市川紗椰さんがアートを紹介する連載。第17回は国立新美術館で開催中の「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」を訪問しました。
今月の展覧会は…「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」
“自分のスタイル”についても意識が高まる世界的デザイナーの回顧展
帰り道、今まで自分のワードローブにはなかった服を買ってみたくなるかもしれません。国立新美術館『イヴ・サンローラン展』で、ファッションの持つそんな力を実感しました。
1950年代から半世紀以上にわたり活動を続けてきたサンローラン、彼の手がけた100体以上のオートクチュールコレクションのルックが一堂に。制作年代の時系列よりも、インスピレーションの源に着目した構成のため、サンローランの描く女性像のタイムレスなあり方が際立って感じられます。ファッションから伝わってくるのは、アートの世界よりもぐっとリアルに“自分自身になじむ感じ”。たとえば、女性服として定着しているテーラードスーツや、今のトレンドのシースルードレスは、どちらも彼が40年以上前に発表していたもの。今となっては見慣れたデザインですが、オリジナルは本当に、強い! その完成度の高さに思わず語彙力を失います。そして、世界の歴史や文化を参照した華やかなドレスは、非日常的なのに「着たら絶対にきれいに見えるだろうな」と確信が持てるシルエット。見とれながらも自然に「これ好き、これ着たい」という気持ちがわいてわくわく。友達と訪れたら、感想を語り合って盛り上がりそう。
新鮮だったのは、展覧会を通じて「ちゃんとした服を着よう。作りのいいものを、きちんとアイロンして着よう」と思えたこと。自己主張や奇抜さよりも、あくまで女性をエレガントに見せることを追求したサンローランの服には、時を超えて“私自身のスタイル”に響いてくる説得力がありました。ファッションは、夢のような世界だけれど日常と地続きで、だからこそ日常を少しステップアップさせてくれる。私は、上質なベルベットの服が無性に欲しくなって、会場を後にしました。
制作年代や背景の説明は最小限。代わりに服そのものの魅力がダイレクトに伝わって、「これ着たい!」と、見る目に熱がこもります
『イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル』展示風景 国立新美術館 2023年 ©Musée Yves Saint Laurent Paris
Chapter4「想像上の旅」。世界の民族衣装やテキスタイルからインスピレーションを受けた作品を展示。精緻な職人技や美しいテキスタイルは時間を忘れて眺めてしまう。華やかなルックのなかに凜と立つ、黒のアンサンブル(左・1970年)に惹かれました。
12のチャプターに分かれた展示室に、ルック、アクセサリー、デザイン画、写真など262点のアーカイブが。
夢のように可愛い手編みのウエディングドレスは、ロシアの民芸品“マトリョーシカ”を参照したもの。Chapter 10「花嫁たち」より、「バブーシュカ」
トレンチコートやタキシードスーツなど、サンローランが生み出した圧巻の作品群! 一つひとつポーズが違うマネキン達が集まり、ストーリーを感じさせます。Chapter 2「イヴ・サンローランのスタイル アイコニックな作品」より
16歳の頃に制作したペーパードールと、ドールに着せる服のデザイン画。早熟な天才ぶりとセンスのよさに驚き。Chapter 0「ある才能の誕生」より
最初のコレクションのランウェイを、ファーストルックから始まり、臨場感たっぷりに再現。当時のパリの顧客になった気分で、その革新性を感じられます。Chapter 1「1962年 初となるオートクチュール コレクション」より
トビラの奥で聞いてみた
展示室のトビラの奥で、教えてくれたのは…新国立美術館 特定研究員 小野寺奈津さん。
市川 絵画や彫刻と、ファッションの展覧会の大きな違いは?
小野寺 いちばんは「着せる展示」であることですね。今回は「マネキンが命」と言えるほど、着せつけに手間をかけました
市川 使われているマネキンは特別なものなのですか?
小野寺 サンローラン美術館が所有するイタリア製のもので、同じ体型ですが、衣装に合わせて、内側の肉づけや、パニエなどでシルエットを調整しています。
市川 立体的な人間の体にまとわせることで、初めてサンローランが伝えたいかたちになってゆくわけですね。
小野寺 はい、着せただけの段階ではまだ半分。微妙なポージングや襟を立たせることによって完成度が上がることを実感しました。パリとマラケシュのサンローラン美術館の方が、その場でマネキンの足にタイツを合わせることを思いつき、アレンジしたスタイルもあったんですよ。
市川 即興的なアイディアで、生き生きと見え方が変わるのは、ファッションならではですね!
訪れたのは…国立新美術館
Chapter 9「アーティストへのオマージュ」の展示は一般撮影可能。有名なモンドリアン・ドレスをはじめ、ゴッホ、ピカソ、ブラック、マティスなど“服になったアート作品”と“アート作品になれる服”がずらり
Chapter 5「服飾の歴史」より、エル・ロシオの聖母像の衣装。パリのノートルダム・ド・コンパシオン教会にある聖母像のために制作され、着つけに約8時間もかけているそう
【展覧会DATA】
イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル
~12/11
国立新美術館 企画展示室1E
東京都港区六本木7の22の2
10時~18時(金・土曜〜20時 入場は閉館の30分前まで)
休館日/火曜
観覧料/一般¥2300ほか
ファッションモデル
市川紗椰
SAYA ICHIKAWA●1987年2月14日生まれ。ファッションモデルとしてのみならず、ラジオ、テレビ、広告などで幅広く活躍中。鉄道、相撲をはじめとした好きなものへの情熱と愛の深さも注目されている。大学で学んだ美術史から現代アート、サブカルチャーまで関心も幅広い。
ブラウス¥803000・ピアス¥126500/サンローラン クライアントサービス(サンローランバイ アンソニー・ヴァカレロ)
撮影/今城 純 ヘア&メイク/中村未幸 スタイリスト/辻村真理 モデル/市川紗椰 取材・原文/久保田梓美 ※BAILA2023年12月号掲載