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なぜ、DV被害者がこんなにも苦しまなければならないのか。『マイ・ブロークン・マリコ』【今祥枝の考える映画vol.7】

BAILA創刊以来、本誌で映画コラムを執筆してくれている今祥枝(いま•さちえ)さん。ハリウッドの大作からミニシアター系まで、劇場公開・配信を問わず、“気づき”につながる作品を月2回ご紹介します。第7回は、平庫ワカによる衝撃的なコミックの実写化『マイ・ブロークン・マリコ』です。

突然亡くなった親友の遺骨を奪って、旅に出る

親友マリコの遺骨を奪って逃げ去るOL・シイノ。演じるのは永野芽郁。監督はタナダユキ。

カバンの中に包丁を隠し持って、幼いの頃から父親に虐待されていた親友マリコの遺骨を、奪取するOL・シイノ。永野芽郁の渾身の役作りに圧倒される。監督は『百万円と苦虫女』のタナダユキ。

読者の皆さま、こんにちは。

最新のエンターテインメント作品をご紹介しつつ、そこから読み取れる女性に関する問題意識や社会問題に焦点を当て、ゆるりと語っていくこの連載。第7回は、永野芽郁が親友の遺骨とともに旅に出るOL・シイノを熱演する『マイ・ブロークン・マリコ』です。


過酷な労働環境の企業に勤め、鬱屈した日々を送るOLのシイノトモヨ(永野芽郁)。テレビのニュースで親友イカガワマリコ(奈緒)が亡くなったことを知り、既読がつかない、いつもやりとりしているLINEを信じられない思いで見つめます。


マリコは幼い頃から父親(尾美としのり)に凄惨な虐待を受けており、シノイだけが救いであるかのように慕っていました。しかし、マリコが抱える闇は深く、守ってあげられなかったという後悔の念に駆られるシイノは、彼女の実家を訪ねて仏壇を破壊し、遺骨を奪取。マリコが昔、行ってみたいと言っていた“まりがおか岬”を目指して旅に出ます。

旅先でトラブルに見舞われたシノイと、偶然出会うマキオ。窪田正孝がマキオを好演。

旅先でトラブルに見舞われたシイノは、偶然通りかかったマキオと出会う。窪田正孝が演じるマキオは、謎めいているが朴訥とした味わいのあるキャラクターだ。

やさぐれ感満載の永野芽郁の入魂の演技と疾走感のある映像世界に、冒頭からぐいぐい引き込まれます。強気に見えるシイノですが、マリコに対する「なんで私を置いて死んじゃったの!?」という戸惑いと怒りと悲しみ、そしてあふれるマリコへの愛。


それらがないまぜになって、ぐちゃぐちゃの泣き顔でマリコの魂の救済を求めるシイノの心情が痛いほど伝わってきて、じわっと込み上げてくるものがあるのでした。


さて、今回この連載で注目したいのは、虐待の犠牲者であるマリコというキャラクターです。

虐待の被害者が、“わたしが悪い”と自分を責めてしまう悲しさ

実家を出てもDVに苦しむマリコと、彼女を必死で支えるシノイ。

虐待する父親から逃れて実家を出た後も、暴力を振るう男性とつきあい続けるマリコ。そんなマリコに時には苛立ちを感じながらも、自らも社会人として過酷な仕事に耐えながら寄り添い続けるシイノ。そんな二人の絆に涙がこぼれる。

マリコは幼い頃から虐待を受けていましたが、クローズドな家庭内でのDVから子どもが逃れることはほぼ不可能でしょう。シイノにしても、何度もひどい現場を目撃したけれど、彼女自身もまた子どもでなす術もなく。どうすればいいか分からないまま、ただただマリコに寄り添うしかなかったのです。

この犯罪が罪深いのは、家を出られる年齢になれば解決するかというと、決してそうではない点にもあります。虐待の記憶は取り返しのつかない深い傷を与え、生涯にわたり苦しむ人も少なくありません。暴力の連鎖から抜け出せなくなり、また次の悲劇を生むというケースも耳にします。

まさにマリコもそんな一人です。シイノの回想シーンに出てくるマリコは、すべて「私が悪い」と信じ込んでいます。圧倒的に自己肯定感が低く、父親に似た暴力を振るって「お前が悪い」と理不尽な怒りをぶつけてくる男性とつきあい、さらにボロボロになっていったのです。

「お前が悪い」と責められる状況に自ら飛び込み、「わたしは幸せになれないと考えた方が楽」と、すべてをあきらめたようなマリコ。唯一の希望であるシイノが心配してくれることだけが、マリコの生きるすべてだったのかもしれません。そのことを分かっていたであろうシイノの慟哭は、あまりにも悲痛で胸が張り裂けそうになります。

でも、そもそも悪いのは父親ですよね。明らかに顔や体に怪我を負っているのに、周囲の大人たちの誰もマリコを救済できなかったことにも怒りを禁じ得ません。なぜ、被害者がこれほどまでに自責の念に苛まれなければならないのでしょうか。

「マリコは悪くない」

そう、シイノがもうこの世にはいない親友に語りかけるように、私も心の中で何度でもマリコにそう言ってあげたい、そしてできることならぎゅっと抱きしめてあげたいと思わずにはいられませんでした。『あなたの番です 劇場版』などで存在感を発揮している奈緒さんが、非常に説得力を持ってマリコを演じ切っています。

DV被害者が加害者と別れられない理由

すっかり心を破壊されてしまったマリコの唯一の拠り所はシイノだけだった。マリコ役は奈緒。

すっかり心が破壊されてしまったマリコは、もはや生きている実感すらなくなっている。唯一の拠りどころはシイノだけだったが……。

はたから見れば、なぜマリコはそんな男と別れることができないのか、自己責任なのでは?と思う人もいるかもしれません。自分を傷つける相手にモラハラや暴力による恐怖で精神的にも支配され、仮に周囲の助力などがあり別れることができたとしても、結局はその人のもとへ戻ってしまう。このような例は、現実のDV関連の事件を鑑みても、珍しくない事例でしょう。

映画のマリコとは異なるケースですが、女性がDV男性との関係を断ち切ることができにくい問題について踏み込んだ作品を、ここで一つ紹介したいと思います。Netflixで配信中のアメリカの秀作ドラマ『メイドの手帖』です。

若い女性が幼い子どもを連れて、決死の覚悟でパートナーのもとから逃れてDVシェルターへ。しかし、自活するために大変な努力を重ねたにもかかわらず、彼女はパートナーと縁を切ることができません。その過程と女性の心理の丁寧な描写には臨場感があり、時にぞっとするものも。その大きな要因となる背景として、女性を取り巻く社会的構造の問題点を浮き彫りにしていきます。

『メイドの手帖』を観れば、DV被害者を自業自得だとか、安易に責めるべきではない問題であることが改めてよくわかると思います。劇中でも描かれているように、社会のサポート制度が日本においてもまったく足りていないという現実に目を向けたとき、もし自分自身や身近な人が当事者となった場合、どういう行動を取るべきなのか。

現実問題として『マイ・ブロークン・マリコ』のマリコのような悲しい結末を迎える人を、これ以上増やさないためにも、「自己責任」という言葉で片づけてはいけない問題だと思うのです。

 主演の永野芽郁とマリコ役の奈緒は、NHK連続テレビ小説『半分、青い。』で共演以来、大の仲良し。

シイノ役の永野芽郁とマリコ役の奈緒は、NHK連続テレビ小説『半分、青い。』で共演以来、大の仲よしだという。二人のケミストリーが感じられる魂の演技は必見!

『マイ・ブロークン・マリコ』

9月30日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開

©️ 2022 映画『マイ・ブロークン・マリコ』製作委員会

監督・脚本:タナダユキ

脚本:向井康介

出演:永野芽郁、奈緒、窪田正孝、尾美としのり、吉田羊ほか

『マイ・ブロークン・マリコ』公式サイトはこちら

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