「落ちるの一秒、ハマると一生」と言われる歌舞伎沼。その深淵をのぞき、沼への入り方を指南する本連載。
今月ご登場いただくのは、現在、歌舞伎座昼の部で上演中の新作歌舞伎『木挽町のあだ討ち(こびきちょうのあだうち)』で、主役の菊之助を演じている市川染五郎さん。
『木挽町のあだ討ち』は、直木賞と山本周五郎賞をW受賞した永井紗耶子さんの人気時代小説を歌舞伎にした新作で、親の仇討ちに懸ける美しき若衆・菊之助の運命と、芝居小屋に生きる人々の想いが交錯する人情あふれる物語です。

菊之助を演じる染五郎さんは、今年3月に20歳になったばかりながら、成長著しい注目の花形俳優。一途に歌舞伎に打ち込む姿はまっすぐな菊之助とどこか重なるところがあって、まさにハマり役と大評判。
そんな公演中の染五郎さんに、BAILA歌舞伎のまんぼう部長とばったり小僧が大接近します!!
いちかわ・そめごろう●2005年、東京都生まれ。十代目松本幸四郎の長男。屋号は高麗屋。2007年6月、歌舞伎座にて初お目見え。2009年6月、四代目松本金太郎を名乗り初舞台。2018年1月、歌舞伎座 高麗屋三代襲名披露公演にて八代目市川染五郎を襲名
市川染五郎さん『木挽町のあだ討ち』インタビュー
まんぼう部長 本日は現在、歌舞伎座で上演中の新作歌舞伎『木挽町のあだ討ち』で、主役の菊之助を演じている市川染五郎さんにご登場いただきます!
染五郎 よろしくお願いします。
ばったり小僧 お忙しいところ、ありがとうございます!『木挽町のあだ討ち』は、直木賞と山本周五郎賞をW受賞した永井紗耶子さんの人気時代小説を歌舞伎化したものですね。江戸の木挽町の芝居小屋を舞台に、父親の仇討ちに懸ける美しい青年・菊之助の葛藤を描いた物語です。私はまだ観ていないんですけれど、大好評のようですね。
染五郎 えっ、まだ観てない? ダメじゃないですか。早く観ないと(笑)。
小僧 あわわわ、すみません(汗)。でも、評判は聞いておりますよ。以前から原作を「歌舞伎化するなら菊之助役は染五郎さんで」とSNSで盛り上がっていましたが、本当にハマり役で、染五郎さんが凛々しくて素晴らしいと。お稽古中はセリフ劇で感情表現が難しいとおっしゃっていましたが、実際、始まってみていかがですか。

↑3月に行われた取材会には、小説『木挽町のあだ討ち』の作者・永井紗耶子さんと、舞台の演出・脚本の齋藤雅文さんとともに出席。永井さんは、もともと大の歌舞伎ファン。染五郎さんが菊之助をやってくれたらいいなと思っていたら現実になったそうで、「推しにやってもらうという感じ(笑)」とのこと。これぞ推し活の最高到達点。
「20歳という年齢は意識していません。大事なのは "今自分ができる最大限をやろう”ということの積み重ね」
染五郎 そうですね。新作の場合、初日が開かないとお客様の反応がわからないので、不安なところもあったんですけれど、今回はお客様がおもしろい場面では笑って、悲しい場面で泣いてくださるので手応えを感じています。
歌舞伎の古典の演出だと、見得があったり、決まりがあったりして、ワッと盛り上がるところがわかりやすいと思うんですけれど、そういう決まりがない新作でも毎回同じような反応があるということは、役者が積み上げてきたものがお客様にちゃんと届いているということだと思うので有難いですね。
僕もセリフだけでなく、肚(はら)の部分と言いますか、菊之助の内面的なところもきっちりと意識して役作りしてきたので、それが伝わっていると思うとうれしいですね。
部長 これまでも舞踊『雪の石橋』をはじめ、『信康』『人間豹』『絵本太功記』など、10代のうちから染五郎さんは主役を勤めてきました。『木挽町のあだ討ち』は、20歳になって最初の作品となりますが、主役というのはやはり特別なものがありますか。
染五郎 やっぱり高麗屋は主役をやる家柄ですから、真ん中に立ってもおかしくない役者にならなければとつねに思っています。共演のみなさんは、ほとんど先輩なので、その真ん中に立つプレッシャーはもちろんありますけれど、だからといって、へんに縮こまっていてはダメで、主役がどんと構えていないと作品全体が締まらないと思うんですね。
今回の稽古でも思ったことがあれば、演出の齋藤(雅文)さんにできるだけ積極的に聞くようにしていました。たとえば今日はAパターンの演技をやったとしたら、翌日には思いきってBパターンをやってみて、『どっちがいいと思いますか?』と聞いたりして。

〈©松竹〉↑4月歌舞伎座で上演中の新作歌舞伎『木挽町のあだ討ち』で、主役の菊之助を演じる染五郎さん。キリっとした表情が素敵☆ 「幕開きは春の雛祭りで、一幕目の幕切れは中秋の名月の下で菊之助が葛藤し、大詰めは雪景色というように、春夏秋冬、喜怒哀楽をすべて入れました」と演出家の齋藤さん。季節を感じられるところも風情があって歌舞伎らしい。
部長 普段は控え目でシャイな性格とお見受けしますけれど、舞台に立つと一変して、とってものびやかで、大きさがあって、主役のオーラを放っている。天性のものもあるでしょうけれど、ご自身が自分の立場を自覚して、覚悟をもって取り組んでいるところが素晴らしいですね。
染五郎 今回は新作ですが、浅草歌舞伎で光秀(2025年1月『絵本太功記』)をやったときに感じたのは、古典作品の主役のプレッシャーは半端ないなということでした。高麗屋でいえば、七代目幸四郎以降、全員が光秀をやっていて、(中村)吉右衛門の大叔父もやっている。そういう受け継いできたものがある中で、真ん中に立たないといけないというのは、新作以上に、重みを感じました。
部長 やっぱりそうなんですね~。涼しいお顔をしているけれど、私たちには計り知れないプレッシャーの中で、日々もがいていらっしゃるんですねぇ。さて、3月で20歳になりましたが、節目を迎えての気持ちを教えてください。
染五郎 年齢はあまり意識してないというか。もちろん大人としての自覚は持たないといけないですけれど、20歳といっても何かが変わるわけでもないし、急に芝居がうまくなるわけでもない。
年齢というより、「明日こそもっといいものをやろう」「今自分ができる最大限をやろう」ということの積み重ねでいたいと思います。
だから歌舞伎の舞台はだいたい1カ月ですけれど、その限られた時間の中で、どれだけ自分のハードルを上げられるか、ということを意識して取り組んでいます。毎回、「もっとできただろう」という悔いは残りますけれど、そう思えるからこそ、次に成長できるんじゃないかと思っています。
小僧 なんて立派な20歳なのかしら!? 自分の20歳の頃がバカ過ぎて恥ずかしい~!(笑)

↑相変わらずスレンダーで、見目麗しく、何を着てもサマになる染五郎さん。素敵です♪ 「『木挽町のあだ討ち』はもちろん読ませていただきました。小説はキャラクターごとに章立てされていて、一人一人の過去や背景が語られてるんですけれど、みんな個性的で愛すべきキャラクターばかりで、ノンストップで読んでしまいました」
マイケル・ジャクソンの音楽との出会いは、 グッチ裕三さんの『ハッチポッチステーション』!?
小僧 『木挽町のあだ討ち』の舞台となっているのは、江戸時代に実在した森田座という芝居小屋ですが、もし当時にタイムスリップして、『木挽町のあだ討ち』に出てくる面々と芝居ができることになったら、染五郎さんはどんな演目をやりたいですか?
染五郎 えっ、森田座で??……メンバーは舞台に出てくる人たちで……それはもう『木挽町のあだ討ち』でしょう!
森田座は、今、歌舞伎座のある木挽町のあたりにあったんですよね。当時の人からしたら、『木挽町のあだ討ち』は現代劇なわけですから、よりリアルで盛り上がると思うんです。フラッシュモブみたいな感じで、仇討ちの場面を芝居小屋の外でやるというのもアリかも。
小僧 いきなり始まるみたいな?
染五郎 そう。いきなり仇討ちが始まったら引かれるかもしれないけれど(笑)。
小僧 いやいや、おもしろそうです! タイムスリップしなくても、ぜひどこかで実現してほしいです。
ところで染五郎さんは、運転免許を取って1年以上たちますが、今、劇場に来るときは、ご自分で車を運転しているんですか?

〈©松竹〉↑4月歌舞伎座『木挽町のあだ討ち』で菊之助を演じる染五郎さん。森田座という芝居小屋が舞台で、歌舞伎俳優や小道具さん、大道具さん、衣裳さんなど、裏方の人たちも登場する芝居好きにはたまらない作品。染五郎さんが手にしている“生首”もじつは作品のキーアイテム。
染五郎 急に質問が変わりましたね(笑)。はい、ほぼ毎日、自分で運転しています。
部長 運転中はどんな音楽を聞いているんですか。
染五郎 昔の曲が多いですね。マイケル・ジャクソンやクイーン、キッスなどの70年代のポップスと、あとはニルヴァーナ、ジューダス・プリースト、メタリカなどを爆音でかけています。
小僧 ヘビメタですか。だいぶ激しめですね(笑)。一緒に歌ったりして?
染五郎 いや、一緒に歌ったら声をつぶしそうなので歌いません(笑)。
部長 染五郎さんは、以前からマイケル・ジャクソン好きとして知られていますけれど、そもそも誰の影響で、昔の洋楽を聞くようになったんでしょうか。
染五郎 今思うと、子どもの頃にグッチ裕三さんの『ハッチポッチステーション』という番組があって、その中で、いろいろな歌手のパロディをやるコーナーがあったんですね。たとえばマイケル・ジャクソンだったら、マイケル・ハクションというキャラクターが出てきて、マイケルの『ビート・イット』を童謡の『やぎさんゆうびん』の歌詞で歌うんですよ(笑)。
部長 お手紙食べた~♪っていう歌ですよね。あの歌詞を『今夜はビート・イット』で?……想像つきません(笑)。

↑横顔の美しさにみとれる部長♥ それにしてもおじいさまの松本白鸚さんにどんどん似てきたような。でも、お笑いが好きで、妄想癖があるところはお父様の幸四郎さん譲りだったり。いったいどんな大人になって、どんな俳優になってくのか、この先が本当に楽しみです
染五郎 それが大好きでVHSのビデオで繰り返し見ていて。思えばそれがマイケルとの出会いですね。ジューダス・プリーストは、完全に「劇団☆新感線」の影響です。
小僧 なるほど。「劇団☆新感線」といえば、昨年は、「劇団☆新感線」の作品を歌舞伎化した歌舞伎NEXT『朧の森に棲む鬼』に、念願かなって、ご出演されましたね。染五郎さんのシュテン、めちゃくちゃかっこよかったです!! 他の俳優さんたちの圧にも負けない迫力がありました。振り返っていかがでしたか。何か得たものはありますか。
染五郎 『朧の森に棲む鬼』は、20年前に父がやったときには、僕はまだ1歳で舞台を観た記憶はまったくなくて、映像でしか観たことがなかったんです。でも、「劇団☆新感線」の中で一番好きな作品だったので再演されるというだけでもうれしかったし、まして自分が出演するということで、毎日が本当に楽しくて。中でも、いのうえひでのりさんの演出を受けられたことは本当に勉強になりました。
部長 いのうえさんの演出は、すごく細かいとよく聞きます。
染五郎 立ち位置も全部決まっているんですよ。舞台の前のほうに1、2、3…と番号がふってあって、何番でこのセリフを行ったら、何番に移動するとか、決まっているんです。自分がこれまで経験してきたものとはまったく違う演出だったので新鮮でしたし、いつか自分も芝居を作る側をやってみたいので、そういう意味でも、とてもいい勉強になりました。

↑取材会のあとに、スタッフが一足早い誕生祝いをサプライズ! 「二十歳になって、一発目の舞台が『木挽町のあだ討ち』です。自分の成長、進化をお見せできるようにがんばりたいと思いますので、ぜひ劇場までお運びください!」と染五郎さんも気持ちを新たに舞台に臨んでいます。
歌川国芳の巨大な骸骨の浮世絵を題材に、古典の演出で歌舞伎を作ってみたい
小僧 染五郎さんは以前から、「いつか自分でお芝居を作りたい」とおっしゃっていましたよね。小さい頃は、犬のぬいぐるみのぼんとボン吉を主人公に台本を書いて、『犬丸座』なる劇場でお芝居を上演していたとか。最近、ぼんとボン吉はどうしてますか?
染五郎 元気にしてます。子どもの頃みたいに持ち歩いたりはしてないですけど。
小僧 そうですよね……なんだかちょっと寂しいですけれど。じゃあ、二人は今お部屋に飾られて……
染五郎 飾るとか、物みたいな言い方をしないでください!(笑)家族なんで。仲良く一緒に暮らしています。
小僧 ああ、良かった、それでこそ染五郎さんです(笑)。『犬丸座』は続いているんですか?
染五郎 ぼんとボン吉には弟子がいて後身を育てる身なので、もう二人は舞台には立っていないんですよ。
小僧 弟子がいたんですか!? それは知りませんでした。お弟子さんのお名前を伺ってもいいですか。

↑今一番の息抜きはドライブ。「海も行きたいですね。小学校の宿泊行事で行ったきりなので、ここまで行ってないと、そろそろ行ってみてもいいかなと思って。まあ、海派か山派かといえば、山派なんですけどね。山登りとか好きだし」。えっ、山登り、するんですか!?「小学校の宿泊行事以来、してないです(笑)」。……つまりはインドア派ってことで。
染五郎 子どもの頃に考えた名前なので、ちょっと恥ずかしいんですけれど、松本高麗吉(コマキチ)とか、松本小恩(ミニオン)というのがいます。ミニオンは、ユニバーサルスタジオで買ったぬいぐるみで、当て字で「小恩」にしました。
部長 小僧のレベルに合わせて話してくださる染五郎さん、やさしいですね。完全に小僧より大人だわ(笑)。だけど、そんなふうに小さい頃から舞台の脚本を書いたりして、さすが歌舞伎俳優のおうちの子だなと思いました。将来、こんな作品を作りたいという具体的な構想はあるんですか。
染五郎 はい、3つくらいあります。まず江戸川乱歩の『人間豹』のシリーズですね。祖父(松本白鸚)と父(松本幸四郎)で2作品作っているんですけれど、人間豹が誕生するまでを描いた『人間豹ゼロ』を作りたいです。父も当時からやりたかったらしいので、それを完成させて3部作にしたいというのがひとつ。
それから祖父が昔やった『世阿弥』というお芝居があって、ミュージカル版をやったり、海外でも上演したりしたんですけれど、これを歌舞伎にしたいなと思っています。
3つ目は歌川国芳の有名な浮世絵で、巨大な骸骨が出てくる「相馬の古内裏」という作品がありますよね。平将門の娘の滝夜叉姫が廃墟となった内裏跡に妖怪を出現させて父の恨みを晴らそうとしていたという物語を絵にしたもので、あの絵を歌舞伎の舞台で実体化させたくて。できたら古典の演出でやりたいなと思っていて。

〈©松竹〉↑4月歌舞伎座『木挽町のあだ討ち』で菊之助を演じる染五郎さん。演出・脚本の齋藤さんとの仕事はこれで7本目。齋藤さんが「染五郎さんは目覚ましいスピードで進化していて、その進歩が脱皮するという感じに近い。別のものに変わっていくような感じで、今度はさなぎになる、そのうち羽根が生えるぞっていう予感がとても楽しい」と語るように、この舞台でも驚くスピードで進化しています!!
小僧 すごい具体的じゃないですか。
部長 『人間豹』とか、すぐにもできそうだし、『世阿弥』も観たいし、国芳の骸骨も観たいです。ぜひ実現させてくださいね。
染五郎 いや、でもまだ妄想してるだけで。
小僧 お父様の幸四郎さんはあらゆる妄想を実現させてきた人だから、その伝統もぜひ受けついでください。そして『木挽町のあだ討ち』もかならず拝見します!
部長 そうですね。染五郎さん同様、大人へと成長する菊之助の雄姿を見届けなければ! 歌舞伎座で25日まで上演しているので、BAILA読者のみなさん、ぜひ歌舞伎座へレッツゴー!!
染五郎 劇場でお待ちしています!

↑『木挽町のあだ討ち』の「木挽町」とは、歌舞伎座があるあたりの昔の地名。「木挽町は僕にとってホームグラウンドのような場所。前の歌舞伎座にもぎりぎり出させていただきましたし、父と奈落を探検したことも。今の歌舞伎座になってからは、木挽町広場がテーマパークのように楽しくて、母に連れていってもらって、売店でいろいろ買ったりした思い出があります」。それにしても絵になる染五郎さん。まるで絵画のような1枚に撮影したカメラマンつゆっきーも「ニューヨークみたい」とびっくり(笑)。
歌舞伎座 四月大歌舞伎『木挽町のあだ討ち』 公演情報

■四月大歌舞伎 『木挽町のあだ討ち』
劇場:東京・歌舞伎座
日程:2025年4月3日(木)~25日(金)
昼の部 午前11時~
夜の部 午後4時15分~
『木挽町のあだ討ち』は昼の部で上演
取材・構成/バイラ歌舞伎部
写真/露木聡子
二代目まんぼう部長
2024年11月にまんぼう部長を襲名し、二代目に。歌舞伎にはまったくの素人で、『かぶき手帖』片手に、日々勉強中。舞台やライブは大好きで、歌舞伎沼落ちの予感。踊りが上手な役者さんに目を奪われがち。
ばったり小僧
歌舞伎鑑賞歴5年。連載当時は歌舞伎初心者だったが、すっかり沼落ちして、ときに歌舞伎を熱く語るが、そのわりに演目のタイトルがいまだに覚えられない。若いイケメン俳優だけでなく、オーバー50歳の熟年俳優も大好き。