市川紗椰さんがアートを紹介する連載。第11回はエスパス ルイ・ヴィトン東京で開催中の「ヴォルフガング・ティルマンス Moments of Life」を訪問しました。おしゃれとアートに心を浸して、日常と離れたひとときを過ごしてみては?
今月の展覧会は…ヴォルフガング・ティルマンス Moments of Life
今や、誰にとっても身近になった、「おしゃれな写真」について考える
Moments of Life、ふと目にしたものを切り取った、無造作な写真。私たちもSNSのためによく撮影しますよね。これはヴォルフガング・ティルマンスの個展につけられたタイトル。この連載で触れたなかで、いちばん「今っぽくて、おしゃれ」な、同時代性の強いアーティストかもしれません。
作品は、2002〜2020年に撮影されたもの、私たちの記憶にも新しくて、リアルな空気を共有できます。被写体は、周りの人々や、デスクの上や、なんということのない風景。どれも、「撮るぞ!」という力みが感じられなくて、抜け感がある。それが本当にセンスがいい。今の私たちって、やっぱりどこか力を入れて写真を撮るでしょう? ごはんのお皿ひとつとっても、ちょっとずついい角度に変えてみたり、写り込みを気にして直したり。毎日のように何かを撮影しているけれど、そういう写真って「自分たちの目で撮っていない」ように思えるのです。誰かの反応やどこかで見た構図を意識して、考えすぎになっているわれわれ“素人”に対して、ティルマンスの写真は、「カメラの目(ファインダー)が彼自身の目」という、直接的な感じがする。だから、彼の見ている景色をそのまま受け止められるのかもしれません。会場には本人のインタビュー映像も流れていて、すごく饒舌に語っているのですが、作品はとても淡々として、気負いがない。もしかしたらそれこそ彼の狙いなのかもしれないけれど(笑)。いいな、真似したい、思わずそんな気持ちになります。
21点という厳選された作品数も、ふと立ち寄って、おしゃれとアートに心を浸して、日常と離れたひとときを過ごすのにぴったり。表参道というロケーションも、魅力です。
21点の作品が、のびのびとした空間に。規模やアクセスのよさも含めて、日常の中のプチ・トリップにぴったり
天井の高い展示空間に、ランダムだけれど、アーティストの意志に導かれるように配置された作品たち。一つひとつの意味を混ぜ合わせた“空気感”を、ゆったりと味わうのが面白い
「これを撮ろう」という気負いは感じさせないのに、人物の風景や静物の写真の構図からは、エドゥアール・マネや17世紀のオランダ絵画などを連想させる
普通の文房具店に売っているようなクリップで、プリントの4隅を留めて展示しているものも
(右)《Plant life, b》(2011)・(左)《end of winter (a)》(2005)、自分のスタジオや仕事場と思われる風景。 額装されて、ぽつんと2点並んでいます
ルイ・ヴィトン表参道店のビルの7Fにあるスペース。窓の外はビルの風景
トビラの外で探ってみた
ヴォルフガング・ティルマンス
多彩な活動の痕跡
ヴォルフガング・ティルマンスは1968年ドイツ生まれ。「印象に残っているのは、写真をインクジェットプリントやカラーコピーで出力し、セロハンテープで貼って展示をする手法。2000年代初めに彼のインスタレーションで見かけてから、大流行した記憶があります」
訪れたのは…エスパス ルイ・ヴィトン東京
Fondation Louis Vuitton,Paris ©Wolfgang Tillmans
パリにある「フォンダシオン ルイ・ヴィトン」が収集したティルマンスの作品を、ここ東京の観客に向けて、独自のキュレーションにより紹介
【展覧会DATA】
ヴォルフガング・ティルマンス Moments of Life
~6/11 エスパス ルイ・ヴィトン東京
東京都渋谷区神宮前5の7の5
11時〜19時
休館日/ルイ・ヴィトン表参道店に準ずる
https://www.espacelouisvuittontokyo.com
ファッションモデル
市川紗椰
SAYA ICHIKAWA●1987年2月14日生まれ。ファッションモデルとしてのみならず、ラジオ、テレビ、広告などで幅広く活躍中。鉄道、相撲をはじめとした好きなものへの情熱と愛の深さも注目されている。大学で学んだ美術史から現代アート、サブカルチャーまで関心も幅広い。
衣装協力/ルイ・ヴィトン
撮影/今城 純 ヘア&メイク/千葉万理子 スタイリスト/辻村真理 モデル/市川紗椰 取材・原文/久保田梓美 ※BAILA2023年5月号掲載