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「赦し」の感情はもたらされるのか。被害者と加害者の両親の対話を描く『対峙』【今祥枝の考える映画vol.13】

BAILA創刊以来、本誌で映画コラムを執筆してくれている今祥枝(いま・さちえ)さん。ハリウッドの大作からミニシアター系まで、劇場公開・配信を問わず、“気づき”につながる作品を月2回ご紹介します。第13回は、被害者と加害者の遺族同士の対話を描いた『対峙』です。

命を奪われた息子の両親と、犯人の両親が展開する会話劇

映画対峙 4人のメインキャストが一室に集まっている写真

(写真手前右から時計回りで)TVシリーズ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』のリード・バーニー、『ハリー・ポッター』シリーズのジェイソン・アイザックス、『I love ペッカー』のマーサ・プリンプトン、『ヘレディタリー/継承』のアン・ダウド。演技派俳優たちによる迫真の演技は圧巻!

もし、自分の家族が犯罪に巻き込まれて命を落とした場合、自分だったらどう向き合うだろうか。犯人に対して、どんな感情を抱くだろうか? 想像するのも恐ろしいことですが、日々のニュースを見ながら、つい考えてしまうことはあるのではないでしょうか。


『対峙』は、アメリカの高校で起きた銃乱射事件の6年後、小さな教会の一室に集まり、共に息子を失った2組の両親の対話を描いたドラマです。

主に質問をしているのは、いまだ息子の死を受け入れられずにいるジェイ(ジェイソン・アイザックス)とゲイル(マーサ・プリンプトン)の夫妻。ゲイルは「あなたの息子さんについて覚えていることを話してください。何もかも」と聞きます。今は元夫婦となり離れて暮らしているリチャード(リード・バーニー)とリンダ(アン・ダウド)は、銃乱射事件を起こし、自らも命を絶った息子について真摯に話し始めます。

回想シーンなしで展開する、まさに一触即発といった息詰まるような会話の応酬。複雑な人間の感情を繊細かつリアルに伝える、俳優陣の抑制の効いた巧みな役作りによって、最後の一瞬まで目を離すことができません。

対話は、深い悲しみと喪失に“癒し”をもたらすことができるのか

映画対峙 マーサ・プリントンとジェイソン・アイザックスが演じる夫婦の写真

一般的に海外のエンターテインメントを観るとき、宗教や信仰に基づく考え方を実感を伴い理解することは難しい。しかし、この映画がフォーカスしているのはそこではなく、あくまでも「対話」がもたらすものだ。

リンダの話を聞きながら、ゲイルは「既に公開されている情報について聞きたいのではない」と、何度もリンダらに別の話をするように言います。やり場のない悲しみと向き合いながら、なぜリンダとリチャードが息子の犯罪を起こす兆候に気づかなかったのか、どこで親としての対応を誤ったのかを知りたいという思いは、痛いほどわかります。

一方で、とりわけリンダの態度からは、謝罪の意とゲイルたちの喪失に対する共感、悲しみが感じられます。同時に、世間からはモンスターだと言われても、リンダらにとっては大切な息子でした。しかし、彼らは自分たちには許されることではないとでもいうように、喪失の痛みや悲しみを必死に押し殺そうとしているようです。

観客にとっては犯人の父親リチャードの、どこか冷たいと感じさせる語り口に疑念が生じますが、映画は事件の責任の所在がどこにあるのかを明かすことが目的ではありません。実際に、そうした短絡的な展開にはなりません。彼ら4人にとって、この対話が何らかの癒しをもたらすことができるのかという点が、本作のテーマなのです。

監督のフラン・クランツは、2018年に米フロリダ州パークランドの高校で起きた銃乱射事件を機に、それまでに起きた学校内銃撃事件について深く掘り下げる過程で、あることに気づいたと言います。それは、悲劇的な体験を乗り越えて、前に進む方法を見出した遺族に関する、希望を感じさせる報告書が存在することです。

その中で最も驚いたのが、銃撃犯の両親と犠牲者の両親が一つの部屋に集まり、深く事件について話し合った修復的司法の記録だったそう。修復的司法は、いじめや虐待など様々な問題の解決法としても、世界的に広まっているそうです。

母親同士だからこそ、通じ合えるものはあるのか

映画対峙 加害者の親を演じるアン・ダウドとリード・バーニーの写真

『キャビン』などに出演する俳優として活躍してきたフラン・クランツは、初めて監督と脚本を手がけた本作で絶賛されている。緻密なリサーチのもと、編み上げられたセリフの応酬は見事。スリリングで息詰まるような会話劇が伝える、癒しと赦しをめぐるメッセージがぐっと胸に迫る。

世界が分断に揺れる今の時代に、相手の話に耳を傾け、対話することの重要性は、誰もが感じていることかもしれません。私もその一人です。しかし、それがいかに難しいことであるかもまた、身近なところではSNSなどを通して痛感することでもあるでしょう。

ましてや、子供の命を奪われた親と、その犯人の親であり、同時に自らも子供を失った親がわかり合えることなどあるのだろうかとも。

しかし、『対峙』は長くつらい悲しみの先に、微かな希望の光があることを伝えています。それは対話によって、ついに可能となった“赦し”の感情です。赦しがあって初めて、癒しがもたらされるものなのだと、映画は伝えているように感じられました。


私は、この映画を観終わったとき、これほどまでに深いところまで相互理解を促すことができる対話があるのかと、半ば放心状態に陥ってしまいました。特に、ゲイルとリンダの母親同士の間に通じた“何か”、真の相互理解は痛ましくはあるけれど、なんと尊いものだろうかと涙しました。

そして、これまで自分が「対話」や「赦し」という言葉を使うとき、どれほど簡単に口にしていたのかということを痛感したのです。

対話がいかに困難なものであるか。そして“赦し”とは、決して他人に強要する(される)ものではありません。その人の悲しみや苦しみ、怒りや絶望は、当人にしかわからない問題です。ましてや、喪失や悲しみを乗り越える方法、それにかかる時間も、他人が決めることではないのです。

映画対峙のキービジュアル

『対峙

2月10日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国公開

© 2020 7 ECCLES STREET LLC

監督・脚本:フラン・クランツ

出演:リード・バーニー、アン・ダウド、ジェイソン・アイザックス、マーサ・プリンプトン

『対峙』の公式サイトはこちら

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