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『リトル・マーメイド』ーー新しい時代の新しい価値観を伝えるための挑戦【今祥枝の考える映画vol.18】

BAILA創刊以来、本誌で映画コラムを執筆してくれている今祥枝(いま・さちえ)さん。ハリウッドの大作からミニシアター系まで、劇場公開・配信を問わず、“気づき”につながる作品を月2回ご紹介します。第18回は、1989年にアメリカで公開されたディズニーの名作アニメーションの実写版『リトル・マーメイド』です。

生き生きとした生命力と強い意志を感じさせる、ハリー・ベイリーの圧巻の歌声!

リトル・マーメイド 人魚のアリエルと魚のフランダー、カモメのスカットルの写真

人魚のアリエルと仲間たち。R&Bシンガーのハリー・ベイリーを筆頭に、声の出演には魚のフランダー役のジェイコブ・トレンブレイ、カツオドリのスカットル役のオークワフィナ、カニのセバスチャン役のダヴィード・ディグス、魔女アースラ役のメリッサ・マッカーシーほか、芸達者が勢ぞろい。監督は、ミュージカル映画『シカゴ』『メリー・ポピンズ リターンズ』などで知られるロブ・マーシャル。

読者の皆さま、こんにちは。


最新のエンターテインメント作品をご紹介しつつ、そこから読み取れる女性に関する問題意識や社会問題に焦点を当て、ゆるりと語っていくこの連載。第18回は、R&Bシンガーのハリー・ベイリーが主人公アリエルを好演する『リトル・マーメイド』です。


アンデルセンの『人魚姫』にもとづく、1989年のディズニーのアニメーション映画『リトル・マーメイド』。このアニメーション映画は2008年にはブロードウェイでミュージカル舞台化され、2013年からは日本でも上演が始まりました。作詞・作曲を手がけたアラン・メンケンとハワード・アシュマンによる素晴らしい音楽やキャラクターなど、様々な形で幅広い世代に親しまれている不朽の名作です。

ディズニーアニメーションの人気作の実写化は『美女と野獣』や『アラジン』などが既に大成功を収めており、フルCG作品としてリメイクされた『ライオン・キング』などもあります。

今回、主演をつとめるのはR&Bシンガーのハリー・ベイリー。海の中より地上の世界に憧れているアリエルですが、人間と人魚の交流は父トリトン王(ハビエル・バルデム)によって厳しく禁じられています。しかし、アリエルはエリック王子(ジョナ・ハウアー=キング)と出会い、恋をします。そんなアリエルに、邪悪な海の魔女アースラ(メリッサ・マッカーシー)は、美しい声と引き換えに人間として地上に行くチャンスを期限つきで与えます。

声を失ったアリエルは、エリック王子に自分の思いを伝えることができるのか。実写版は新たな楽曲が追加され、アニメーション版とは異なる部分もありますが、大筋は同じ流れで物語は進みます。

なんと言っても素晴らしいのは、ベイリーの歌唱力、パフォーマンスでしょう。

私は、初めて彼女が歌う劇中歌の名曲中の名曲「パート・オブ・ユア・ワールド」の一部が公開された時、これこそが新時代のアリエルなのだと胸が熱くなりました。それはのびやかで力強く、明確な意志の強さを感じさせるもので、「自分を信じ、この世界に自分の居場所を懸命に探す一人の女性の成長物語」の語り手として、ふさわしい才能なのだと感じられたからです。

しかし、多くの方がご存じのように、アリエルをアフリカン・アメリカンのベイリーが演じていることについては、最初にキャスティングが発表された数年前から議論を呼んでいます。

リトル・マーメイド 嵐の中で難破した船からエリック王子を助けたアリエルの写真

人魚と人間の交流は厳しく禁じられている中で、人間の世界に強い興味と憧れを抱くアリエル。船が難破し、海に飲み込まれたエリック王子を勇敢にも救助したアリエルは、恋に落ちる。

これまでとは違う、新しい時代の新しい価値観を伝えるための挑戦

リトル・マーメイド エリック王子に恋をしたアリエルが自分の思いを歌い上げる写真

反対派の主張は、アフリカン・アメリカンのマーメイドが受け入れられないというものです。

これは、なぜそう思うのかを自問自答し、まずは自分が考える「理由」がどういった立場からのものなのかを見極める必要があるのではないでしょうか。

私は、多くの方が指摘しているようにアリエルがアフリカン・アメリカンであることには、リプリゼンテーションの観点から言っても意義のあるものだと思います。見かけた方も多いと思うのですが、同様のルーツを持つと思われる子どもたちが、ベイリー演じるアリエルが歌い、海の中を生き生きと泳ぐ姿に、歓喜の声をあげている映像がSNSなどに多数投稿されていました。

ヒロインは、いつも私とは違う人。子どもの頃からそうした刷り込みがなされているとしたら、子どもにどのような影響を与えるのだろうかと思ってしまいます。子どもたちのロールモデルとなる人物像がキャラクターを通して描かれることは、映像作品が持つ一つの大切な役割でしょう。特に、世界中で多くの人が観るディズニー映画であるならば、その影響力ははかりしれません。

そもそも、”ディズニー・ルネサンス”と言われるほどの記念碑的な作品となった1989年のアニメーション映画『リトル・マーメイド』にも、差別や偏見を突破するような、画期的な要素がたくさんありました。一つは、ヒロイン・アリエルのキャラクターです。

アンデルセンの『人魚姫』にならえば、アリエルは王子の幸せのために自らは海の泡となってしまうはず。しかし、皆さんもご存じの通り、アリエルは自分の居場所を見つけ、愛する人と幸せな人生を手に入れます。映画公開時、私はこれほどの改変がなされていることに驚いたものですが、時代にふさわしい『人魚姫』の物語だと強く感じ入りました。

時代にあわせて、物語も表現も、それまでとは異なる新しい価値観を伝えること。批判を恐れず、挑戦すること。それこそが、『リトル・マーメイド』の精神でもあるでしょう。

名曲「パート・オブ・ユア・ワールド」に込められた意味を考えてみる

リトル・マーメイド  魔女アースラとの取引で人間となったが声を失ったアリエルとエリック王子の写真

魔女アースラとの取引によって、人間となったが美しい声を失ったアリエル。リミットが迫る中、エリック王子との恋のゆくえは……?

もし、自分の記憶の中のアニメーション映画『リトル・マーメイド』のイメージとは異なる実写版に対して、少し複雑な思いを抱えた方がいらしても、この映画に興味があるなら、一つだけ考えてみてほしいと思うことがあります。それは、アニメーション版の作詞・作曲等を手がけたハワード・アシュマンとアラン・メンケンがアニメーション映画『リトル・マーメイド』の楽曲に込めた思いです。

アニメーション映画『リトル・マーメイド』が公開された1989年当時のアメリカは、同性婚に反対する意見が圧倒的に多く、エイズの危機もあり、LGBTQ +コミュニティが今よりも格段に多くの差別や偏見にさらされていました(今でも問題は続いています)。そうした時代を背景にしたアニメーション映画『リトル・マーメイド』の大ヒットは、後の映像作品におけるクィア・リプリゼンテーションにも多大な影響を与えたと評価されています。

メンケンとともに数々のヒット作の作詞を手がけたアシュマンは同性愛者で、1991年にエイズによって、わずか40歳でこの世を去りました。アニメーション映画『美女と野獣』と『アラジン』は、殆どアシュマンの病床で製作されたといわれています。彼が手がけたこれらのディズニーアニメーション映画の楽曲には、同性愛者として、エイズと闘う人間として、数々の偏見や差別、そして孤独を抱えるアシュマンの思いが反映されているのです。

そんなアシュマンが手がけた名曲の一つで、今では多くの人に愛される『リトル・マーメイド』の代表的なナンバー「パート・オブ・ユア・ワールド」は、当時、映画会社からは不人気だったとか。しかし、アシュマンの尽力によって劇中歌として残され、この歌が伝えるメッセージが世界中のLGBTQ +当事者に高く評価されることとなりました。ぜひ、歌詞を調べて、アシュマンがどんな思いを込めたのかについて、考えをめぐらせてみてほしいと思うのです。

もちろん、実写版『リトル・マーメイド』には、映画ならではの楽しみ、映像の素晴らしさや技術的な挑戦も多々あります。

私自身はスクリーンでこの映画を観て、それは仕事でもあるのですが、映画として純粋に楽しみました。特に、海の中で虹色に輝く尾ひれをひらひらさせながら泳ぐアリエルの描写には、それだけで心躍りました。水中にゆらゆらとたゆたう長い髪の浮力感の表現に、なんと美しいことだろうかと何度も息をのみました。


そうした複数の視点に注目しながら、映画を観終わった後は、親しい人と意見を交換して、考えを深めてみるのも映画を観る上での大きな楽しみでしょう。掘り下げていくと、自分でも思いもよらなかった感情やものの見方を発見できるかもしれません。

リトル・マーメイド アリエルと父トリトン王、魔女アースラが映ったポスター写真

虹色の尾ひれをひらひらさせながら、海の中を縦横無尽に泳ぐアリエルの浮力感も楽しい! 自分を信じ、まっすぐに夢を追いかける新時代のハリー・ベイリー演じるアリエルの魅力を堪能したい。

『リトル・マーメイド』6月9日(金)全国劇場にて公開

出演:ハリー・ベイリー、ジョナ・ハウアー=キング、メリッサ・マッカーシー、ハビエル・バルデム、ジェイコブ・トレンブレイ、オークワフィナ、ダヴィード・ティグスほか

音楽:アラン・メンケン、リン=マニュエル・ミランダ

監督:ロブ・マーシャル

© 2023 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.

『リトル・マーメイド』の公式サイトはこちら

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