[落ちるの一秒、ハマると一生」と言われる歌舞伎沼。その深淵をのぞき、沼への入り方を指南するこの連載。5月歌舞伎座の「團菊祭五月大歌舞伎」で、舞踊劇『鴛鴦襖恋睦 おしどり』に出演中の尾上松也さん。古典だけでなく、歌舞伎の新作を手がけたり、ミュージカルやドラマなどにも出演し、幅広い人気を得ています。今年1月には、10年にわたってリーダーを務めてきた「新春浅草歌舞伎」も一区切りとなり、あらたなステージを歩み始めています。そんな才能あふれる松也さんに舞台への意気込みや、歌舞伎への熱い思いをバイラ歌舞伎部のまんぼう部長とばったり小僧が聞きました!!
二代目尾上松也●おのえ・まつや 1985年、東京都生まれ。父は歌舞伎俳優の六代目尾上松助。屋号は音羽屋。1990年、尾上松也を名乗り、初舞台。近年の主な出演作としては23年新橋演舞場「新作歌舞伎『刀剣乱舞』月刀剣縁桐」三日月宗近(主演・演出)、新橋演舞場『新作歌舞伎 流白浪燦星』石川五ェ門、24年1月浅草公会堂『新皿屋舗月雨暈 魚屋宗五郎』魚屋宗五郎などを演じる。2009年より自主公演「挑む」を主宰。歌舞伎以外にも様々な舞台やミュージカル、ドラマなどで幅広く活躍。
■『おしどり』では役の心情が体に出るように踊りたい
まんぼう部長 松也さん、今日はよろしくお願いいたします! 松也さんは、歌舞伎以外の舞台やドラマでもご活躍していらっしゃるので、歌舞伎になじみがないバイラ読者でも「あっ、松也さんだ!」と親しみをもって読んでくれると思いますので、よろしくお願いいたします!
さて、5月は歌舞伎座で『鴛鴦襖恋睦』(おしのふすまこいのむつごと)(以下『おしどり』)にご出演ですね。どんなお話ですか。
松也 ちょっとファンタジックな舞踊劇です。前半と後半に分かれていまして、前半は、遊女の喜瀬川を取りあって、源氏方の武将・河津三郎と平家方の武将・股野五郎が相撲をとるという、滑稽で歌舞伎らしい演出になっています。勝負は河津が勝つのですが、じつはそれは股野の策略で、河津を喜ばせて、酔っぱらったところを討つという作戦だったんです。
後半は、喜瀬川が雌鴛鴦の精になって恋人の死を嘆いているところに、河津が雄鴛鴦の精になって現れて、再会を懐かしむというストーリーです。僕は河津三郎と雄鴛鴦の精の二役を勤めています。
ばったり小僧 それは幻想的でロマンチックなお話ですね。
松也 音楽も前半は長唄、後半は常磐津になるので、聴きごたえもあります。華やかで、物語もわかりやすい演目ですので、初めて歌舞伎をご覧になる方にも楽しんでいただけるのではないでしょうか。
小僧 松也さんは『おしどり』にまつわる思い出はありますか。
松也 それが残念ながらないんです(笑)。この演目は昭和29年に六世中村歌右衛門さんが復活上演された作品なのですが、上演回数も少ないため、僕も映像では観たことがありますけど、生では観たことがありません。ですが、こうした作品に若い世代で挑戦させていただけるということは、とても有難いですし、やりがいがあるなと感じています。
↑「團菊祭」は、いつもに増して出演俳優が華やか。「今年もまた(尾上)菊五郎さんをはじめ、(尾上)松緑さん、(尾上)菊之助さん、(市川)團十郎さん方とご一緒に出演させていただけて、なおかつ自分がメインで出し物をさせていただくということは、とても光栄なことだと思います」。
部長 恋人の喜瀬川役は尾上右近さんです。お二人は敵になったり、恋人になったりと共演も多くて、6月には博多座で『東海道四谷怪談』も一緒にされますね。
松也 右近くんとは、舞踊を一緒に踊るのは初めて……じゃなかった、『連獅子』を勤めましたね(笑)。ですが恋人同士で踊るのは、恐らく初めてだと思います。プライベートを含めて、いろいろ共有してきた仲間ですので、仲睦まじいおしどりが表現できるのではないかなと。ストーリーがあって、歌詞がある中で踊りますので、その心情が体に出るように踊りたいですね。
それと股野役の(中村)萬太郎さんとは、がっつり組んでお芝居をするのは久しぶりですので、それも楽しみです。
部長 5月の歌舞伎座は「團菊祭」でもあります。九世市川團十郎と、五世尾上菊五郎の功績を顕彰するために昭和11年からスタートして、毎年、恒例となっていますね。松也さんは、「團菊祭」には何か思い出はありますか。
松也 これについてはあります(笑)! 僕は菊五郎劇団に育てていただきましたし、音羽屋の劇団員にとって、「團菊祭」というのは、1年のうちで最も重要な公演といっても過言ではないんです。 僕も毎年のように出演させていただいて、先輩方の背中を見ながら、たくさんのお役を勉強させていただきました。大事な公演だけに、先輩方にいつもより厳しくご指導いただきましたね。
ですが、自分がお役を勤めさせていただくようになればなるほど、あの頃、ご指導いただいた経験が貴重な成長の糧となっているのを感じて、本当に有難かったなと思います。そのときの雰囲気を思い出して、初心、忘るるべからずという気持ちで臨みたいです。
↑「バイラという若い女性向けの雑誌なので、とびきりの笑顔をお願いします!!」というカメラとみやんのリクエストで、このスマイル♪ 真剣な表情とのギャップに部長はすっかり目がハート♡
■新作を作ることは歌舞伎の伝統でもあると思う
部長 松也さんは、新作歌舞伎にも積極的に取り組んでいらっしゃいますよね。昨年は新作歌舞伎『流白浪燦星(ルパン三世)』で石川五エ門役をされたり、好評だった新作歌舞伎『刀剣乱舞』では、主役のほかに初めて演出もされました。
松也 (『刀剣乱舞』は)初めてのことで難しさもありましたけれど、理想どおりの仲間が集まってくれましたので、僕のやりたいことはすぐに理解していただけましたし、支えにもなってくれました。自分の方向性ははっきりしていましたので、あとは共同演出の(尾上)菊之丞さんと一緒に、そこに向かって作り上げていくだけで。大変でしたけれど、楽しかったという気持ちのほうが大きかったです。
小僧 歌舞伎らしさと新しさが両方味わえて、すごく満足感の高い作品でした。最後の闘いの場面はひたすら美しくて思わず号泣しましたよ!!
松也 ありがとうございます。いわゆる古典歌舞伎っぽさを前面に押し出した形で作っていくことを念頭に置いていたので、そのあたりのブレはなかったと思います。物語も音楽もゼロのところから、自分の思い描いたものを形にしていきましたので、楽しかった反面、自分が作り上げる世界観を果たしてお客さまは喜んでくださるだろうか――というのは初日が開いてみないとわからないことで、とても不安でドキドキしました。ですが初日に満員のお客さまに入っていただいて、最後に盛大な拍手をいただいたときは、ものすごく感動しましたし、いろいろな思いがこみ上げてきました。自分がやろうとしていることは、そう間違ったものではなかったんだなと熱い気持ちになりましたね。
小僧 素晴らしい体験ですね。新作をやることで新しいお客様が増えているなと感じますか。
松也 新作歌舞伎『刀剣乱舞』のときは、歌舞伎のことはまったく知らなくても、『刀剣乱舞』を大好きな方がたくさん劇場に来てくださいましたので、多くの方に歌舞伎として刺さることを本当に願っていました。結果、「『刀剣乱舞』を観て、歌舞伎に興味がわいて、歌舞伎座に行きました」というような声もたくさんいただいて、とても嬉しかったです。
↑切れ長の目が印象的で、お肌がとってもきれいな松也さん。お嬢吉三とか女方をやってもハマってしまうわけです。美しい!!
小僧 歌舞伎ファンにとっても新作歌舞伎はとても楽しみです。俳優さんが普段とは違うテンションでお芝居するのはとても新鮮ですよね。
松也 そうですね。新作に出演するとか、新作を作るというのは、決して歌舞伎の伝統に反しているわけではなくて、むしろ歌舞伎の伝統のひとつだと僕は思うんですね。それが何十年にもわたって上演されることで古典になっていく。新作を作る意味は、そういうところにあると思いますので、僕も後輩たちに残せるような新作を作りたいです。これはひとつの夢ですね。
また、歌舞伎がなぜ現代まで残っているかというと、その時代のニーズにこたえてきたからですし、では、なぜニーズにこたえられたかといえば、やはり歌舞伎という演劇には柔軟性があるからだと思うんです。その特性を生かして、新作を作っていくことは必要なことだと思っています。
部長 今年1月には「新春浅草歌舞伎」への出演も一区切りとなり、ここへきて、松也さんのステージがまた変わった感がありますが、ご本人的にはどうでしょう。
松也 「新春浅草歌舞伎」には、10年間、リーダー的な立場として出させていただきました。これまでは毎年、浅草歌舞伎に向けて「何をやろうかな」と考えて、実際、浅草ではそれが実現できたわけですけれど、これからは本興行でどれだけのお役を勤めさせていただけるかというのは自分次第になってきます。浅草で勉強させていただいたことを本興行で生かせるようにするのが自分の務めだと思っています。
浅草でさせていただいた演目は、浅草で終わってはいけないと思うんです。僕がそれを本興行でしっかり演じることで、「浅草で頑張れば、本興行につながるんだ」という後輩たちの指針にもなっていくと思いますし、浅草というのはそういう憧れの場であってほしいんですよね。ですので寂しさもありますけれど、一方で浅草に背中を押していただいているような気もしています。今まで以上に歌舞伎の古典演目もしっかり勉強していきたいですね。
小僧 松也さんの古典、もっともっと観たいので、期待して待っています~!
↑松也さんは声がよくて、歌がうまいことでも有名。ミュージカルの出演も多いですが、歌舞伎座でもその美声をたくさん聴かせてほしい!!
■最近はレコードで音楽を聴くのにハマッています!
小僧 バイラ読者は、歌舞伎を観たことのない人もいるのですが、歌舞伎初心者はどんなところに注目して歌舞伎を観たらいいでしょうか。
松也 まず、ひとことで歌舞伎と言っても、いろいろなバリエーションの作品があるということを知っていただきたいですね。白塗りの人たちが出てくる時代ものに、庶民の生活を描いた世話物、華やかな舞踊もあります。悲劇があれば、喜劇もありますし、幽霊が出てくる怪談もある。とにかくバラエティに富んでいるので、まずは劇場で歌舞伎の幅の広さを感じていただきたいですね。きっと自分好みの演目に出会えると思います。
それから歌舞伎って、すごく堅苦しいと思われがちですけれど、突拍子もない話もけっこうあるんです。5月の『毛抜』なんて、まさにかなりぶっ飛んだ作品です。
部長 そうですね。娘が髪の毛が逆立つ病気にかかるとか、毛抜きが立って勝手に踊りだすとか(笑)。挙句に天井裏に強力な磁石を持って潜んでいた忍を突き止めるという……奇想天外です。
松也 歌舞伎でなければ成立しないようなシチュエーションが随所にあって、初めて観た方はワケがわからないかもしれないですけれど(笑)、「こんなのもアリなんだ!?」という発見がたくさんあると思いますので、その意外性を楽しんでいただきたいと思います。
部長 では最後に、これからますます忙しくなりそうな松也さんですが、癒しになっているのは、どんな時間ですか。
↑「まずは劇場に来ていただけないと始まりませんので、難しく考えずに歌舞伎を観に来てください。内容がわかりにくければ、イヤホンガイドもありますので、お気軽にお越しいただきたいですね」。
松也 いろいろありますけれど、直近だとレコードで音楽を聴くのにハマっています。友達からレコードをプレゼントしていただいたのがきっかけなのですが、もともとうちにはレコードプレイヤーがなかったんですよ。友達は「家に飾るだけでも」と言ってくれたのですが、レコードを飾ってサマになるようなおしゃれな部屋ではないので(笑)、この際だからと思って、プレイヤーを買って聴くようになったら、すごくリラックスできていいなって。今ではいろいろなレコードを買って、日々聴いて癒されています。
小僧 レコードだと、デジタルとは音質が違いますか。
松也 僕は音楽に対して、そんなに繊細な耳を持っているわけではないですけれど、やはりやわらかいというか、包み込まれるような感じがして好きですね。
部長 どんな音楽がお好きなんですか。
松也 何でも聴きます。クラシック、ジャズ、ロック、映画音楽……本当に多ジャンルです。あえてお気に入りの1枚を挙げるなら、ウェザー・リポートというアメリカのジャズ、フュージョン・グループの『ヘヴィ・ウェザー』というアルバムかな。
小僧 おおっ、渋い。さすが本格派! じゃあ、夜は大好きなキャンドルを灯しながらレコードを聴いているんですね。
松也 はい。僕は家ではお酒をまったく飲まないので、キャンドルを焚いて音楽を流して、水を飲みながら夜景を見るのが好きです(笑)。
小僧 そこはワインかブランデーじゃないですか!?と言いたいところですが、水っていうところに松也さんのストイック味を感じます(笑)。
部長 夜景を見ながら英気を養って、『おしどり』で素敵に羽ばたいてください。楽しみにしています!
↑舞台やテレビではトーク上手で饒舌な印象だけれど、じつはとても人見知りなのだそう。小僧は、伏し目がちの松也さんの長いまつげに終始釘づけでした♪
■團菊祭五月大歌舞伎
日程:2024年5月2日(木)〜26日(日)
休演:8日(水)、16日(木)
劇場:東京・歌舞伎座
【昼の部】午前11時~
一、
『鴛鴦襖恋睦』(おしのふすまこいのむつごと)
おしどり
河津三郎/雄鴛鴦の精:尾上松也
遊女喜瀬川/雌鴛鴦の精:尾上右近
股野五郎:中村萬太郎
二、
四世市川左團次一年祭追善狂言
歌舞伎十八番の内
『毛抜』(けぬき)
粂寺弾正:市川男女蔵
腰元巻絹:中村時蔵
小野春風:中村鴈治郎
小原万兵衛:尾上松緑
八剣数馬:尾上松也
秦秀太郎:中村梅枝
錦の前:市川男寅
乳人若菜:市村萬次郎
秦民部:河原崎権十郎
八剣玄蕃:中村又五郎
小野春道:尾上菊五郎
後見:市川團十郎
三、
河竹黙阿弥 作
『極付幡随長兵衛』(きわめつきばんずいちょうべえ)
「公平法問諍」
幡随院長兵衛:市川團十郎
水野十郎左衛門:尾上菊之助
女房お時:中村児太郎
極楽十三:中村歌昇
雷重五郎:尾上右近
神田弥吉:大谷廣松
小仏小平:市川男寅
閻魔大助:中村鷹之資
笠森団六:中村莟玉
加茂次郎義綱:中村玉太郎
下女およし:中村梅花
御台柏の前:中村歌女之丞
坂田金左衛門:市川九團次
伊予守頼義:上村吉弥
坂田公平:片岡市蔵
渡辺綱九郎:市村家橘
出尻清兵衛:市川男女蔵
唐犬権兵衛:市川右團次
近藤登之助:中村錦之助
【夜の部】午後4時30分~
一、
『伽羅先代萩』(めいぼくせんだいはぎ)
御殿
床下
〈御殿〉
乳人政岡:尾上菊之助
栄御前:中村雀右衛門
一子千松:尾上丑之助
鶴千代:中村種太郎
沖の井:中村米吉
八汐:中村歌六
〈床下〉
仁木弾正:市川團十郎
荒獅子男之助:市川右團次
二、
河竹黙阿弥 作
『四千両小判梅葉』(しせんりょうこばんのうめのは)
四谷見附より牢内言渡しまで
野州無宿富蔵:尾上松緑
数見役:坂東彦三郎
頭:坂東亀蔵
女房おさよ:中村梅枝
三番役:中村歌昇
浅草無宿才次郎:中村萬太郎
伊丹屋徳太郎:坂東巳之助
四番役:中村種之助
黒川隼人:中村鷹之資
寺島無宿長太郎:尾上左近
生馬の眼八:市村橘太郎
田舎役者萬九郎:中村松江
浜田左内 河原崎権十郎
うどん屋六兵衛:坂東彌十郎
隅の隠居:市川團蔵
牢名主松島奥五郎:中村歌六
石出帯刀:坂東楽善
藤岡藤十郎:中村梅玉
取材・構成/バイラ歌舞伎部
写真/富田恵
まんぼう部長……ある日突然、歌舞伎沼に落ちたバイラ歌舞伎部部長。遅咲きゆえ猛スピードで沸点に達し、熱量高く歌舞伎を語る。
ばったり小僧……やる気はあるが知識は乏しい新入部員。若いイケメン俳優だけでなく、オーバー40歳の熟年俳優も大好き。