「落ちるの一秒、ハマると一生」と言われる歌舞伎沼。その深淵をのぞき、沼への入り方を指南する本連載。
今回紹介するのは、前回に続き、次世代を担う若手の花形歌舞伎俳優が揃う「新春浅草歌舞伎」に出演する尾上左近さん。「新春浅草歌舞伎」は、2025年から新メンバーとなって装いも新たに上演されますが、左近さんはそんな新メンバーの中でも最年少の18歳。勇ましい立役から可憐な女方まで、フレッシュな魅力で舞台を盛り上げてくれています。
そんな左近さんに、バイラ歌舞伎部の部長に新たに就任した二代目まんぼう部長とばったり小僧の新コンビが突撃取材しました!!
尾上左近さん「新春浅草歌舞伎」出演インタビュー
まんぼう部長 今日は「新春浅草歌舞伎」にご出演の尾上左近さんの登場です!! 本格的に歌舞伎の舞台に立つようになったのは、2024年春に高校を卒業してからということですが、最近のご活躍は目覚ましいですよね。
ばったり小僧 そうなんです。2024年9月歌舞伎座の『吉野川』で悲劇のヒロインの雛鳥ちゃんを演じたときは、バイラ歌舞伎部もハートをがっちりつかまれました! 浅草歌舞伎のご出演は今回が初めてとのことですが、まずご出演が決まったときのことを教えてください。
左近 はい。浅草歌舞伎は若手にとって登竜門と言われていますから、いつか出させていただきたいとは思っておりました。ただ、年齢的に次の次の代くらいかなと思っていたので、出演が決まったときは驚きもあったんですけれど、まだ未熟な僕が、こうしてお兄さんたちに交じって出していただけるのは、本当に有難いことだなと思いました。
小僧 今回、勤めるお役は『絵本太功記(えほんたいこうき)』の初菊と佐藤正清、『春調娘七種(はるのしらべ むすめななくさ)』の曽我五郎の三役ですね。どんな気持ちでお役と向き合われますか?
左近 『絵本太功記』の主役の武智光秀は、僕の曽祖父・二代目尾上松緑の代表的な役のひとつだと思いますが、僕自身は、あまりなじみのない演目だったので、『絵本太功記』をやると聞いたときは、ちょっと怖いなという気持ちもありました。
でも幸い2024年は女方をさせていただく機会が多くありましたので、2025年の初めに初菊をさせていただけるということは、またひとつの新しいご縁だなと思いますし、この1年がなかったら初菊というお役は、僕じゃなかったと思っているので、まずは勉強させていただくという気持ちで挑みたいと思います。
尾上左近さん「曽我五郎からの初菊。化粧が間に合うのか心配です(笑)」
小僧 初菊は武智光秀の息子・十次郎の許婚で、悲しいお役ですよね。『吉野川』の雛鳥も悲劇の人だったので、左近さん、また泣かせてくれそうです。
左近 初菊は立場的には、雛鳥と同じ赤姫なのですが、厳密に言うと赤姫ではないんですね。(赤姫=歌舞伎のお姫さま役。赤い着物を着ていることが多いため赤姫と呼ばれる)
確かに赤い衣裳ですが、身分や髪型がお姫さまとは違っていて。今回、(中村)時蔵のお兄さんにお稽古を見ていただくのですが、お兄さんも初菊は赤姫ととらえていないとおっしゃってましたので、僕もそのつもりで臨もうと思っています。
小僧 赤姫じゃないと、どこが変わるんでしょうか。
左近 赤姫でないということは、お姫さまのように仰々しくならないということです。より娘らしく、そういう意識ひとつで、だいぶ変わるものだと思います。とはいっても古典的な歌舞伎のヒロインですから、その意識も同時に持っていなければならないなと思っています。
小僧 なるほど。左近さんの初菊、ますます楽しみになりました。一方、『春調娘七種』の曽我五郎は、がらりと雰囲気が変わって勇ましいお役ですね。
↑笑顔が超キュートな左近さん♪ 浅草歌舞伎のメンバーの中で、10代は染五郎さんと左近さんの二人。9月の『吉野川』でも恋人同士を演じるなど、お互いに「同志」と思っているよう。「染五郎さんがメンバーのひとりだと聞いたときは、ほっとしました。すごく刺激になる存在。一緒に浅草を盛り上げていきたいです」
左近 そうですね。曽我五郎はうちにとって大切なお役ですので、紀尾井町の家の匂いを出していきたいと思っています。(紀尾井町=曽祖父の二世松緑の住まいが東京都千代田区紀尾井町だったことに由来する松緑の愛称)
ただ、ひとつ心配がありまして。第2部は、曽我五郎からの初菊なんですね。ですので、拵えが果たして間に合うのかと(笑)。初菊の衣裳を着るのは大変ですし、自慢ではないんですが、 僕は役者の中でもなかなかに顔を作る(化粧をする)のが遅い自信があるので(笑)。
小僧 そうなんですね!? 歌舞伎俳優の方々は早替りで鍛えられているせいか、みなさん、メイクがものすごく早いじゃないですか。
左近 そうなんです。昔の役者さんの自伝なんかを読むと、顔は10分未満で終わりますみたいなことを言っているんですけれど、あれ、嘘だと思うんですよね(笑)。
少なくとも僕は無理。特に今回は、五郎のむきみ隈を落としてからの姫の顔なので怖いですね。(むきみ隈=白く顔を塗り、目尻と目頭から眉毛まで紅を縦に入れた隈取。若くて正義感のある役に使われる)
もしかしたら初菊なのに五郎の顔で出てくるかもしれません(笑)。ちゃんとお姫さまのなりで出てきたら、「左近さん、頑張ったんだな」って思ってほしいです。
小僧 あははは! 左近さん、おもしろい(笑)。
部長 そこが最大の見どころ……というのは冗談ですが、初菊の登場シーンにも注目ですね!
↑父の松緑さんは、日本舞踊・藤間流のお家元。「第2部の幕開きに踊らせていただくので、藤間流の人間としても踊りに説得力がないといけないと思っています。また踊りではあっても五郎と十郎のかけ合いなどは、『曽我対面』を意識しながら、芝居としてやるということを大事にしたいです」
↑「新春浅草歌舞伎」の記者会見にて。メンバーとの雰囲気はいかがですか?「これまであまり一緒になったことがないメンバーだったので、最初は少し硬いところがあったんですけれど、(中村)橋之助のお兄さんがSNSのグループを作ってくれて、今はそこでいろいろお話をさせていただいています。舞台を通して、もっとコミュニケーションがとれるようになりたいです」
尾上左近さん「舞台芸術の中でも特に歌舞伎はお客さまと役者の距離が近くて深い」
小僧 先ほどもお話しされていたように、2024年は女方のお役をいろいろ演じていらっしゃいましたよね。まだ10代ですから、しばらくは立役(男性の役)も女方もいろいろ挑戦されると思いますけれど、今の時点で、自分にはこっちが向いているなとか、こっちのほうが楽しいなというのはありますか?
左近 2024年は本当にたくさん貴重な経験をさせていただきました。9月は、(坂東)玉三郎のお兄さんと『吉野川』でご一緒して勉強させていただいて、11月のお嬢吉三は(尾上)菊五郎のおじさまにお稽古を見ていただきました。そういった大切で有難い時間がありましたので、この1年、役者を一生やっていく道筋というものが少し見えたのではないかとは思います。
(お役については)これ1本で自分はやっていくんだと明確にはまだ言えないですが、ただ1つ言えるのは、いつも父(尾上松緑)に「お前と俺とでは体型も何もかもが違うから、自分をなぞらなくていい」という話はされますし、父と違うところに行くかもしれないという準備というか、意識というのは、この1年で強くなりましたね。
部長 それはますます今後が楽しみですね。左近さんは、これまで歌舞伎が嫌になったとか、別の道に行きたくなったとか、そういうことはなかったんですか。
↑「頬杖をついてみてもいいですか?」と恥ずかしそうに自らポーズを提案してくれた左近さん。なんだかとたんに女方の雰囲気に!! クールビューティな顔立ちに加えて、お肌はツヤピカ、指も長く美しくて、部長も思わずうっとり♥
左近 別の道に行きたいと思ったことはないんですけれど、今回の「新春浅草歌舞伎」のメンバーは、みんな子どもの頃から歌舞伎が大好きでしょうがない人たちが集まっているんですよね(笑)。
それに比べると、僕の場合、大事にやっていかないといけないものという意識はありましたけれど、子どもの頃から好きでやっていたかというと、それはちょっとわからないところがあって。
というのも、もともと人前に出るのが苦手だったんです。踊りの会といったら本当に緊張してつらかったので、自分はあまり舞台人に向いていないと思っていましたし、今でも緊張しぃなので、その気持ちはまだあるんですよね。
だからみんなのように「歌舞伎が大好き!」と言える人間ではなかったんですけれど、高校を卒業して、いろんなお芝居出させていただくようになって変わってきたと思います。
以前は必死で見えていなかったんですけれど、応援してくださる人たちの存在を自分から否定したくない、失望させたくないなと。その気持ちはこの1、2年で強くなりました。大きなお役をさせていただいて、思うようにいかないこともたくさんありましたけれど、それでも応援してくださる方々の存在が、今、僕が歌舞伎をやっていくうえで、いちばん大きな支えになっています。
小僧 それは推す側としてもうれしい言葉です!! 緊張しぃは克服しつつあるんですか? 最近の舞台は、いつも堂々としていて、緊張しているように見えないですけれど。
↑『吉野川』の雛鳥で、すっかり左近さんファンになったカメラマンのつゆっきー。撮影中も「かわいいです!!」「素敵です!!」を連発。しかもおしゃべりもおもしろいんです。トーク上手はお父さま譲りですね♪
左近 克服しつつありますけども、でも、まだ緊張するほうだと思います。よく役者は「セリフを繰るもんじゃない」って言うんですよ。「セリフを繰る」というのは、舞台に出る直前にセリフを口に出して言って確認することを言うんですけれど、セリフを繰るのはよくないと言われていて。
部長 えっ、ダメなんですか? みんな、やっていそうですけれど。
左近 そう、僕もやります(笑)。でも、セリフは稽古の段階で、もう入っているのが当たり前で、逆にセリフを繰ることで、頭がこんがらがって、セリフが飛ぶということが実際あるんですね。だから最近は緊張していてもあまりセリフを反芻しないように気をつけています。そうすることで緊張していることを意識しないようにしていますね。
部長 そういうものなんですね。さて、バイラ読者は歌舞伎初心者が多いのですが、初心者に向けて、今回の見どころをお願いします!
左近 「新春浅草歌舞伎」は若手が中心でやっているということで、雰囲気もカジュアルで敷居も低いので、ここで歌舞伎デビューされる方も多いと思います。そういう意味で、お客さまも役者もお互いに第一歩を踏み出すところだと思うので、ここで役者の顔や名前を覚えていただくというのも、楽しみのひとつだと思います。
いろいろな舞台芸術がありますけれど、歌舞伎というのは、とくにお客さまと役者の間がとても深くて近いものだと僕は思っているんですね。そのきっかけのひとつが、「新春浅草歌舞伎」だと感じているので、ぜひ劇場に足を運んで、若い役者たちの奮闘を観ていただければと思います。
↑左近さんのヘアスタイル、何気におしゃれで気になります!「ツーブロックになっていて、サイドを刈り上げているんです。このほうが鬘をつけやすいから——とかではなくて、単純にいいなと思って。でも、家族からは評判、悪いんです(笑)」とのこと。いやいや、今どきな感じで、小僧はめっちゃかっこいいと思います★
尾上左近さんと「浅草歌舞伎」で〝あいうえおインタビュー!〟
最近、とんかつにハマッているので浅草が楽しみ
小僧 では、ここからは前回、市川染五郎さんにもお願いした「あ・さ・く・さ・か・ぶ・き」にちなんだ、一問一答の質問コーナーです!
左近 はい……!
小僧 まずは「あ」。アニメがお好きだそうですが……
左近 えっ、それ、どこ情報ですか!?
小僧 風の便りに聞きました(笑)。好きなアニメを教えてください。
左近 確かにアニメは好きなんですけれど、好きな作品がすごくいっぱいあって。どうしよう……。いちばん好きなのは『STEINS;GATE(シュタインズ・ゲート)』っていう作品です。いわゆるSFのタイムリープものなんですけれど、伏線がたくさん張られていて、最後にその伏線が見事に回収されるところがすごく爽快なんです……って言っても、「知らないよ」って顔されていますね(笑)。
部長 いやいや、有名な作品ですよね。タイトルは知っていますが観たことがないので、左近さんの熱量におこたえできず、申し訳ないです(笑)。
↑さすが歌舞伎俳優、お着物姿がかっこいい!! 舞台では堂々としているのに、じつは緊張しぃの恥ずかしがりというところもいい。どんな俳優になっていくのか、本当に楽しみ♪
小僧 ホントすみません。では、次は「さ」。最近ハマッていることはありますか?
左近 最近とんかつにハマっていて、いろいろなお店にとんかつを食べに行ったりしてます。だから浅草はすごい楽しみなんですよね。とんかつの名店がたくさんあるので。
小僧 確かに浅草の食べ歩きは楽しそうですね。次は「く」。苦しいとき、くじけそうになったとき、どうしますか?
左近 祖父(初世尾上辰之助)の映像を見ます。僕の心の支えのひとつは祖父の存在なので、祖父の資料をあさりたくなるときが、月1ぐらいで発作のように来るんです。祖父の映像を観て、気持ちを立て直しています。
小僧 なかなかレアな18歳ですね(笑)。次は、「あさくさ」の「さ」。最近、買ったもので印象的なものはなんですか?
左近 うわ~、どうしよう。何も買ってない。「何も買ってない」でいいですか。すみません。
小僧 大丈夫です。今は芸のことで頭がいっぱいで、買い物どころじゃないんでしょうね。では、次は「かぶき」の「か」。左近さんがかっこいいと思うのはどんな人ですか?
↑自分を取り繕うことなく、正直に質問に答えていたのがとっても印象的。小僧のむちゃな質問にもひとつひとつ丁寧に答えてくれて感謝です。とんかつでパワーをつけて、浅草を熱く盛り上げてください!
左近 達観している人ですかね。
部長 それは自分が目指す理想像でもありますか?
左近 そうですね。自分もなるべく第三者目線で自分を見るようにできたらと思っています。
小僧 次は「かぶき」の「ぶ」。武器はなんですか? ご自身の強みを教えてください。
左近 なんだろう。武器か。首の長さかな。
小僧 確かに! だから女方になったとき、可憐で美しいんですね。では、最後の質問が「かぶき」の「き」。きれいだと思うもの、人、景色……なんでもいいので教えてください。
左近 着物着ている人です。これは女性も男性も。着物を着ている人は凛としてきれいだなと思います。
部長 なるほど。1月19日(日)の第2部は「着物で歌舞伎」の日で、着物で観劇する日ですよね。これは左近さんにアピールチャンス!!(笑)
小僧 これは客席も華やかで盛り上がること、間違いなしです。みなさんも1月はおしゃれをして、「新春浅草歌舞伎」へレッツゴー!!
公演情報「新春浅草歌舞伎」
■「新春浅草歌舞伎」
劇場:東京・浅草公会堂
日程:2025年1月2日(木)~26日(日)
第1部 午前11時~
第2部 午後3時~
※19日(日)第2部は「着物で歌舞伎」
◆「新春浅草歌舞伎」公演詳細はこちらから
◆「新春浅草歌舞伎」公演チケット情報はこちらから
取材・構成/バイラ歌舞伎部
写真/露木聡子
二代目まんぼう部長
2024年11月にまんぼう部長を襲名し、二代目に。歌舞伎にはまったくの素人で、『かぶき手帖』片手に、日々勉強中。舞台やライブは大好きで、歌舞伎沼落ちの予感。踊りが上手な役者さんに目を奪われがち。
ばったり小僧
歌舞伎鑑賞歴5年。連載当時は歌舞伎初心者だったが、すっかり沼落ちして、ときに歌舞伎を熱く語るが、そのわりに演目のタイトルがいまだに覚えられない。若いイケメン俳優だけでなく、オーバー50歳の熟年俳優も大好き。