市川紗椰さんがアートを紹介する連載。第13回はサントリー美術館で開催中の「吹きガラス 妙なるかたち、技の妙」を訪問しました。
今月の展覧会は…吹きガラス 妙なるかたち、技の妙
人の営みを凝縮した技とキュンとくる可愛さを同時に味わう
日本美術を主に収蔵し、古美術を中心にした企画展を多く開催するサントリー美術館。ちょっと渋くて年齢層高めなイメージでしたが、巡りながら、こんなに「面白い!」と「可愛い!」を連発することになるなんて。今回は、カラフルで明るくて、奥の深いガラスの世界に触れました。
「吹きガラス」は、どろどろに熔けた熱いガラスをさおに巻き取り、息を吹き込みふくらませて器を作る技法。紀元前1世紀の古代ローマの出土品から、私たちに身近なうすはりグラスなど現代の製品まで、素朴な形、不思議な形、愛らしい形、「これも吹きガラス?」という超絶技巧品やアート作品などを様々に展示。
「技」に注目しているのも特徴で、人々が時代ごと、土地ごとに、どんなふうにガラス作りに取り組んできたかがわかります。造形だけでなく、プロセスを知ることのできる展覧会は珍しくて「技法って、人のものだなあ」と、しみじみ。熱く熔けた素材を用いて、直接手を触れずに時間と戦いながら作る、繊細なものなのに体力も使う、その大変さを知ると、あらためて「ガラスって、すごい」と感じます。“息を吹き込む”という言葉のとおり、何千年前のある瞬間の空気が、当時の文化や風俗ごと閉じ込められているのが面白い!
終盤には、明治から昭和にかけて使われていた「氷コップ」の一大展示が。かき氷やアイスクリームを入れるための小さな器たちが並びます。それまでは異なる背景を持つ技巧の数々に感心していたのですが、ここでは思考が吹っ飛ぶほどひたすら可愛い! アートを目的としない無名の製品には、美術品・工芸品とはまた違う愛おしさがありますね。これが欲しい、あれがいいと楽しんで、レトロ好きの心も満たされました。
レトロな日本の氷コップ、古代ローマやルネサンスの装飾品、20代の作家のアート…熱と人の息が生んだやわらかな形に魅かれます
(上)撮影OKな「氷コップ」の展示ケース。「特にかわいこちゃんを集めました」と学芸員の林さん談
吊手付二連瓶 東地中海沿岸域 4~5世紀 遠山記念館
飴細工のような取っ手を施した古代ローマ時代の二連瓶。化粧品を入れて使っていたそうですが、なぜこんな不思議な形に!?いちばん謎を感じた展示品
蓋付壺・水滴 伝滋賀県比叡山根本如法堂付近出土品のうち宋もしくは日本 12世紀 奈良国立博物館
約800年前の中国か日本で作られ、もとは透明だったそう。小ささにキュンとします
(奥)藍色ちろり 日本 18世紀 サントリー美術館(手前)紫色ちろり 日本 18~19世紀 桑名市博物館(田中一郎氏寄贈)
江戸時代の「藍色ちろり」。知らなければ日本のものだと思いませんでした!
船形水差 イタリア 16~17世紀 サントリー美術館
パーツを組み合わせて船形にした水差し。様々なモチーフから、当時、イタリアの人々が好きだったもの伝わってきます
(奥)しろの くろの かたち 2022 小林千紗 2022年 作家蔵 (左)Vestige 藤掛幸智 2023年 作家蔵
吹き抜けのある展示空間に、1980〜1990年代生まれの若手作家の吹きガラス作品が
(37)吹雪文赤縁桃形鉢(34)吹雪文なつめ形氷コップ(38)吹雪文花縁脚付鉢(33)吹雪文なつめ形氷コップ 日本 20世紀(34・37・38)個人蔵 (33)サントリー美術館(辻清明コレクション)
氷コップの中で、私のお気に入りは中央の38番。ピンクと水色、子どもの浴衣みたいな、カラフルな和の配色がいい!
トビラの奥で聞いてみた
展示室のトビラの奥で、教えてくれたのは…サントリー美術館 学芸員・林佳美さん。
市川 今回、ガラスを作る「技」に着目したのはどうしてですか?
林 ピカピカの完成品として展示されているガラスですが、でき上がる前のドロドロに熔けた状態が、実はすごく面白いと思ったからです。この塊からどうやって形を作るのか、さかのぼって感じられる見せ方を工夫しました。
市川 図解だけでなく、作品として再現されたものもありますね。
林 はい。たとえば16世紀イタリアの展示に並べた関野亮さんの作品(下)がそうです。当時のガラスから「この技術がすごい!」と作家目線で感じた部分に注目して、本展のため新たに作っていただきました。
市川 なるほど! プロセスに注目することで土地や時代の特徴が際立ってきますね。氷コップも、あの小ささやカラフルさは、当時の日本ならではだな、と思いました。
林 そうなんです。展示の意図としては、明治の日本に伝わった西洋の技術が吸収され、多様な表現が職人の手で生まれたという文脈があります。けれどまずは可愛さに注目していただきたくて、たくさん集めました。お気に入りの一点を見つけていただければ、私は満足です(笑)。
訪れたのは…サントリー美術館
東京ミッドタウン内にありながら、吹き抜けの大階段など開放的な造りは、隈研吾の設計によるもの。右下に見えるのは1996年生まれの若手作家による吹きガラス作品。竹岡健輔《Transition’22-11》 日本 2022年 作家蔵
関野亮《Goblet(mezza stampatura)シリーズ》 日本 2022年 作家蔵
【展覧会DATA】
吹きガラス 妙なるかたち、技の妙
~6/25 サントリー美術館
東京都港区赤坂9の7の4 東京ミッドタウン ガレリア 3F
10時~18時(金・土曜~20時・入館は閉館の30分前まで)
休館日/火曜(6/20は18時まで開館)
観覧料/一般・ 当日¥1500ほか
suntory.jp/SMA/
※会期中展示替えあり(掲載の作品はいずれも全期間展示)
ファッションモデル
市川紗椰
SAYA ICHIKAWA●1987年2月14日生まれ。ファッションモデルとしてのみならず、ラジオ、テレビ、広告などで幅広く活躍中。鉄道、相撲をはじめとした好きなものへの情熱と愛の深さも注目されている。大学で学んだ美術史から現代アート、サブカルチャーまで関心も幅広い。
シャツ¥19800・サンダル¥13970(ともにアダム エ ロペ)・タンクトップ¥9900(ミューラル)/アダム エ ロペ ジャンプスーツ¥57200(フェティコ)・バッグ¥74800(ジアスタジオ)・ピアス¥16500(ジュスティーヌ クランケ)/ザ・ウォールショールーム バングル¥39600/リキッド
撮影/三瓶康友 ヘア&メイク/猪股真衣子〈TRON〉 スタイリスト/辻村真理 モデル/市川紗椰 取材・原文/久保田梓美 ※BAILA2023年7月号掲載