世界で活躍するピアニスト・上原ひろみさん率いる4人組バンド「Hiromi's Sonicwonder」。しなやかで心弾むサウンドが魅力の最新作『OUT THERE』に垣間見えた、尽きることない好奇心の秘訣とは――。

上原ひろみさんインタビュー
小さなラッキー集めが好奇心を育む
2023年、気鋭のミュージシャンたちとともに4人編成のプロジェクト「Hiromi's Sonicwonder」を始動させたピアニスト・上原ひろみさん。同年、個性が響き合うオリジナルアルバム『Sonicwonderland』をリリースし、ワールドツアーを敢行。世界各地で熱狂を巻き起こした。そして、その旅の果てに生まれたアルバム『OUT THERE』が、ついに完成した。
「アルバム名であり、組曲のタイトルでもある『OUT THERE』という言葉には、一歩踏み出せば、新しい何かに出会える――。そんな好奇心を刺激する力があると思うんです。私自身、今いる場所から一歩外へ出て新しいことを探すという姿勢をずっと大切にしてきたので、その想いをこの作品に込めました」
前作は、自身が思い描く音楽のイメージを具現化してくれるメンバーを世界中から探し集めて制作したのに対し、本作はワールドツアーを通じて見えてきたメンバーの個性を反映させながら作り上げたという。それがよく表れた収録曲の中でも、ひときわ異彩を放っているのが「Yes! Ramen!!」だ。
「私は無類のラーメン好きですが、トランペッターとドラマーも驚くほどのラーメン好きで、二人は日本ツアー中、ほぼ毎日食べていたんじゃないかな。サウンドチェックと本番の短いすき間時間にも、気になるお店を探して食べに行くので、『I'm so proud of you』と声をかけたことも(笑)。それで、『ラーメンの曲を作るなら今しかない!』と思い、『Yes! Ramen!!』は書き上げたんです」
こうした食への飽くなき探究心から生まれた一曲をはじめ、本作は好奇心をかき立てるようなはじけるサウンドの楽曲がそろっている。年齢やキャリアを重ねる中で、好奇心を保ち続けることに難しさを感じるバイラ世代も少なくないが、上原さんは、それをどのように維持しているのだろうか。
「やっぱり、自分の好きなことを大切にすることではないでしょうか。私の場合、それが仕事でもある音楽で、そこに対する好奇心が尽きたことは一度もありません。でも、もし仕事と好きなことが別なら、自分が『これは好きだな』と思えることを、日々のスパイスとして余暇に楽しむことが大事だと思います。それはお気に入りの映画を観たり、美味しいお酒を飲んだりとか、そういったことで充分。大きく心を動かす必要はなくて、ほんの少しでも心が動けばそれでいいんです。私はそうした瞬間を“小さいラッキー”だと捉えていて、なにげないことでも、そのかけらをかき集めれば、人生の満足度は大きく変わると思っています。たとえばエレベーターが一度も止まらずに目的地まで着いたり、時計を見たらゾロ目の11時11分だったり。そんなささやかな出来事でも、それに気づいて喜べるだけで、日常がぐっと楽しくなるので」
そんな幸せへの感度が研ぎ澄まされた上原さんだが、多忙な日々の中でその感覚が鈍ったときはどうしているのだろう。
「睡眠がいちばん。小刻みにでも寝て体力を回復させたら、疲れからくるネガティブな状態は大抵解決できます。それと、私は食べることがとにかく好きで、常に次の食事では何を食べようかと想像していて。食が自分に与えてくれる多幸感が大きいので、そこをないがしろにせず、自分が本当に食べたいものを、たとえコンビニですますことになっても熟考した上で食べることを徹底していますね」
最後に、上原さんが今、最も知りたいことを尋ねると「ピアノ」と即答。
「ピアノは弾けば弾くほど面白くなるし、どんどん知りたいことが増えていくんです。だから、コンサートで子どもたちがサインをお願いしてくれるとき、私はいつもこんなメッセージを書くんです。
『The more you play' the more fun it gets(たくさん弾けば弾くほど楽しいよ)』って。もちろん、“知りたい”と思っても、長いトンネルに入ったように答えがなかなか見つからないこともあります。最近も、自分の演奏に納得がいかなかったり、新しい曲のアイディアが浮かんでこなかったりする時期がありました。でも、そんなときこそ踏ん張り続けるしかないんです。あきらめずに模索し続けていれば、いつか突破口が見えてワクワクできる。そう信じています」

日常に散らばる幸せのかけらが、人生の満足度に

アルバム『OUT THERE』
上原ひろみ Hiromi's Sonicwonder
通常盤¥3300/
ユニバーサル ミュージック
4月4日発売
デビュー作『Another Mind』の冒頭を飾った、上原ひろみの代表曲「XYZ」のSonicwonder Ver.や、ポップで心弾む「バルーン・ポップ」、シンガー・ソングライターのミシェル・ウィリスを客演に迎えた「ペンデュラム」など全9曲。

ピアニスト
上原ひろみ
うえはら ひろみ●1979年、静岡県浜松市生まれ。6歳よりピアノを始め、17歳のときにチック・コリアと共演。1999年にボストンのバークリー音楽大学に入学し、在学中にアルバム『Another Mind』(2003年)で世界デビュー。映画『BLUE GIANT』のサウンドトラックは数々の音楽賞を受賞した
衣装/リミ フゥ
撮影/天日恵美子 ヘア&メイク/神川成二 取材・原文/海渡理恵 ※BAILA2025年5月号掲載