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女友達の最期を看取る決意『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』【今祥枝の考える映画vol.34】

20年にわたり映画・海外ドラマの最先端を取材&執筆している今祥枝(いま・さちえ)さん。ハリウッドの大作からミニシアター系まで、劇場公開・配信を問わず、“気づき”につながる作品を月1回ご紹介します。第34回は、ティルダ・スウィントンとジュリアン・ムーアの演技派キャストが共演する人間ドラマ『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』です。

映画 ザ・ルーム・ネクスト・ドア ティルダ・スウィントンとジュリアン・ムーアが病室にいる写真

音信不通だった親友のマーサ(右、ティルダ・スウィントン)が重い病に侵されたと知り、久々に再会したイングリッド(左、ジュリアン・ムーア)。マーサの最期のときに寄り添う決意をする。

映画『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』

親友の願いは「人の気配を感じながら最期を迎えること」

読者の皆さま、こんにちは。

最新のエンターテインメント作品を紹介しつつ、そこから読み取れる女性に関する問題意識や社会問題に焦点を当て、ゆるりと語っていくこの連載。第34回は、『オール・アバウト・マイ・マザー』や『トーク・トゥ・ハー』のスペインの名匠ペドロ・アルモドバル監督の新作映画『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』です。

突然ですが、皆さんは自分の死をどのように迎えたいかについて、考えたことがあるでしょうか? まだ、そんなことを考える年齢ではないとも思いますが、親の健康が心配になるケースに直面したり、大病などを経験したりした場合、この問題はぐっと身近なものになるのかもしれません。

『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』は、安楽死をめぐる二人の女性の物語です。マーサとイングリッドは、かつて活気あふれる街ニューヨークの雑誌社で働いていた親友同士。雑誌を大成功に導いた後、マーサ(ティルダ・スウィントン)は戦場ジャーナリストになり、イングリッド(ジュリアン・ムーア)は小説家として活躍していました。何年も音信不通だったマーサが重い病に侵されたと知り、イングリッドはマーサと再会します。

しかし、マーサは治療を拒んでおり、自らの意志で安楽死を希望していました。もう少し具体的に言うと、マーサは「人の気配を感じながら最期を迎えたい」と思っていたのです。”最期の瞬間”を迎えるときに隣の部屋にいてほしいとイングリッドに頼むマーサ。悩んだ末に、イングリッドは引き受けることを決意。マーサが借りた森の中の小さいけれど居心地のいい家で同居し始めるのでした。

演じるのはティルダ・スウィントンとジュリアン・ムーア、二人の名優

映画 ザ・ルーム・ネクスト・ドア 主演のマーサ役のティルダ・スウィントンの写真

自分の人生をどう終えるのかに対して明確な意志を持つマーサ。複雑な役どころを繊細に体現するのは、英国の演技派俳優ティルダ・スウィントン。2007年公開の『フィクサー』でアカデミー賞助演女優賞を受賞。2020年には第77回ヴェネツィア国際映画祭で栄誉金獅子賞を受賞。2025年2月に開催される第75回ベルリン国際映画祭で金熊名誉賞を授与される。

映画 ザ・ルーム・ネクスト・ドア イングリッド役のジュリアン・ムーアの写真

静かに葛藤しながらも、マーサの最後の望みを叶えようとする小説家のイングリッド。演じるジュリアン・ムーアは、2014年公開の『アリスのままで』でアカデミー賞主演女優賞を受賞。『エデンより彼方に』や『めぐりあう時間たち』ほかでカンヌ、ベルリン、ヴェネツィアの3大国際映画賞で女優賞を受賞した。

安楽死を見届ける女友達が負うことになるリスク

映画 ザ・ルーム・ネクスト・ドア ソファでくつろぐイングリッドとマーサの写真

ソファでくつろぐマーサとイングリッド。アルモドバル監督作品は色彩が豊かなことも特徴だが、本作でも赤と青をキーカラーとしてうまく散りばめた映像世界は、どのシーンもアート作品のよう。美術を手がけたのは、『スリー・ビルボード』や『サスペリア』のインドル・ワインバーグ。

個人的には、マーサの願いはわかるような気がするのですよね。一人っきりで最期の瞬間を迎えるのは心細い。でも、疎遠らしい娘や親族に手を握りながら看取ってほしいというのとも違う。心理的にも物理的にも適度な距離感を保ちつつ、そっと見守っていてほしいという感じでしょうか。

実際に、静謐な森の空気が伝わるようなひっそりとした二人の暮らしは、どこか理想的な最期の数日間のようにも見えます。何気ない会話や本や映画の話を交わしながら、イングリッドがそっと寄り添う姿の何と献身的なことか。

しかし、この静謐さには当然のことながら、どこか張り詰めた空気も。マーサは、いつ”そのとき”を迎えるのかを具体的には言っておらず、ドアを開けて寝るけれど、ドアが閉まっていたら自分はもうこの世にはいないのだと説明します。

マーサが一方的に決めたこのルールは、イングリッドにとっては日々、一瞬一瞬が気が気ではない状態を強いる過酷なものに思えるのですが、引き受けたからには最期までやり切るのが前提ではあるでしょう。

そもそも二人がどれほど親しかったのかは明確にはわかりませんが、かつて環境学者のダミアン(ジョン・タトゥーロ)という同じ男性と付き合っていたという設定もあるので、複雑な思いもあるのかもしれません。いずれにせよ、死にゆくマーサの心境もさることながら、この役割を頼まれたイングリッドの負担は相当なものだと思います。

アメリカでは一部の州では条件によって医師の助けによる安楽死(医療援助死:MAID)が認められていますが、本作のようなシチュエーションでマーサが自ら安楽死を実行した場合、イングリッドは警察の取り調べを受けることは免れません。イングリッドはダミアンにも相談するなどそれ相応の準備をしますが、重罪に問われるリスクはかなり大きいように思います。

このへんは、ある意味で生々しいやりとりが交わされるのですが、全体としてそこまで陰鬱さを感じさせないところが、ペドロ・アルモドバルらしさ。洗練されたカラフルな美術セットや衣装に計算され尽くした映像や構図の美しさ、そして湿っぽくならないユーモアなど、比較的構えずに物語に入り込むことができるからこそ、安楽死という深刻なテーマについて考えを巡らせることができるのかもしれません。

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どのように最期のときを迎えるのかについても、多様な考え方が可視化される時代

映画 ザ・ルーム・ネクスト・ドア 本屋で談笑するマーサとイングリッドの写真

適度な距離感がありつつ、名前のつけられないような特別な親密さがあるマーサとイングリッドの関係性は、ある種理想的にも思える。

日本では、安楽死は刑法第202条の嘱託殺人罪に該当します。私自身は死ぬときぐらい自分で選べてもよいのではないかという思いもありますが、それが非常に危険な事態を引き起こす可能性があることももちろん想像できます。自分は希望することがあるかもしれないと思う一方で、家族やパートナーから頼まれたら絶対に反対したくなるだろうとも。この問題については、日によっても気持ちや考えが揺らぎます。

もし私がマーサの立ち場なら、このような最期のときを望むかもしれません。一方で、映画として一連の流れを客観的に観たときに、望みを託された方のイングリッドのことを考えるとより複雑な気持ちになります。結局のところ残された人々は家族であれ友人であれ、どんな気持ちでその後の人生を生きるのだろうか、後悔する瞬間が来るのではないかと思わずにはいられません。

それとも、この映画に関して言えば、イングリッドがマーサの親族やパートナーではないという点が重要なのでしょうか。映画では、二人の間には強い絆や信頼関係があるけれど、恋愛感情があるようなニュアンスは私は受け取りませんでした。ソウルメイトか、あるいは人生におけるある種の同志のような存在なのか。その距離感があるからこそ、この物語は成立するのでしょうか。

少し飛躍しますが、近年日本では話題のドラマ『団地のふたり』に代表されるように、女性同士が恋愛感情を抜きにして、共同生活を送る姿を描いた映像作品や小説、コミックなども増えていますよね。特に中年に差しかかると、現実でも独身か離婚経験があるか子どもの有無に関わらず、死ぬときは家族に迷惑をかけたくないとか、おしどり夫婦と思われていた女性が夫とは絶対に一緒の墓に入りたくないといった話を見聞きすることがあります。

家族との関係が良好で、最期は家族に看取られたいと考えていたとしても、人生は何が起こるかわかりません。そういう可能性も含めて、血縁でもパートナーでもなく、女性同士が互いに支え合いながら生きていくだけでなく、最期を看取ることを約束し合える相手がいたとしたら、どれほど心強いだろうかと思う人も少なくないのでは。もちろん、きれい事ではないし、安楽死とはまた別に考えるべき問題でもありますが。

この映画を軽々しく肯定することも当然できませんし、正解は人それぞれ違うのだとも思います。しかし、本作を通して、漠然とですが人生の最期をどのように迎えたいかについても、多様な選択肢の可能性を求める人が増えているのではないかと感じるのでした。

映画『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』公開情報

映画 ザ・ルーム・ネクスト・ドア マーサの自宅のソファで話をするマーサとイングリッドの写真

イングリッドが訪れたマーサの自宅には、こだわりの美術品が壁にもずらり。壁に飾られているのは左にルイーズ・ブルジョワの作品、真ん中の写真はスペインの写真家クリスティーナ・ガルシア・ロデロ、そして右に飾られているのはティルダ・スウィントンの人物画で、ティルダ・スウィントンの実生活のパートナーであるサンドロ・コップの作品だそう。

『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』1月31日(金)公開

監督・脚本:ペドロ・アルモドバル
出演:ティルダ・スウィントン、ジュリアン・ムーア、ジョン・タトゥーロ、アレッサンドロ・ニボラほか
配給:ワーナー・ブラザース映画
©2024 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.
©El Deseo. Photo by Iglesias Más.

『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』の公式サイトはこちら
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