書評家・ライターの江南亜美子が、バイラ世代におすすめの最新本をピックアップ! 今回は、別の場所に連れ出してくれる2冊、町田康の『口訳 古事記』と雛倉さりえの『アイリス』をご紹介します。
江南亜美子
文学の力を信じている書評家・ライター。新人発掘にも積極的。共著に『世界の8大文学賞』。
作品世界にどっぷり浸る喜びを。別の場所に連れ出してくれる2冊
古典文学になじみがない人も、『古事記』という世界の始まりを記した日本最古の書物の名にはきっと聞き覚えがあるだろう。イザナギとイザナミがくっついて、たくさんの神が生まれて国土ができたり、乱暴者のスサノオは姉のアマテラスに別れを告げヤマタノオロチの退治をしたり。
そんな古代の神話を、作家の町田康が口語訳したのが本書である。ぶっちぎりの現代語訳で、とにかく笑えてするする読める。たとえばスサノオが姉に挨拶する際は「山も川もまるでアホがヘドバンしているみたいに振動、国土全体が動揺してムチャクチャになった」。それを見た周囲の会話は「ちょっとテンションやばくないですか」「やばいっすね」。
行き当たりばったりに進む国づくりや、ヤマトタケルの冒険譚が、関西弁のグルーヴ感も織り込んだ独特の町田文体で描き出されていく。
ヤマトタケル16歳の、だまし討ちで兄弟を殺す残酷さや恋愛話も、ドラマチックこの上ない。名古屋の熱田神宮が奉っている草薙剣の、その背景となる物語も知れる。
版元の特設サイトでは著者による短い朗読動画も。全編、音声で聞きたくなってくる面白さだ。
『口訳 古事記』
町田康著
講談社 2640円
「わたいに任しなはれ」日本の神話を身近に
人間の尺度を超越する神々の「国づくり」の物語から英雄の活躍まで。神話『古事記』を誰にも真似できない文体で町田康が口語訳した。笑えて泣けて、瞠目して。堅苦しさゼロの『古事記』、ここに誕生。
これも気になる!
『アイリス』
雛倉さりえ著
東京創元社 1760円
「フィクションは呪いだ」映画監督と主演二人の人生
かつて子役として人気を博した瞳介は芸能界を辞める。ただ妹役を演じた浮遊子との体の関係は断てないまま……。栄光と影。成功と葛藤。人生の絶頂期の記憶にさいなまれる男の姿を、端正な文章で。
イラスト/ユリコフ・カワヒロ ※BAILA2023年8・9月合併号掲載