市川紗椰さんがアートを紹介する連載。第6回は森美術館で開催中の「地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング」を訪問しました。コロナ禍を経験した今の私たちに響くものがきっと多いはず。
今月の展覧会は…地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング
同時代のアートが問いかける 「時間」との向き合い方
19世紀のパリで、モネやラヴェルが過ごした時代を体験してみたい、と思ったりします。1960年代のNYにいたら、ファクトリーの連中とは気が合わないだろうな(笑)、なんて想像することも。一方、同時代の作品から受ける刺激は、過去の妄想とはまた違って面白い。今回の展覧会は2年前に企画され、3人を除いて全員が存命中の16人のアーティストが参加。今の自分に訴えかけてくるアートに触れました。
ヘーゼルナッツが花粉をつけるのは1年のうち数カ月。3年をかけて牛乳瓶1杯分の量に集めたその花粉を降り積もらせたインスタレーション。13カ月間森に通い、木の肌を描き続けた油彩。北極点に24時間立ち続けたり、自宅の周りを12時間かけて100km走った記録。人が催眠術にかかっていく様子を映す35分間のビデオ・インスタレーション……など、印象に残る作品に共通するのは、それぞれの作品づくりにかけられた「時間」。特に心を動かされたのは、生活の中で作品を生み続けた作家、堀尾貞治の展示です。33年間、毎日1日1色、拾ったものやもらったものに絵の具を塗る。21年間、毎日10枚、1分間で絵を描く。その膨大な蓄積が、壁一面にあふれます。年月をかけたものに宿る“ごまかせない”価値が圧倒的!
時間というものはみんなに平等に与えられていて、他人の時間が欲しいと願ったところで、どんなにお金を積んでも手に入りません。コロナ禍の自分の3年間を振り返り、彼らが向き合ってきた時間と照らし合わせると、そんなことを感じて、うなってしまいます。ユーモラスだったり、シリアスだったり、様々な感情を呼び起こす作品から、豊かな時間を過ごす=ウェルビーイングについて考える機会をもらいました。
“自粛やステイホームを経た私たちが現代のアート作品を見直すと今までと違う響き方をするかもしれない”
堀尾貞治「色塗り」シリーズ 1985年-2018年
所蔵:一般財団法人堀尾貞治記念会
33年間、毎日1色ずつ、オブジェに絵の具を塗り続けた堀尾貞治。兵庫のアトリエを再現し、1000点以上を展示した壁は圧巻!
ギド・ファン・デア・ウェルヴェ 『第9番 世界と一緒に回らなかった日』2007年
Courtesy:Monitor Gallery;Grimm,Amsterdam; Luhring Augustine,New York
作家本人が北極点に24時間立ち続けた記録を、タイムラプスで約10分間に縮めた映像作品。地球の上で、地球とともに回っている様子が体感できます。それにしても、すごい体力!
小泉明郎 『グッド・マシーン バッド・マシーン』2022年
日本を代表する映像作家が、催眠術をテーマに制作。不気味さとともに、日常で、言葉に支配される感覚について考えさせられる
ヴォルフガング・ライプ 『ヘーゼルナッツの花粉』(部分) 2015-2018年
Courtesy:ケンジタキギャラリー(名古屋、東京)
ふんわりとしたグラデーションをつくる、ヘーゼルナッツの花粉の黄色。奥にあるのは、内部にミツロウのブロックを敷き詰めた小部屋で、甘い匂いが立ち込めます
ヴォルフガング・ライプ 『ヘーゼルナッツの花粉』 2015-2018年
Courtesy:ケンジタキギャラリー(名古屋、東京)
『べつのどこかでー確かさの部屋』1996年
Courtesy:ケンジタキギャラリー(名古屋、東京)
『ミルクストーン』1995-1998年
所蔵:豊田市美術館(愛知)
トビラの奥で聞いてみた
展示室のトビラの奥で、教えてくれたのは…森美術館アソシエイト・キュレーター 徳山拓一さん。
市川 展覧会の「地球がまわる音を聴く」というタイトルは、展示作品のひとつ、オノ・ヨーコの作品からつけたんですね。
德山 そうです。彼女の言葉からなるインストラクション・アートをまとめた『グレープフルーツ』(1964年)という本から引用して展示しています。
市川 インストラクション=命令や指示なんですね。ほかにも「部屋に1カ月間こもる」という言葉も展示されていて、まさにコロナでステイホームをしていた私たちが指示されていたことだ!と思いました。どんな基準で選んだのですか?
德山 言葉もそうですが、展覧会の作品選びも「五感を研ぎ澄ます」ということをテーマにしました。
市川 確かに、聞く、見る、匂いをかぐ、そんな作品がたくさん。ミツロウやハーブの香りがする展示もありましたね。
德山 コロナを経てデジタルが発達した現在、五感に訴えかけることは、美術館で体験できるいちばん重要なものだと考えます。ぜひ、全身で味わい、想像力を喚起してくださいね。
訪れたのは…森美術館
現代にまつわる多彩なアートに出会える美術館。都心で遅くまで開館していて、アクセスも抜群
堀尾貞治「一分打法」シリーズ 1997年-2018年
所蔵:一般財団法人堀尾貞治記念会
毎日10枚、描き続けたドローイング。3万点から300点を選んで展示
堀尾昭子『無題』2021年
堀尾貞治の妻、昭子の作品は、お菓子の箱や包装紙を使ったミニマムな立体。今も元気なおばあちゃんで、生活と芸術を両立し続けているそう
【展覧会DATA】
地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング
~11/6 森美術館 東京都港区六本木6の10の1 六本木ヒルズ森タワー53F
10時〜22時(火曜〜17時・入場は閉館の30分前まで) 会期中無休
観覧料/一般・当日¥1800ほか
https://www.mori.art.museum/
ファッションモデル
市川紗椰
1987年2月14日生まれ。ファッションモデルとしてのみならず、ラジオ、テレビ、広告などで幅広く活躍中。鉄道、相撲をはじめとした好きなものへの情熱と愛の深さも注目されている。大学で学んだ美術史から現代アート、サブカルチャーまで関心も幅広い。
シャツ¥30800/ビームス 六本木ヒルズ(ウーア) ニットキャミソール¥22000/デミルクス ビームス 新宿(オーラリー×デミルクス ビームス) スカート¥69300/ショールーム セッション(サヤカ デイヴィス) ピアス¥4400/シップス インフォメーションセンター(シップス) バッグ¥25300/ショールーム ロイト(リエンピーレ) 靴¥14300/ル タロン プリュ 有楽町マルイ店(ル タロン)
撮影/今城 純 ヘア&メイク/中村未幸 スタイリスト/辻村真理 モデル/市川紗椰 取材・原文/久保田梓美 ※BAILA2022年11月号掲載