほしいですね。右近くんは、『荒川の佐吉』でも弟分をやってくれたので、安心して演じられます。劇団☆新感線のときは、阿部サダヲさんが演じましたけれど、右近くんらしいキンタを作ってくれるんじゃないかと思います。
松也 要のお役ですね。時蔵さんとは『あらしのよるに』や『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』などの新作でもご一緒させていただいたのですが、どの作品においても役者として芯のある方ですので、それをしっかりと持ったうえでどう表現されるのか楽しみです。
何より、いのうえさんの演出を受けるのは、時蔵さんは初めてだと思いますので、「いのうえひでのり×時蔵」で何が起こるのかというのは楽しみです。もちろんそれは右近くんも同じですし、いのうえさんの演出は初めての方がたくさんいらっしゃるので、彼らがそれをどう受け止め、そしてどう変化していくのかをお稽古場で間近で見られるのが今からとても楽しみです!
↑「悪~い感じでお願いします」というカメラマンつゆっきーのリクエストにこたえるお二人。ヤンキー味がいいい感じです♪ ちなみに取材が行われた7月は、二人とも歌舞伎座に出演。『裏表太閤記』では敵味方となって、大滝で大量の本水を浴びながら大立廻りを演じていたのでした。さぞお疲れに違いないと思ったら、この艶肌。すごい。でも、ライを演じるのは、この尋常ならざる体力が必要なんです。
■お互いに大好き! ってことらしい……
小僧 ところでお二人はよく共演されていますが、お互いの好きなところをぜひ教えてください。
松也 ヤダもうそういうの(笑)。
幸四郎 たぶん松也くんは僕のことをだいぶ好きだと思います。よくバラエティ番組とかに出ると、「ある方からコメントをいただいています」ってVTRが流れたりするじゃないですか。ダントツで松也くんなんですよ。またか、っていうくらい(笑)。
松也 ちょっと! これは言わしてください! そうではなくて、幸四郎さんが僕のことを好きなんですよ(笑)。だって幸四郎さんがテレビに出るたびに、番組のスタッフさんがコメントを撮りに来るんです。そのたびに僕は「いや、僕はたくさんコメントで出させていただいているので、他の方にされたほうがいいのではないでしょうか」と断るのですが、「歌舞伎界では松也さんの名前しか挙がらなかった」って(笑)。それでコメントを撮るのですが、そうすると幸四郎さんから、「またおまえかよ」みたいなLINEが来るんですよ(笑)。いや、これホントですから!!
↑その昔、「劇団☆新感線の舞台は体力を消耗するので、やせないようにたくさん食べて」とのアドバイスを受け、たくさん食べていたら10キロ太った(笑)という豪快な伝説を持つ幸四郎さん。きっと今回もおちゃめな伝説を残してくれるに違いありません!!
小僧 幸四郎さんは松也さんのこと、大好きなんですね、きっと。
幸四郎 (ちょっと恥ずかしそうにうつむき加減で)……嫌いじゃない。
松也 あははは、今の可愛いです。本当に幸四郎さんって、いつまでも少年みたいなところがステキですよね(笑)。物事に対しての取り組み方とか、何も変わらない。もちろんいい意味でですよ。少年のように無邪気に楽しみながら、悩みながら突き進んでいく姿が、後輩から見ても愛おしいというか。
純粋に歌舞伎というものを愛していらっしゃるというのが全身から伝わってきますので、一緒に舞台に立たせていただいていて楽しいんです。周りの後輩はみんなそう思っていると思います。
それから、舞台でもトークでもそうですけれど、「僕ができることはないか」と思わせる魅力のある方だと思うんですね。それは舞台の真ん中に立つ方においては、けっこう重要なことで、ご本人はたぶんまったく意識なく、そういうことができるのはすごいですし、それによってみんなが引き込まれていく感じですね。
小僧 幸四郎さん、愛されてますね。逆に幸四郎さんから見て、松也さんの好きなところというと?
幸四郎 ええと……。
↑昨年、演出・出演を勤め、大ヒットした新作歌舞伎『刀剣乱舞』は、2025年7月に新橋演舞場で、8月に博多座、南座で新作が上演されることが決定。ノリにノッている松也さん!「幸四郎さんの行動力はすごいんです。最近、僕も自分で舞台を企画したりすることが増えてきましたけれど、お兄さんがこれまでされてきたことで勉強させていただきました」。
松也 お兄さんは真面目にお話されるのが恥ずかしいんです。これくらいにしておいてあげてください。
部長 はい、お二人が仲よしというのは、よくかわりました(笑)。それでは最後に、『朧の森に棲む鬼』への意気込みをお願いします!
松也 僕は、もう幸四郎さんを必死に追いかけるだけです。これまで抱いてきた憧れがありますので、それを追いかけたいですし、追い越したい。最終的には、それぞれのライが、それぞれの魅力を発揮できることが理想だと思いますので、それを目指して頑張りたいと思います。
幸四郎 僕にとっては再演になりますけれど、それは忘れて、もう本当にチャレンジャーだと思ってやりたいし、ダブルキャストということは、松也くんとは勝負だと思っていますので、自分を追い込んで、すごいものを作りたいですね。まだまだこの年齢でもできるんだというところをお見せしたいです!
部長 お二人がどんなライを作り上げるのか、本当に楽しみです。11月~12月の新橋演舞場、2月の博多座と、寒い季節を熱く盛り上げてくれること、間違いなし!!
小僧 本当ですね。伝説の舞台がどう進化するのか、劇場で見届けます!!
(この続きは、BAILA本誌12月号に掲載予定です。)
↑撮影の合間におしゃべりする二人。その様子から、先輩・後輩ながら垣根のない間柄であることがうかがえます。天然な幸四郎さんと気づかい上手の松也さん。やわらかい印象の二人が、ライとなって、どう豹変するのか。劇場に行って確かめよう!!
■歌舞伎NEXT『朧の森に棲む鬼』
日程・会場:
2024年11月30日(土)〜2024年12月26日(木) 東京・新橋演舞場
2025年2月4日(火)〜2025年2月25日(火) 福岡・博多座
作:中島かずき
演出:いのうえひでのり
出演
ライ / サダミツ(交互出演):松本幸四郎 / 尾上松也
ツナ:中村時蔵
シキブ:坂東新悟
キンタ:尾上右近
シュテン:市川染五郎
アラドウジ:澤村宗之助
ショウゲン:大谷廣太郎
マダレ:市川猿弥
ウラベ:片岡亀蔵
イチノオオキミ:坂東彌十郎
◆公演詳細
https://oboro-no-mori24-25.com/
◆新橋演舞場 公演チケット情報
https://oboro-no-mori24-25.com/shinbashi.html
◆博多座 公演チケット情報
https://oboro-no-mori24-25.com/hakataza.html
■ 取材・構成/バイラ歌舞伎部
まんぼう部長……ある日突然、歌舞伎沼に落ちたバイラ歌舞伎部部長。遅咲きゆえ猛スピードで沸点に達し、熱量高く歌舞伎を語る。
ばったり小僧……やる気はあるが知識は乏しい新入部員。若いイケメン俳優だけでなく、オーバー40歳の熟年俳優も大好き。
写真/露木聡子
スタイリスト/川田真梨子(松本幸四郎さん)、椎名宣光(尾上松也さん)
ヘアメイク/林 摩規子(松本幸四郎さん)、岡田泰宜(尾上松也さん)