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豪華客船と無人島。価値観がひっくり返ったその先は? 『逆転のトライアングル』【今祥枝の考える映画vol.14】

BAILA創刊以来、本誌で映画コラムを執筆してくれている今祥枝(いま・さちえ)さん。ハリウッドの大作からミニシアター系まで、劇場公開・配信を問わず、“気づき”につながる作品を月2回ご紹介します。第14回は、アカデミー賞作品賞含む3部門にノミネートされた異色作『逆転のトライアングル』です。

豪華客船の旅が一転、悪夢の無人島サバイバルに!

映画逆転のトライアングル 主人公ヤヤと恋人カールが豪華客船でクルーズを楽しんでいる写真

モデルでインフルエンサーのヤヤは、常にInstagramに投稿するキラキラ写真を撮ることに余念がない。そんなヤヤに尽くす恋人カールだが……。ヤヤ役のチャールピ・ディーンは本作への出演後、惜しくも32歳で急逝した。カールを演じるのは、『マレフィセント2』や『キングスマン:ファースト・エージェント』などに出演するイギリス出身のハリス・ディキンソン。

読者の皆さま、こんにちは。


最新のエンターテインメント作品をご紹介しつつ、そこから読み取れる女性に関する問題意識や社会問題に焦点を当て、ゆるりと語っていくこの連載。第14回は、あらゆる価値観を逆転させて見せることで、現代社会を風刺する『逆転のトライアングル』です。


近年、様々な価値観が、これまでとは異なるスピード感を持って問い直される中で、私たちの問題意識や現状認識も変化しています。そうした状況において、例えば女性を巡る社会問題について考えるとき、男女の立ち場を逆転させて考えてみたことがある人は、多いのではないでしょうか。


『逆転のトライアングル』は、豪華客船のクルーズを社会の縮図に見立てて、優雅な船旅の様子と、船が難破して無人島に流れ着いた生存者らがサバイブする姿を対比させて描きます。

前半は、“持てる者”たちの傲慢な振る舞いや常人には想像もつかない金銭感覚、あるいははたから見れば贅沢病としか言いようのない悩みの数々と、それに振り回される豪華客船の乗務員やサービスに徹する人々の人間模様が展開します。

一転して、無人島では、これらのヒエラルキーが逆転します。頂点に立つのは、豪華客船の清掃係だったアジア系の中年女性アビゲイル。食料もなく助けも来ない中で、海に潜りタコを捕獲してさばいて調理し、食料を配分する彼女こそが、無人島のサバイバル生活における“女王”なのです。

あるのは自分の身一つという状況で、モデルでインフルエンサーのヤヤと恋人カール、客室乗務員のポーラや数人の大富豪らは、果たしてどのような行動を取るのでしょうか?

映画逆転のトライアングル 豪華客船の掃除係アビゲイルを演じるのはドリー・デ・レオン

無人島で力を発揮するのは、豪華客船の清掃係アビゲイル。演じるドリー・デ・レオンは、フィリピンで舞台や映画、TVで活躍してきたベテラン。初の国際的映画への出演となった本作で、存在感を見せている。

ジェンダー格差、ルッキズム、貧富の差。あらゆる価値観をひっくり返す

映画逆転のトライアングル 男性モデルたちの写真

“美しさ”が経済的な価値を生むファッション業界に対する、痛烈な批判も。男性モデルが置かれている状況は、私たちが主に女性が経験することだと認識しているものと同じだ。

肩書きや経歴や学歴、資産などはすべて取っ払い、それまでの人生で培った知恵や様々なスキル、勇気などが試される。これはディストピアやデスゲーム系のエンターテインメント作品でも、メタ的に描かれてきたテーマです。しかし、本作の生々しさ、アイロニーとダークなユーモアに満ちた直接的な表現は、ぐさぐさと胸をえぐると同時に思わず考え込んでしまうものがあります。

例えば、ファッション業界への痛烈な皮肉を込めた冒頭。ある男性レポーターが、大勢の男性モデルたちを前に男性モデルが置かれた状況を解説します。「男性モデルは女性モデルの3分の1しか稼げない。業界で力を握るゲイの男たちからの誘いを断るのに苦労することも少なくない」などなど。

そこから、豪華客船に乗り込む前のヤヤとカールの微妙なやりとりが続きます。売れっ子のモデルでインフルエンサーのヤヤに対して、恋人のカールは落ち目のモデル。二人はいつものように高級レストランで食事をしますが、支払いの段階で問題が勃発します。

当然のように、カールが支払うと思っているように見えるヤヤに対し、ついカールが発した言葉が議論の火種に。ヤヤは自分にお金がないわけでもなし、払うと言いますが、カールは「いや、そういうことじゃなくて……」と押し問答になります。基本は割り勘というのが平等なのでしょうが、その時のシチュエーションで変わることもありますよね。

このあたりのやりとりに現れる二人の微妙な力関係の差、ジェンダーに対するステレオタイプについて改めて考えるとき、真の平等とはなんだろうと考えてしまうものも。ちなみに、これらのエピソードはリューベン・オストルンド監督の実際の経験や見聞きしたことに基づいているそうです。

ルッキズムや貧富の差、現代の階級社会などを風刺し、価値観をひっくり返すことによって、観客は改めて、問題の本質に考えを巡らせたり、新たな視点を得ることができるでしょう。

人間社会のヒエラルキーとは、どのようにして生まれるのか

映画逆転のトライアングル 無人島でのチャールビ・ディーン演じるヤヤとドリー・デ・レオン演じるアビゲイルの写真

豪華客船では、すべてを兼ね備えた“持てる者”だったヤヤと、無人島で一気に頂点に立った豪華客船の清掃係アビゲイル。立ち場や身分、年齢を超えて、人は真に連帯することができるのか?

特に本作でフォーカスしているのが、容姿の美しさが生む経済的な価値についてでしょう。

ヤヤ本人がどんな人間であるかに関係なく、ヤヤはその恵まれた外見(美を保つ努力もしているでしょう)によって生じる価値を最大限に享受しています。一方のカールはモデルとしては落目ですが、その外見の美しさを無人島で行使することになります。これが、なかなかにエグい展開に。

現実社会における、あらゆる価値観が意味をなさなくなるような無人島ですら、ルッキズムがヒエラルキーを作るという設定に、グロテスクなものを感じてしまいます。同時に当たり前のことではありますが、人は「見た目じゃない」という真理に気づかされるものも。


監督のオストルンドは、今年のアカデミー賞で監督賞の候補になっているほか、世界各国の映画祭で高く評価されているスウェーデンの鬼才として知られています。私が初めてオストルンド作品の痛烈な洗礼を受けたのは、2014年の映画『フレンチアルプスで起きたこと』でした。

子連れの家族が、スウェーデンからフレンチアルプスの高級ホテルに宿泊しているのですが、昼食時に、彼らはレストランのデッキで人為的に起こされた雪崩を目撃します。最初は、宿泊客らから「おお〜」と歓声が上がったりするのですが、雪煙の勢いが激しく、人々はパニックに。雪崩を嬉々として撮影していた夫も焦り始め、とっさにその場から逃げ出します。

結局、すべては事なきを得るのですが、「やー、なんだかすごかったよね!」と茶化す夫に対して、「あんた私たち家族を見捨てて一人で逃げたよね?」と言わんばかりの妻の無言の圧。ここから夫婦と家族の関係は、どんどん微妙な展開になっていきます。

ジェンダーロールや、平時には意識することのないヒエラルキー、パワーバランスなど、『逆転のトライアングル』と共通点の多い秀作です。ぜひ、この機会に、オストルンド監督の辛辣で示唆に富んだ映像世界を併せて振り返ってみると、より面白い発見があるかもしれません。

映画逆転のトライアングル 豪華客船の富豪の女性客の写真

富があれば、名声があれば、美しければ、人は幸せになれるのか……? 多角的な視点がもたらす、現代の縮図を描いた衝撃作。映画を観終わった後で、あれこれ考えてみたくなる。しょうもない船長役を怪演する、『スリー・ビルボード』などでオスカー候補になった演技派俳優ウディ・ハレルソンにも注目!

『逆転のトライアングル

2月23日(木・祝)TOHOシネマズ 日比谷 他 全国ロードショー

Fredrik Wenzel © Plattform Produktion

監督・脚本:リューベン・オストルンド

出演:ハリス・ディキンソン、チャールビ・ディーン、ウディ・ハレルソン、ドリー・デ・レオンほか

『逆転のトライアングル』の公式サイトはこちら

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