「落ちるの一秒、ハマると一生」と言われる歌舞伎沼。その深淵をのぞき、沼への入り方を指南する本連載。
今月紹介するのは、次世代を担う若手の花形歌舞伎俳優が揃う「新春浅草歌舞伎」に出演する市川染五郎さん。「新春浅草歌舞伎」は、2025年から新メンバーとなって装いも新たに上演されますが、染五郎さんもそんな新メンバーのひとり。持って生まれた華に加えて、最近は大きな役にも挑戦するなど、めきめきと実力をつけつつある期待の10代です。
そこで今回からバイラ歌舞伎部の部長に新たに就任した二代目まんぼう部長とばったり小僧の新コンビが早速に出動。染五郎さんに「新春浅草歌舞伎」にかける思いを伺いました!!
●いちかわ・そめごろう 2005年、東京都生まれ。十代目松本幸四郎の長男。屋号は高麗屋。2007年6月、歌舞伎座にて初お目見得。2009年6月、四代目松本金太郎を名乗り初舞台。2018年1月、歌舞伎座 高麗屋三代襲名披露公演にて八代目市川染五郎を襲名。
市川染五郎さん「新春浅草歌舞伎」出演インタビュー
「光秀は、武将としての大きさや凄みを出せるように勤めたい」
二代目まんぼう部長 読者のみなさま、はじめまして。新しくバイラ歌舞伎部のメンバーになりました二代目まんぼう部長です。部長ながらまったくの歌舞伎初心者ですが(笑)、小僧とともに頑張りますので、よろしくお願いいたします!!
ばったり小僧 よろしくお願いします!!
部長 さて、今日は、来年2025年1月、「新春浅草歌舞伎」にご出演の市川染五郎さんのご登場です! この「新春浅草歌舞伎」は、若手の歌舞伎俳優の登竜門として、毎年、浅草公会堂で公演が行われているんですよね。
小僧 そうですね。この10年は、尾上松也さんを中心としたメンバーでやってきましたが、今年で一区切りということで、2025年からは装いもあらたに開催されることが決まっていました。その新メンバーに染五郎さんが選ばれて、10代ながら大役を勤めることになりました!! では染五郎さん、まずはご出演が決まったときのことを教えてください。
染五郎 はい。来年からメンバーが変わることは聞いていたんですけれど、まさか自分がそこに入らせていただくとは思っていなかったので、父(松本幸四郎)から話を聞いたときは驚きが大きかったです。でも、年齢の近いお兄さんたちと一緒にやらせていただけるのは、すごくうれしかったですね。父からは「続けて出させていただけるように頑張りたいね」と言われました。
部長 染五郎さんは、『絵本太功記』と『棒しばり』にご出演されますね。楽しみしているとはありますか?
染五郎 まず『絵本太功記』は、本能寺の変のあとの話で、明智光秀が武智光秀、豊臣秀吉が真柴久吉と名前を変えて登場します。僕は光秀と久吉を演じますが、とくに(中村)橋之助のお兄さんとダブルキャストで勤める主役の光秀は、高麗屋らしい線の太い役ですので、そういう役に挑戦できることがうれしくもあり、同時にプレッシャーも感じています。
何といっても橋之助のお兄さんとダブルキャストなので、どうしても比較されてしまうと思うんですね。お兄さんは先輩ですけれど、勝負のつもりで挑みたいと思います。
↑2025年の「新春浅草歌舞伎」は、中村橋之助さん、中村鷹之資さん、中村莟玉さん、中村玉太郎さん、市川染五郎さん、尾上左近さん、中村鶴松さんが出演。「浅草歌舞伎のメンバーは、ライバルであり、仲間であり、戦友という感じ」と染五郎さん。「左近くんとは9月歌舞伎座でも一緒だったんですけど、『吉野川』という本当に大きな作品に、二人で飛び込んでいくような感覚でした」
小僧 染五郎さんは、以前から光秀という人物にすごく魅力を感じているとおっしゃっていますよね。どんなところに惹かれますか。
染五郎 そうですね。昔からザ・ヒーローという役より、悪役とか、ちょっと影のある役が好きなんですよね。『絵本太功記』でも久吉が表だとすると、光秀は裏。光と影という相対する存在として描かれることが多くて、登場のシーンも久吉は家来を引きつれて華々しく登場しますけれど、光秀はひとりでのっそり登場します。なので、武将としての大きさを出しつつ、光と影という対比が出せるように演じたいです。
それとこの光秀は、(中村)吉右衛門の大叔父がよくやられていて、最後に歌舞伎座でおやりになったとき、僕も歌舞伎座の2階の一番後ろで観てたんですけれど、最初の出のところ、笠で顔を隠して出てきて、それを下におろして顔が見えたとき、ものすごい迫力で。2階の一番後ろまで飛び出しくるみたいな感じで、鳥肌が立ちました……。あれは忘れられないですね。
今回の光秀は、祖父(白鸚)に教わります。祖父との時間を大切にしながら、高麗屋らしい光秀に近づけるよう頑張りたいです。
部長 『絵本太功記』は歌舞伎らしい重厚な作品で、もうひとつの『棒しばり』は楽しい舞踊劇ですね。
染五郎 そうですね。お酒を飲んだらいけないと言われていたのに、主人の留守中に我慢できずに飲んで酔っ払ってしまうダメな家来のお話です(笑)。
理屈抜きで楽しんでいただけるコミカルな舞踊劇なので、歌舞伎初心者の方や海外の方にもぜひ観ていただきたいですね。
また、タイトル通り、次郎冠者は棒に両手を縛られて、太郎冠者は後ろ手に手を縛られた状態で踊るんですね。手の動きを封じられた状態で踊るのは、かなり難しいんですけれど、こちらも楽しんで演じないとお客様に笑っていただけないので、しっかり技術を身につけて余裕をもって演じられたらと思います。
一緒に踊る次郎冠者役の(中村)鷹之資のお兄さんは、とても踊りのお上手な方ですし、ご自身の勉強会でも『棒しばり』を一度なさっているので、ひと月かけて、食らいついていきたいと思っています。
↑「『絵本太功記』の光秀は、母親と息子を失ってしまうという悲劇的な役。父親としての大きさとか落ち着きを出せるようにしたいです。また、光秀は拵えも独特で、他にない化粧だったり、ビジュアルだったりするので、そういうところも注目していただきたいです」と伏し目がちに静かに語る染五郎さん。流し目ヤヴァイ!! と興奮気味にシャッターを切るカメラマンつゆっきーだった……。
「祖父や父と離れて、新しい世界に飛び込んでみようと思いました」
部長 踊りとお芝居だと、役作りがまた変わったりしますか?
染五郎 踊りの場合は、まず振付けを覚えるところから始まりますけれど、踊りとはいえお芝居ですから、役の気持ち、役の心をのっけていくという作業をしっかりやって、お芝居としてお見せするというか。
最近、とくに思いますけれど、歌舞伎も演劇の中のひとつのジャンルだと思っていますので、どんな作品でも演劇的にお見せすることを意識してやっています。
部長 お酒はまだ飲めない年齢なので、酔っぱらった経験はないと思いますが、何をヒントに演じれますか?
染五郎 ザ・ドリフターズが好きなので、加藤茶さんや志村けんさんの酔っぱらい芸をあらためて見直してみようと思います(笑)。
小僧 『絵本太功記』で泣かせて、『棒しばり』で笑わせて。振り幅の大きい染五郎さんが楽しめるので、これは必見!!
染五郎 お正月は、毎年、祖父と父と三代で歌舞伎座に出ていて、とくに高齢の祖父のことを考えると、できるだけ一緒の舞台に立ちたいという思いもあり、正直、最初は浅草歌舞伎に出ることを迷いました。でも、若手のお兄さんたちと一緒の舞台を作り上げるというのは、とても貴重な経験ですので、新しい世界に飛び込んでみようと思いました。
これまでたくさんの先輩方が作ってきた「新春浅草歌舞伎」を、新しいメンバーと新たな気持ちで作り上げられたらと思っています。
↑今年、歌舞伎座でも上演した舞踊劇『鵜の殿様』もコメディタッチだったので、「その経験を『棒しばり』に活かしたい」と染五郎さん。「そういえばドリフで、忠臣蔵の松の廊下のコントがあるんです。加藤さん演じる浅野内匠頭が、志村さん演じる吉良上野介の袴を踏みつけて、何度も転ばせるっていうコントで、『鵜の殿様』の振り付けと似ているなと思いました」。さすがドリフ(笑)。こーゆー素の表情の染五郎さんも良き♪
市川染五郎さんと「浅草歌舞伎」で〝あいうえおインタビュー!〟
「映画『ジョーカー』の続編は公開初日に観に行きました」
小僧 さて、ここからは「浅草歌舞伎」(あ・さ・く・さ・か・ぶ・き)にひっかけた質問です。おつきあいください!!
染五郎 あ、はい……。
小僧 では、まず「あ」から。
「あめんぼ あかいな あいうえお」という発声練習がありますよね。歌舞伎にもそういう発声練習法はあるんでしょうか。
染五郎 とくにないですね。ただ僕も長唄と清元を習っているんですけれど、歌舞伎俳優の方々は、みなさん、唄のお稽古を何かしらしていらっしゃるので、そういうお稽古ごとで声の出し方は日々、訓練していると思います。
あと、10月に歌舞伎座の『吉野川』に出ていたときは、玉三郎のおじさまから発声の方法も教えていただきました。
部長 それは貴重ですね。
染五郎 はい。おじさまが人間の顔の断面図みたいなものを持ってきてくださって、声を出すときは、「喉のここを開けるんだよ」って説明してくださって。おじさまは解剖学的な根拠をもとに声も作られているそうで、そういうお話を聞くと、とても説得力があって勉強になりました。
部長 実際、ご自身で発声が変わったと感じましたか。
染五郎 すごく変わりました。これまでとはまったく違うと思います。「あなたはいい声を持っているんだから、ちゃんとした出し方をすれば、もっとよくなる」とおっしゃってくださって嬉しかったですね。
↑浅草の思い出は?「毎年、お正月は、元旦には先輩方のお宅にご挨拶回りに行ったり、2日から舞台が始まったりで、初詣に行く時間がないんです。それで大晦日に浅草の浅草寺にお参りに行くのが我が家の恒例行事になっていて。小さい頃は、仲見世でお芝居に使う小道具の刀とか獅子の赤い毛とかを買って遊んでいました(笑)。良かったことも悪かったこともすべてリセットして、新しい年を迎えられる——浅草はそんな場所です」
小僧 染五郎さん、もともと声がよく通るけれど、さらに磨きがかかれば、できる役もどんどん増えますね。光秀の声も楽しみです。 で、次は「あさくさかぶき」の「さ」。
「最近(さいきん)ハマっていること」はありますか? これまでも仏像、マイケル・ジャクソン、ジョーカー、沢田研二さんなど、さまざまなものにハマってきた染五郎さんですが、今は?
染五郎 今も全部好きですけれど、最近またジョーカーにハマっています。10月に映画『ジョーカー』の続編(『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』)が公開になって、初日に観に行きました。続編は賛否両論あるんですけれど、個人的にはすごく良かったです。あらためてジョーカーみたいな役をいつかやってみたいなと思いました。
小僧 では、次は「あさくさかぶき」の「く」。
栗のおいしい季節ですが、「栗(くり)で好きなお菓子」は?
染五郎 栗ですか……(笑)。モンブラン、好きですね。あと和菓子好きなので、栗蒸し羊羹とか好きです。
小僧 次は「あさくさかぶき」の「さ」。
「秋刀魚(さんま)がお好きだそうですが(笑)、目黒のさんま祭りには、今年は行きましたか」?
染五郎 いや、行ってないです。というか、今まで一度も行ったことがないんですよ。お肉も好きですけれど、焼き魚も好きで、とくに秋刀魚は大好きなので、いつか行ってみたいです。
小僧 次は「あさくさかぶき」の「か」。
「加藤茶さんと志村けんさん、どっちがお好きですか?」 たぶん幸四郎さんは志村けん派だと思いますが。
↑物静かな染五郎さん。「新春浅草歌舞伎」は、仲良しの若手が揃うので楽屋もかなりにぎやかだそうですが、そういうノリは大丈夫ですか?「どちらかというと、自分は一人が好きなんですけれど(笑)、左近さんは最近よく一緒になるし、(中村)莟玉さんは、相手役を何度が勤めさせていただきましたし、鶴松さんも『三谷かぶき』でバディを組ませていただいたので大丈夫です。橋之助のお兄さん、鷹之資さん、玉太郎さんはまだがっつり組んだことがないので、今回、ご一緒できるのを楽しみにしています」。それにしても歌舞伎俳優って、みんなこんなに睫毛が長いのかしら……と二代目部長は、染五郎さんの目元に釘付けに★
染五郎 父の影響で、小さい頃から志村さんのコントはよく見ていました。バカ殿とか、だいじょうぶだぁとか、そういうのを見て育ったので、やっぱり志村さんが好きでしたけれど、大人になるにつれて、加藤茶さんもすごいんだっていうことに気づきはじめた感じです。
小僧 では、「あさくさかぶき」の「ぶ」。
「武器は何ですか?」 ご自身の強みを教えてください。
染五郎 いいところかどうかはわからないんですけれど、わりと自分自身を俯瞰して見るタイプで、それは役者としてすごく必要なところかなと思います。 お芝居の良かったところ、悪かったところを常に分析して、それを修正していかないと成長できないので、一歩、引いて自分を見ることができるのは、役者としてはすごく助かっている部分です。
部長 大人ですね。クールでいいですね。
小僧 では、最後は、「あさくさかぶき」の「き」。
「気になる人」を教えてください。
染五郎 それこそ、映画でジョーカーを演じた俳優のホアキン・フェニックスさん。芝居をしているように見えないというか。その人物にしか見えないんですよね。それがもう本当にすごいなと思います。
小僧 確かにあの狂気、すごいですよね。そして化ける、という意味では、染五郎さんも負けてないですよね。人間豹を演じたときもすごかったです。「新春浅草歌舞伎」でもきっと渾身の演技で魅了してくれるはず!!
部長 ホントお話を聞いて、「新春浅草歌舞伎」、ますます楽しみになりました。そして小僧のくだらない質問につきあってくださった染五郎さんの懐の深さに惚れました~♪ 1月はみなさんもぜひ浅草へGO!!
↑歌舞伎初心者へのアドバイスをお願いします! 「ハードルが高いイメージを持たれがちですけれど、歌舞伎はすごく柔軟な演劇です。その時代のものを常に取り入れて進化してきたし、新しい作品も生まれているので、若い方々にもぜひ気軽に劇場に遊びに来ていただきたいです。『何を着ていけばいいの?』なんて友達に聞かれたりしますけれど、服装も普通に遊びに行くときと同じ格好で大丈夫ですよ!」
■「新春浅草歌舞伎」
劇場:東京・浅草公会堂
日程:2025年1月2日(木)~26日(日)
第1部 午前11時~
第2部 午後3時~
※19日(日)第2部は「着物で歌舞伎」です。皆様、お着物でご観劇ください
取材・構成/バイラ歌舞伎部
写真/露木聡子
二代目まんぼう部長
2024年11月にまんぼう部長を襲名し、二代目に。歌舞伎にはまったくの素人で、『かぶき手帖』片手に、日々勉強中。舞台やライブは大好きで、歌舞伎沼落ちの予感。踊りが上手な役者さんに目を奪われがち。
ばったり小僧
歌舞伎鑑賞歴5年。連載当時は歌舞伎初心者だったが、すっかり沼落ちして、ときに歌舞伎を熱く語るが、そのわりに演目のタイトルがいまだに覚えられない。若いイケメン俳優だけでなく、オーバー50歳の熟年俳優も大好き。